第3話 高嶺の花の篠崎さん

 篠崎花那梅はおそらく学校内で知らぬ者はいないほどの有名人だ。主席で高校に入学し抜群の運動神経、尚且つ容姿端麗。そんな人物が学校に来るとなれば、当然嫌でも注目の的になる。玲二の話によれば入学式からの3日間、彼女を人目見ようと多くの生徒が集まり、さながら客寄せパンダのような状況になったとかならなかったとか――実際、俺は入学式には参加していないし真相はわからないけど、それほど彼女に対する関心が大きかったのは紛れもない事実だ。実際、上級生に限らずかなりの人数に告白されたらしい。結果は言うまでもなく皆砕け散っていったわけだが、恐ろしいことにこれが入学してから1か月で起きた出来事なのだ。これからまだ3年あると考えるとどうなるのか全く想像できない。


「あんなの聞きながら飯なんて食えるかよ」

「正直あれは刺さるよな」


 屋上に上がった俺と玲二は弁当を突っつきながら先程の出来事に愚痴り合っていた。


「誰だって篠崎と付き合えるチャンスがあるならやるだろ。そのくらい気持ちを汲んでくれてもいいと思うんだよ」

「気持ちねぇ~何ならどうして誰とも付き合わないのか、本人に聞いてみたら?」


 俺はある人物に視線を向けつつ、先程のお返しとばかりにそう言った。

 その人物は勿論、今話題の張本人――篠崎花那梅だ。彼女もまた屋上で昼食を摂っていたのだ。ただ、同じ時間、同じ空間にいるはずなのに――彼女だけまるで別世界にいるような……そんな雰囲気を醸し出している。当然周りは女子達が囲んでおり、むやみに男子が『やぁ篠崎さん一緒にご飯食べていいかな?』なんて軽々しく声を掛けようものなら火傷どころじゃ済まない。大袈裟に聞こえるかもしれないがそのくらい女子達から熱気というかオーラのようなものをひしひしと感じる。


「あそこに飛び込めと? お前、鬼だな」

「案外すんなりいくかもよ?」

「いや無理だろ……男子相手だとまともに相手してくれないんだぜ?」

「そうなのか?」

「告白しても無言で立ち去るし男子とは一切喋らない――まさに難攻不落だよ」

「へぇ~」

「ほんとなんにも知らないんだな」


 玲二は呆れながら『やれやれ』とそんな態度をする。

 実は誰にも喋っていないが篠崎とはほんの少しだけ話したことがある。と言ってもたった一回きりしか直接会話したことがないけれど、玲二が言ったようなそんな冷たい印象はなかった。どっちかというと会話に不慣れというかちょっと不器用な印象だった。それが冷たいと捉えられているのかもしれないが、概ね何度も告白されて嫌気が指した結果今のような状態に落ち着いたのだろう。


「……知らない、か」


 そんな高嶺の花と名高い篠崎と始めて出会ったのは入学式から約1週間後――風邪が完治し、ようやく念願の初登校を迎えた日まで遡ることになる。


 その日俺は他の同級生より1週間遅れというのもあり、晴れ晴れしいとは言い難いがようやっと高校に通える喜びを噛みしめ、自転車のペダルを漕いでいた。だが、不運にも上り坂付近で3速から2速へとギアを変速した瞬間、ガキン! と嫌な異音と共にペダルが漕げなくなってしまい、俺は渋々自転車を降りて状態を確認する羽目になった。


「はぁ……ツイてないなぁ」


 大方予想通りチェーンが外れており幸いにもギアなどの破損した部分はなく、原因はよくあるオイルの差し忘れだった。要するに整備不足である。まぁ治すこと事態は容易なのだけれど、何より仕立てたばかりの制服が汚れてしまうのはどうしても避けたかった。初登校早々、オイルで汚れた制服姿で教室に現れれば変人の烙印を押されかねない。そうなってくると自転車屋に頼むかこのまま放置するか、もしくは近くの駐輪場までせっせと運ぶかの三択になる。


 スマホで時刻を確認すると8時25分――時間なら全然余裕がある。しかしこの時間帯だと自転車屋は営業していないだろう。ならこのまま放置か駐輪場まで運ぶしかないのだが、辺りを見回す限り駐輪場の駐がないほどの住宅街――このまま放置して回収されるのも嫌だし――そんなこんなで立ち往生していたそんな時、


「あの、大丈夫ですか?」


 と、後ろから声を掛けられた。

 きっとこの辺りに住んでいて、俺が自転車の前でウロウロしていたから見かねて話しかけてきたんだろう。まぁこんな住宅街で白昼堂々チャリパクしようとするやつなんてあまりにも大胆過ぎる。だから変な疑いをかけられることはないと思うが、かと言って誤解されるのもちょっとな……ここにきて警察のお世話になるのはごめんだ。


「すみません。ちょっと自転車のチェーンが外れてしまって――」

 

 俺はありのままの事実を述べながら振り返った。


「直せそう、ですか?」


 そこにいたのは茶色の短い髪をかきあげ、心配そうに見つめる1人の少女の姿だった。


 えっ? 何この美少女? 思わず、見惚れちゃうくらいすごく可愛いんですけど……。

 

「大、丈夫ですか?」

「…………」


 う~んよく見ると美人だしスタイルも確かにいいんだけど、何より驚いたのは私が一度目指したイメージそのものだったからだ。人にはそれぞれ自分に似合うパーソナルカラーを持っている。私の場合、見た目も相まってブルべ冬メイクやそれに合わせた服装をしているけれど、彼女は真逆、綺麗な小麦色の肌にちょっと赤みがあって健康的だしパーソナルカラーも多分イエベ春寄り――


「今時って感じね」

「えっ?」


 あーこんなの男子にクリティカルヒットだわ。髪形もゆるふわショートで目もくりくりしてて可愛いし、これ絶対人気出る奴だよね。いいなぁ~クール系も好きだけどキュートなのもいいよね。


「あの……その、ちょっと……」

 

 反応に困っている彼女の姿を見て私は我に返った。

 またやっちゃった! 女装してるならまだしも今はごく一般の男子高校生だ。こんなにジロジロ見られればそりゃ引くのは当たり前だ……。


「――あっ、いやごめん! 同じ制服ってことは同級生だよね?」

「……はい、そうです」


 同級生とすぐにわかったのは理由があった。俺の通う高校では学年毎に制服の色が違う。違うといってもブレザーくらいしかそんな違いはないが、一番上の3年生は黒色、2年生は灰色、1年生は紺色と分けられている。だから紺色のブレザーを着ている=同級生とわかったのだ。


「もし、この近くに住んでるならどこか近くに駐輪場はないかな? ないならここに放置するわけにもいかないからそのまま学校まで行くつもりなんだけど」

「……だ……です」

「えっ?」

「ステッカーが貼られていない自転車での通学は禁止……で、す」

「――あっ」


 確か事前に送られたプリントにそんなことが書いてあった気がする……そうだ! すっかり忘れていた。通学用ステッカーがないと仮に学校の駐輪場に置いたところで撤去されてしまうんだった――ってあれ? そんな当たり前のことを知らずに登校した俺は馬鹿なのか? だから彼女はこんなにたどたどしいのか? やばい変な人に話しかけちゃった的な感じに思われているんじゃ?


「――失礼します!」

「えぇっ!?」


 恐らく普段からの習慣なのか一瞬にして育ちの良さがわかるほどの綺麗なお辞儀をした後、彼女はグッと地面を蹴り上げ、走り去って行った。あまりにも一瞬過ぎて俺は情けない反応をすることしか出来なかった。

 状況を整理しても彼女が逃げ出すようなことはしていない。いや……事前に送られたプリントも確認しない。しかもステッカーなしの自転車で学校に向かおうとしてる奴がはたしてまともに見えるだろうか? 考えれば考えるほど俺が原因にしか思えなくなってきた……。あれこれ考えているうちに、気がつけば彼女の姿はもうとっくに消えてしまっていた。


「…………どうしよう」


 チェーンが外れた自転車と取り残された俺は、この後どうやって学校に行ったのかは正直あまり覚えていない。記憶にあるのは遅刻して担任にお叱りを受けたことと自転車の行方がわからなくなってしまったことぐらいだ。そして、知ったのだ。あの美少女――篠崎がこの高校においてどのような存在であったのかを……。


「なぁ玲二、単純な疑問なんだけれど、篠崎って休日は何してるんだろう?」

「さぁ? 稽古とか色々習い事してるんじゃね?」

「だよなー俺もそう思う」


 後になって考えてみればあの出会いは必然――運命めいたものがあったのかもしれない。まさかあれがきっかけであんなことが起きるなんてこの時の俺にはまだ知る由もなかった。

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蓮見さんはマゼンタ色の青春を送りたい! 鳴瀬 凪 @yumenoato1

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