第2話 青春はもう始まっている?
高校に入学してから早1か月――ようやく学校生活にも慣れてきたが、
「あぁ……もうだめだ……辛すぎる」
俺はこの通り、机に突っ伏し疲れ果てていた。たかが授業如き――それも病弱体質の天敵とも言える体育があったわけでもないのにだ。勉強に関してはそれなりに出来るから良しとして、流石に体力が無さすぎる。まずは食生活から改善を図らねば――
「おいおい大丈夫か?」
ようやく授業から解放され考えにふけっていたというのに、嫌に聞き覚えのある声が鼓膜に届いてしまった。言葉の文面的には心配しているようにも取れるが、その実、人を哀れむような優しさなどその声には全く感じられない。寧ろいつものやつね~と若干飽き飽きしているようなそんな感じのニュアンス――こんな奴、俺が知る限り1人しかいない。いやそもそも、この学校で俺に話しかける相手なんてたった1人しかいない。
「いつものことだよ」
「なんだなんだ? 人が心配してやってるのに冷たいなぁ~」
俺はこの男――
何せ中学からの付き合いであり、今現在、この学校において唯一の親友――俺にとって最後の防波堤のような存在だ。
「心配してるように見えないんだけど?」
「流石蓮君、今日もボッチだから観察眼が冴えてるねぇ」
「うるさい」
あまり語りたくはないが俺は高校デビューに失敗している。失敗と言ってもお決まりの自己紹介で悪目立ちしたわけでも何かやらかしたわけでもない。本来なら友達も作れなかった氷河期と呼ぶに相応しい極寒の中学時代を乗り越え、暖かく華々しい春の高校デビューをするつもりだった。だが、高校デビューする者にとって一番大事な入学式を俺は欠席した。その方が目立つからなどと逆張りを狙ったわけではない。
理由は単純、恐らく誰しもが休むうえで最も使われる単語であり、至極真っ当な理由――風邪だ。それもよりにもよって入学式当日に38度の高熱を出してしまったのだ……。案の定、俺は丸1週間休む羽目になり、風邪が治った頃にはクラス内でのグループがほぼ確立されていた。見事俺は高校デビューと言う名のビックウェーヴに乗り遅れたというわけだ。結局、中学時代と何ら変わらない状態に落ち着いたわけだけれども……もし、薬師寺蓮ではなく蓮見だったなら、状況は幾分か変わっていたのだろうか? それこそ人気者になっていたのかもしれない。ただ、それはあくまで俺自身の願望に過ぎないし、妄想でしかないけれど…………私は――
「ん? どうした?」
「えっ!? いや何でもない」
「本当か?」
玲二が不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
しかもどんどん距離が狭まって……って! 近い近い近い! 拳一個分まで迫る必要がどこにあるの!
「やっぱあれだな」
「あれとは?」
まさか女装していることがバレ――
「筋肉が足りねぇな」
「はい?」
へ? 筋肉? どゆこと? 全く理解できない。
「なぁ少しは筋トレでもしたらどうだ? 気持ちいいぞ。何なら一緒にジム通いでもするか?」
「はぁ……」
もう勘弁してほしい……心臓に悪すぎる。ただでさせ授業で疲れてるのに――てか、今のはマジで危なかった! 完全に蓮見になっていた。今は私ではなく、俺、だ。
女装している時は基本女性になりきっているから、たまに突然切り替わることがある。今回は玲二にバレずに済んだけれど、いつか自分のためにも話すべきなのかもしれない。だけど、それは今じゃない。親友だからと言って何でもかんでも話すのは違う気がする。人の秘密を他人に共有させるのはある程度の責任が伴うし、それによって関係に亀裂が入ることだってある。だからこそ、慎重にならなければならない。これから3年間と言う長いようで短い学校生活を送るならなおさらだ。
「――あのなー知ってるだろ?」
「知ってるって何を?」
「何をって……俺、体弱いじゃん? だからそういうのあんまり好きじゃないんだよ」
「あっ! そうだよな~お前、幽霊みたいな見た目してるもんな」
「――!?」
こいつ! 幽霊みたいとは失礼なことを言いやがる。実際、見た目がそうなのだから仕方ないけど、一番腹が立つのは何でも許されそうな――爽やかで憎たらしいその笑顔だ。認めたくはないが玲二は意外にモテる。それなりのルックス、程よいガタイに高身長、性格的にも親しみやすいから尚更モテる。ほんと親友とはいえ嫌でも嫉妬しちゃうぜ。
「冗談だって悪かったよ」
「俺だって忌々しい筋肉痛がなければ筋トレぐらいはするさ」
筋トレは一度だけ挑戦したことがある。女装に目覚める前、俺は細マッチョに憧れていた。見た目が変われば人生も変わる――そんな軽はずみな言葉を信じ始めてみたが、筋トレをした俺に待ち受けていたのは耐え難いほどの激痛だった。それも1週間まともに動くことが出来ないほどの苦痛を……決してハードトレーニングをしたわけではなく、腹筋とか腕立て伏せとかごく一般的な筋トレをしただけで……。今思えば、入退院ばかりでろくな運動をしていなかっただけに体が追いつかなかったのだろう。ほんと慣れないことってするもんじゃない。
「あのな蓮、痛みなくして得るものなしって言うだろ?」
「――そう言われちゃ何も言い返せねぇよ」
認めたくはないが玲二が言っていることは正しい。何かを得るということは何かを失うということ……あぁちくしょう! 思わず、納得しちまった。
俺が並々ならぬ敗北感に打ちひしがれていたそんな時、クラスの女子の1人が、
「ねぇ聞いた? 篠崎さんまた告白されたらしいよ」
と、そんなことを口にした。
「――!」
同時にクラスの男子達もピクリと反応する。
「えぇ! またなの!?」
「男子も馬鹿だよね。絶対釣り合うわけないのに」
普通、誰が告ったとか振った振られたなんて、学校生活においてそんなの日常茶飯事――聞いたところで誰も気にしないだろう。だが俺が知る限り、ただ1人、
「文武両道でそのうえ美人、高嶺の花って本当にいるんだね」
「ねぇ今週遊びに誘ってみようよ」
「それいいね!」
教室で盛り上がる女子達を尻目に、玲二は何とも言えない表情をしていた。それは他の男子達も同じだった。理由は何となくわかる。俺も聞いていてあまり気持ちの良いものではない。
「蓮、屋上で飯食おうぜ」
「……そうだな」
俺達は教室を出て、屋上で昼食を摂ることにするのであった。
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