蓮見さんはマゼンタ色の青春を送りたい!

鳴瀬 凪

第1話 女装男子でも問題ないでしょ?

 その少女が街を歩けば誰もが振り向き、まるでそこに女神が舞い降りたかのように釘付けになる。


「あの子、めっちゃ美人じゃない? 芸能人かな?」

「でもなんかカッコイイよね――」

 

 そんな声があちこちから聞こえてくる。

 

 ブルーブラックのロングヘアーにキリっとした瞳。華奢な体にマシュマロのような白い肌――自分で言うのもあれだけど、どこからどう見ても一人の美少女だ。


「声掛けてみようかな?」

「馬鹿やめとけって高嶺の花だよ。あんなの」


 うんうんナンパなんてしない方がいい。少なくとも私、蓮見はすみは高嶺の花ではない。もちろんどこかのご令嬢なんて言う気品あふれた人間でもない。


「マスターいつもの」


 私は行きつけのたい焼き屋班目で買い食いするただの一般庶民に過ぎない。強いて言えば、他の人達と違うのは確かだ。気分的にはお忍びで遊ぶ貴族のようなそんな感じのもの――。


「あいよ、今日も1人かい?」

「えぇ私は独り身、孤独を愛し、1人で死んでゆく哀れな一羽の鶴――マスターもそうでしょ?」

「残念、俺は妻子持ちだ」 

「じゃあなおさらお店は繁盛してる? 赤字経営とかじゃない?」

「嬢ちゃんのおかげで店も大繁盛さ! うちで働いてくれたらもっと繁盛するんだけどな」

「なら安心ね。あっ潰れそうになったら私いつでも看板娘になるから」

「縁起の悪いこと言わんでくれ……ほれいつもの」

「ありがとうマスターまた来るわ」


 きっと自分から言わなければ誰も蓮見の正体に気づけやしない。

 何故なら蓮見はなのだから――私の性染色体がXYであることが男として生物学的に証明している。たかだか1本の染色体が異なるだけで、性別が変わるのだから不思議なものだ。


 勿論、クラスの同級生にはこの姿のことは明かしていない。例えば、仮に女装していることを告白した場合、待っているのは拒絶だ。気持ち悪がられるに決まっている。人は理解できないものに直面すると脳がシャットアウトする。心を閉ざしてしまう。そう出来ているのだ。だから私は隠すし明かす必要もない。


「また明日から学校かぁ……」


 まぁあれよね、こんなこと考え過ぎても仕方がないか。あまり根を詰めすぎると毒になるし――あそうだ! 気分転換にたい焼き食べよ。


「う~ん! これよこれ!」


 外はパリパリ! 中の餡子は甘さ控えめで大人の味! やっぱりマスターは天才ね!


「怠いけどまた1週間頑張ろっ」


 先程まで抱えていた不安などすっかり忘れ、私は家へと帰るのであった。 



「うわぁ……」


 洗面台に立ち、鏡をを見ると本来の姿――薬師寺蓮やくしじれんがそこにいた。ぼさぼさの髪形に魚のような死んだ目、体は細く肌は青白――こんな奴があの美人と呼び声高い蓮見だとは到底信じられない姿。だが、これが現実――シンデレラの魔法が解けた気分だ。生まれつき、体が弱いことが原因で入退院を繰り返してきた。おかげでこんな身なりになってしまったわけで――まぁ所謂コンプレックスというやつだ。


「しかしここまで変わるとはなぁ」


 鏡を見ると改めて自分を尊敬するところもある。最初は自分の身なりを変えるために取り組んできたが、今では蓮見という美少女に変身できる。何なら声色さえ変えられる。俗に言う両声類というやつだ。これだけは神様に感謝せざるを得ない。声質だけはどうしても変えられない部分があるし、いくら見た目が女性でも声がネックになる場面もあるからだ。でも確かなことは一つだけある。たとえ声質が違ったとしても俺は間違いなく女装はしているだろう。それ程までにあの感動が忘れられない。自分が生まれ変わったようなあの衝撃を――。


「いつまで鏡見てんの? ご飯できてるわよ」

「はーい」


 家族は俺の女装した姿――蓮見のことは一応理解してくれている。最初は『蓮の彼女ですか!』と、母さんは目を輝かせていた。自分の家でいきなり美少女が現れれば当然の反応かもしれない。いやそれどころか『いつから付き合ってるの?』『蓮のどういうところが好きなの?』とあまりにもグイグイ迫ってくるので耐え切れなくなった俺は『残念! 実は俺でした~』とウィッグをパカっと外しネタバラシをした。結果、母さんは気絶し、後にこっぴどく事情を聞かれたわけだけども、父さんの場合は俺の抱えてる問題に気づいてか『いいんじゃないか? 誰だってそんな趣味ぐらいある』と後押ししてくれた。何はともあれ俺はこんな家族のとこに生まれて幸せ者だ。


 俺はボサボサの髪をある程度まとめた後、テーブルに置いてある自分の食パンにかぶりつく。


「お兄ちゃん、ジャム~」

「もう1年生なんだからそのくらい自分で――」

「うぅ~だめぇ?」


 妹の紗千香さちかが俺の袖を引っ張って甘えてくる。それも無意識なのか子犬のように目をウルウルさせながら――。

 

「……しょうがないなぁ」


 今年から小学1年生となったばかりなのに、この甘え上手っぷり……全く我ながら恐ろしい妹だ。まぁそれが可愛いくて仕方がないのだけれど。幸いにも俺と違って妹は健康そのものですくすくと成長している。それだけでお兄ちゃんとしてとても嬉しい限りだ。勿論、紗千香も女装した俺の姿を知っている。どうやら俺を魔法使いと勘違いしているらしい。年相応の可愛らしい解釈だがあながち間違っていない。メイクは女性にとって魔法のようなもの、自分を綺麗に――自信をつけるためのものだ。でも、そんなのまだ紗千香に教えるのは早すぎるか。


「はい、どうぞ」

「えへへ、ありがとうお兄ちゃん」

 

 うん、今日も可愛いぞ妹よ。思わず頭を撫でてしまいたくなるほどだ。

 紗千香が大きくなったらメイク術の一つや二つ――と言わず、すべてを伝授してあげよう。本当に将来が楽しみだ。

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