第6話 現実の世界

 時間にすると三〇分ほどだろうか。

 クオータービューを確認する限り、すべてのゴブリンを殲滅できたようだ。


「なんとか危機は脱したようだが……」


 もしかすると殲滅と同時にまたシステムアナウンスが流れるかもと待ち構えていたのだが、結局ゴブリンをすべて倒しても何も起こらなかった。


 そして、スノーウルフエレメントたちがゴブリンを倒すのを待ってる間に、いろいろとわかったことがある。


 まず、ふくらはぎに刺さっていた矢だが、思い切って痛みに耐えつつ引き抜くと、まるで嘘だったかのように痛みは治まり、あっという間に傷口までもが塞がった。


 さっさと抜いてしまえばよかった……。


 くっ……仕方ないじゃないか。

 本かなにかで、刺さった矢は治療できるまでは抜かない方がいいと読んだ記憶があったんだよ。


 まぁそういう訳で、回復のできるユニットを召喚して待機させていたんだが、自分の傷にも効くのか試す前に治ってしまった。


 しかし今回はできなかったが、回復が人にも有効なのかは確認しておきたいので、そのうち機会をもうけて試してみたい。

 そのために自分で自分を傷つけるのはさすがに勘弁だが。


 それから、レベル制限はやはり完全に解除されていた。

 元のレベル80で使えていたコマンドや機能、メニューもほぼ・・すべて使用可能な状態に戻っていた。


 そう……ほぼ・・すべてだ。


 唯一消えてしまったもの。


 それは……システムメニューだ。

 これだけは丸々消えてしまっていた。


 つまりそれは、この世界がもしゲームだったとしても現状ログアウトすることが出来ないということを意味していた。


 まぁ今更ながらだが、踏みしめている地面の感触や頬に受ける風の感触は、VRゲームではまだ再現できていないレベルのものだし、よく見れば草原の草や土が服に付着していたりもする。


 これもゲームではなかったことだ。

 もちろんさっきの痛みの感じ方もそうだ。


 とりあえずオレは、ここは現実の世界だと思って行動した方がいいという結論に達した。


 今のところ、わかったことはこんなものだろうか。


「レスカ様、準備は終わられたのでしょうか?」


「あぁ、待たせて悪かった。それじゃぁ、ミンティスの住む街へ向かうとしようか」


 この少女の名前も教えてもらった。


 名前はミンティス。

 ミンティス・フォン・ベルジール。


 衣服やその振る舞いから貴族だと思っていたが、正確に言うと貴族ではなかった。


「いや、ミンティスの国『ベルジール王国』へ」


 そう。ミンティスは王族だった。

 ベルジール王国の第二王女。


 VRシミュレーションゲーム『ベルジール戦記』の主な舞台となる国ベルジール王国。

 ゲームでのオレの所属国でもあり、この少女ミンティスの父親が治める国だ。


 まずはそこへ向かうことにした。

 オレ自身行く当てもないというのもあるが、そもそもミンティスこの少女を放って一人でどこかに向かうわけにもいかない。


 現実と思って行動するということは、この少女はNPCではなく本物の人間であると思って行動するという意味にもなるのだから当然だ。


「はい。命を救って頂いただけでも感謝してもしきれないのに、本当にありがとうございます」


「気にするな。乗りかかった船だしな」


 本物の人間。


 オレはミンティスといろいろ話したことで、半ば確信していた。

 ゲームでもNPCとは会話することができるのだが、オレの知る限り、最新のAIを使ってもここまで自然な会話はできないだろう。


 だからオレは、ここはゲームの世界観の現実世界だと仮定することにした。

 ずっとそんなわけがないと頭の中で否定していたが、ラノベやアニメでよくある異世界転移や転生というやつではないだろうか。


「ありがとうございます。しかし、その……あの……」


 それでは出発しようかと思っていると、ミンティスが何か言いたそうにもじもじとしていた。


「ん? どうした?」


「え、えっと、そのですね。移動は先ほどの鳥の魔物になるのでしょうか? 私、た、高い所が苦手なようでして……」


 あぁ……そういうことか。


 そりゃぁ、この世界で空を飛んだ経験のあるものなんてごく少数だろうし、ましてや肩を掴まれて飛ぶ経験はさぞかし怖かっただろう。


 救い出すのにはあれしか無かったとはいえ、悪い事をした。


 ちなみにファストトラベルは使えなかった。

 登録ポイントがすべてリセットされていたためだが、そもそも一人でしか移動できないかもしれないのでこの状況で試すわけにもいかないしな。


「安心してくれ。あれは緊急事態だったから……ちょ、ちょっと待てよ……」


 しかし、あの時点ではまだゲームでの出来事だと思っていたのだが、ミンティスにはその記憶があるということか?


 いったいどうなってるんだ……。


「ど、どうかされたのですか? あの、どうしてもという事でしたら覚悟を決めますので……」


 オレが考えを巡らせて黙り込んでしまったので、ミンティスにいらぬ不安を与えてしまったようだ。


「あぁ、すまない。違うんだ。ちょっと気になることがあったんだが、それは今考えても仕方ないことだし問題ない。他の方法で移動するから安心してくれ」


 オレがあわててそう伝えると、ミンティスはホッとした表情を浮かべた。

 さっきの体験がよほど怖かったのだろう。


「それじゃぁ呼び出すとするか」


 通常のユニットは戦闘のためのみに存在しているが、一部のユニットはそれ以外の目的のために用意されているものもある。


 今から呼び出すユニットもその一つだ。


【ユニット召喚:ナイトメア】


 直径3mほどの魔法陣の中から現れたのは、やや赤みを帯びた巨大な黒馬。


 ナイトメアは、もちろん普通の馬ではなく魔物に分類される。

 移動ユニット扱いの中では、唯一高い戦闘力を誇るお気に入りのレアユニットだ。


「ナイトメアという馬の魔物だ。ちょっと迫力があって怖そうにみえるかもしれないが、従順で大人しい性格をしているから安心してくれ」


「そ、そうなのですね。凄く立派な馬で驚きました。でも、馬なら慣れておりますし、大好きなので大丈夫です」


 まぁ大人しいのは確かだが、従順なのはオレにだけでオーガの上位種すら蹴り殺してしまう強靭な肉体に、馬の魔物なのにブレスまで吐く事ができるっていう事は黙っておこうか……。

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