第5話 粗末な矢
ふくらはぎに刺さる矢。
普段なら矢が刺さったところで痛くもかゆくもない。
ただパラメータ上でオレのHPが減るだけだ。
それなのにその矢が刺さった右足には激痛が走り、いつもなら数秒で消えるはずの矢は、いつまで経っても消失エフェクトがおこることもなく刺さり続けていた。
「ぐぅぅ……いったい、どういうことだ……って、血が出てるじゃないか!?」
矢が刺されば血が出るのは当たり前だ。
だがそれは
このゲームは、このベルジール戦記では、そもそも血など流れない。
ダメージエフェクトが出るだけのはずなのだ……。
「だ、大丈夫ですか!?」
心配の声をあげる少女。
しかし、そうしている間にも二発目の矢が飛んできた。
「あぶない!!」
少女の背中に向けて一直線に飛んできていた矢だったが、オレが咄嗟に少女を突き飛ばしたことで、なんとか避けることができた。
しかし、二本目の矢を皮切りに、次々と飛来する矢。
飛来する矢を
こんな粗末な矢を使っているのは……。
「くっ!? さっきのゴブリンの群れか!?」
オレは腰に装備していた護身用の短剣を抜くと、少女を背に隠し、次々に飛んでくる矢を斬り伏せた。
そう。すべての矢を。
「す、すごい……」
少女の呟きで自分のやっていることにようやく気付いた。
え……なんだこれ?
飛んでくる矢が……見えるぞ……。
ベルジール戦記ではプレイヤー自身にもステータスは存在していた。
だが、それはユニットの指示や召喚時に適用される
いや、戦闘に参加しようと思えばできたのだが、ユニットの強さと比べるとあまりにも非力だったので、護衛のユニットが倒されれば一方的に攻撃されていた。
だけど今、まるで現実のようなこの痛みと引き換えに、嘘のように体が思い通りに動いている。
そうだ。ふくらはぎの矢は刺さったままだし激痛は感じているが、動きに支障がまったくない。
これはどういう状況なんだ……。
自分でも状況が理解できずにいると、少女から声をかけられてもう一度我に返った。
「い、いったい、あなたは……」
「い、いや、そんなことより、あいつらがここに辿り着く前に君だけでも先に逃げるんだ!」
「そ、そんな!? 命の恩人を置いて逃げる事なんて絶対にできません!」
美少女の決意に満ちた目で見つめられると……。
「そ、そうか。わ、わかった」
こんな緊急事態だというのに「いや、逃げてくれた方が戦いやすいんだけど……」とは言えないオレって……。
まぁいい。それよりも早くユニット召喚だ!!
オレは目にもとまらぬ早さでコマンド操作とジェスチャーを実行する。
【ユニット召喚:スノーウルフエレメント】
すると、少し大きな積層魔法陣が空中にあらわれ、そこから雪を纏う白い狼の姿をした精霊が現れた。
しかし、一匹ではない。
次々と魔法陣からスノーウルフエレメントが飛び出してくる。
その数、30。
ユニット枠ひとつで30体も呼び出せる雑魚の殲滅には適任のユニットだ。
「いけ! スノーウルフエレメント!! ゴブリンに身の程をわからせてやれ!!」
オレの指示に無音の遠吠えで答えたスノーウルフエレメントたちは、飛んでくる矢を噛み砕きながら宙を駆けていく。
スノーウルフエレメントはレベル30のユニットだ。
ゴブリン程度の魔物なら、こいつらだけでもう十分だろう。
「あ、えっと……すまない、すぐに蹴散らすつもりだが、念のため身を伏せていてくれないか」
「え……あ、はい! すみません!」
これがゲームなのか現実なのか、もう何がなんだかわからない状況だが、それでも目の前で少女に死なれては寝覚めが悪い。
オレは驚きで固まっている少女にひとまず身を伏せるように指示をすると、護衛用にもう一体ユニットを召喚することにした。
【ユニット召喚:アダマンタイトナイト】
今度は直径2mほどの少し大きめな魔法陣が現れ、次の瞬間には鈍く青色に輝くフルプレートの鎧を着た騎士が出現した。
身の丈2mを超える巨躯に巨大なナイトシールドを持つその姿は頼もしい限りだ。
「アダマンタイトナイト、すべての攻撃からオレたちを守り、近づく者があれば斬り捨てろ!」
アダマンタイトナイトは指示を受けると盾を掲げ、オレたちとゴブリンの群れの間に割り込むように位置取った。
そして盾を勢いよく地面に突き刺して、ドーム状の障壁を展開した。
これでゴブリンが何をしようとオレたちに攻撃は届かないだろう。
「ふぅ……これでひとまずは安心か……」
オレはクオータービューに映し出された、次々とゴブリンを殲滅していくスノーウルフエレメントを見てようやくそう呟いた。
だが、少し緊張が解けたせいか、足の痛みが増した気がする。
「くっ、いてぇ……」
思わず口からこぼれた呟きは、草原に吹く風にかき消された。
「ほんとに、いったいどうなってるんだよ……」
さっきまで、たしかに『ベルジール戦記』で遊んでいたはずだ。
「それがどうして……」
そう……それがどうして……こんな……。
「い、いてぇ……」
オレの足に刺さった矢が、これはVRではないことを嫌でもわからせてくる。
「現実……だよな……」
草原に身を伏せていたオレは、少し前に起こった出来事を思い返しながら、痛みに耐えるように大きく息を吐きだしたのだった。
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