第3話 異界からの訪問者
丘の上に立つオレの眼に、百匹を軽く超えるゴブリンの大群が飛び込んできた。
さっきまでいた場所からだと見えなかったが、丘の向こうは深い森が広がっており、ゴブリンたちはそこから溢れ出してきているようだ。
「くっ……ゴブリンの群れぐらい、いつもなら蹴散らしてやるところなのに……」
ゴブリン一匹一匹は弱い。
レベル1の制限下でも数匹なら問題ない。
だが、数が多い。多すぎる。
まだ続々と森から這い出してきているその様子から、最終的には100や200じゃきかない数になりそうだ。
もちろん普段のオレならまったく問題にならない。
いくら数が多いといっても、たかがゴブリン。
オレじゃなくとも、やりこんでレベルキャップの80に到達しているプレイヤーなら、普通に対応はできるだろう。
しかし、今のオレのレベルは
さすがに勝てるわけがない。逃げるしかない……。
「くっ……キャンペーンを失敗することになるなんて、なんたる屈辱だ……」
ベルジール戦記をサービス開始と同時に始めて以来、今まで一度もキャンペーンで失敗したことはない。
だけど、このまま正面から戦っても絶対に勝てないのはわかりきっている。
このまま特攻しても意味がない。
死んでデスペナルティをうけた上でキャンペーンも失敗するぐらいなら、ただ単にキャンペーン失敗にした方がマシだ。
それにもしかしたら、ここから逃げるという強制負けイベントなのかもしれない。
今までこのゲームでは強制負けイベントなどなかったが、そもそもレベル1に制限されるなんてことも初めてのことだ。
「そうだ……ここで逃げるのが正解に違……」
違いない……そう言おうとしたところで、三度目の悲鳴が耳に届いた。
「あ……いや! もしかしてNPCを助けて逃げるイベントなんじゃ!?」
きっとそうだ!
オレはそう確信を得たその時、そこでようやくゴブリンの群れのそばに人影があることに気付いた。
まばらに生えている木の後ろに隠れていて気付くのが遅れた!
「見つけた! あの横転した馬車のところに……って、一人じゃないのかよ」
デミファルコンに掴ませて攫うように助け出せばいいと思ったのだが、そこには複数の人間がいた。
横転した馬車の周りには、悲鳴をあげたと思われる女性の他に、数名の兵士のような者たちの姿が確認できる。
まだ遠いのでハッキリとはわからないが、女性は貴族のような出で立ちに見える。
「ん? でも、貴族が使う馬車にしては……」
オレは横転している馬車がこのゲームの世界でよく見かける貴族が使用するような豪奢な馬車ではないことに気付き、なにか違和感を覚える。
それにその女性は、ゴブリンから逃げるというよりも、護衛の兵士たちから逃げているような……。
「くっ!? 女が逃げたぞ!! 捕まえろ!」
「ばかっ!! そんな場合じゃねぇだろ! 俺たちも逃げようぜ!」
あ、やはり貴族とその護衛ってわけではなく、なんか事情がありそうだ。
と、そんなことを呑気に考えていると、物騒な言葉が飛び出してきた。
「くそっ! 逃げられるぐらいなら殺してしまえーー!!」
うわぁ⁉ もう考えている時間はない!
これはあの女性を助けるイベントだという事に掛けるしかない!
「デミファルコン! その女性をかっ攫え!」
ひとまず攫って安全なところまで運ぶしかない。
オレの指示にデミファルコンはまたピーとひと鳴きすると、一瞬で狙いを定めて急降下していき……今まさに女性を背後から斬りつけようと剣を抜き放った兵士の目の前で、間一髪拾い上げることに成功した。
「よし! うまくいった!! そのままこっちにこい! 逃げるぞ!」
オレは思わず手を強く握り締めながらそう叫ぶと、ゴブリンの大群に背を向け駆け出した。
「きゃーーーー!!」
な、なんか悲鳴が強くなった気がするが、今は緊急事態なんで勘弁してくれ……。
そりゃいきなり魔物に空に攫われたら怖いよな……。
心の中で女性に謝っていると、キャンペーンが進行したことを知らせるシステムアナウンスが流れた。
【おめでとうございます。キャンペーンのステージが進行しました】
「よし!! やっぱりこれで正解だったんだ!」
レベル1でゴブリンの大群など相手に出来るわけがない。
ゆっくり考えれば難しい選択肢ではなかったのかもしれないが、あの目まぐるしい展開の中で正解の行動を引き当てることが出来たことにオレは満足していた。
しかし、初期ユニットにデミファルコンを選んでいた当時の自分を褒めてやりたい。
なんせデミファルコンは、数あるレベル1ユニットの中でもダントツの不人気ユニットだったのだから。
「あの時は苦労したよな……」
オレは当時を思い出して思わず苦笑する。
ゲームを始めたてで一番必要なのは戦闘力なのに、それを知らなかったオレはカッコよさだけでデミファルコンを選んでしまい、チュートリアルすら突破できずに何度か失敗した。
泣きそうになりながらクリアしたのは今となってはいい思い出だ。
「だけど、そのお陰で今回はクリアできたようなものだ」
他のユニットを選択していたら、絶対にあの状況から救い出すことなど不可能だったはず。
そんなことを考えていると、もう一度システムアナウンスが流れた。
【あなたはキャンペーン『異界からの訪問者』の正式参加資格を得ました】
「ん? 正式参加資格?」
普通はキャンペーンのステージが進行すると、物語やクリア報酬が表示されるのだが……。
やっぱりこのキャンペーンおかしすぎないか?
なぜだかわからないがオレは得も言われぬ違和感と恐怖感に襲われた。
そして……。
【これより
そのシステムアナウンスを最後に、オレの意識はふたたび途切れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます