第45話 ブレン
カエデの前で急ブレーキをした、その兵士からはこの世界で一番信頼を置いている人のものであった。綺麗に馬を乗りこなすその人物はその場にいる人間に溶け込むような恰好をしている。しかし、鎧を断つように背中側に流れる綺麗な赤い髪は、その人物の高貴差を一層引き立てており、とても一般兵には見えなかった。
「ブレンさん!?!?」
もう二度と会うことは無いであろうと、思っていた人物がまさか目の前に現れたことに驚きを隠せなかった。
先ほどまでの、敗北と絶望を味わっていた人と同一人物には見えないほど、明るくにこやかな笑顔であった。
「嬢ちゃんがこんなやつらに負けるなんてな」
カエデの強さを一番まじかで見ていたブレンには、今のこの状況が不本意であろうのだろう。しかし、カエデからすれば国の兵士は強くて当たり前だと思っていたので、むしろ善戦したほうだと考えていた。
「わたし、これでも頑張ったんですよ」
「一人で」と続きそうになった口を止めた。戦う覚悟はあったが、殺す覚悟まではできていなかった。あちらも同じ条件で戦ってはいたものの、この人数差をひっくり返せるほどではなかった。
「お前何をやっている!? 他の奴はどうした!?」
その様子を見て、不自然とは思ってもその馬に乗った赤髪の女が、拘束され座り込んでいる少女との関係性には気が付かなかったようだ。この状況下で国の鎧をまとった人間だから見覚えが無くても自身の部下だと思ったのだろう。このような目立つ風貌をしていたとしても、否定する材料がなければ案外気が付かないのだろう。
ブレンは、それに一切反応するこはない。
それを不審に思い、兵士長が馬の足元まで詰め寄ってくる。
「おい、お前いったい……」
「じゃあ、いきますか」
兵士長の言葉を最後まで聞かずにブレンは、カエデの目を見つめたままそうつぶやく。まるで世間話はここまでだと、あえて区切るかのように。
「あ……」
その言葉を聞くや否や、少女の頭の中で点と点が繋がった。たまたま目の前に現れた旧友は今は国の兵士になった。それは、ずっと彼女が望んでいたこと。となれば、この後する行動は一つに決まっている。
彼女は、兵士としての仕事をしにきたのだ。
それを悟った瞬間、少女の顔は再び絶望に染まる。そんな上手い話があるはずがない。少し考えれば分かることであった。自身がずっと憧れていた立場を、そう簡単に手放すわけがない。
「……そっか」
首をがっくりと落とす少女は、いったんの希望からどん底に落とされた。ただ、自身の中で急上昇しているだけのはずであるが、悲しいことには変わりがない。この場を切り抜けられないことよりも、ブレンが自身の敵に回っていしまっているその事実に耐えられなかったのであった。
「行くぞ。嬢ちゃん」
頭上から聞こえてきた、想像していたものとは違う言葉と同時に、少女の頭の上の空を切るように、ブレンの体に馴染み切った大剣が通過する。
「危なっ!!!」
半円を描くよう振られた剣は兵士長に直撃するルートであったが、それを寸でのところで避けたが勢い余りのそのまま尻もちをつく。
「なにをするお前!」
冷やせを書きながらも、慌てた様子でブレンに指をさしながら怒鳴りつける。先ほどまでカエデと戦っていた時よりもそれは、必死な様子に見えた。それもそのはずで中だと思っていた人間にいきなり剣を向けられたら誰でもそうなって当然のことであった。
それを見てブレンは大笑いをあげる。
外から見たその光景は、部下が隊長をからかって小馬鹿にしているそれであった。この国軍隊内で上下関係がどれほどのものかは分からないが、それが一般的な光景ではないことは周りの兵士を見て入れば分かるだろう。
「え?」
その行動になによりも驚いていたのカエデであった。
異変に気が付いたグロリアもこちらに駆け寄ってくる。後ろに控えている兵士達も、特になにも指示はでていないものの、武器を握る手には力がこもり自ずと陣形を整え始める。
「嬢ちゃん立て!」
「ええっ」
ブレンに言われるがままに、少女は慌てて立ちあがる。すると、ブレンがその手に持つ大剣で少女を拘束している魔装具を切断した。
「えええー!!!」
「貴様! 自分が何をしているのか分かっているのか!」
少女の驚く声と、その行動を咎めるグロリアの声が重なる。ブレン以外の誰しもがその行動は理解の範疇を超えていた。
自身を拘束していたものが無くなり、自由になったカエデは両手を大きく振りながらオーバーにリアクションをしている。それは少女にとって予想だにしない展開であった。
「援護は任せたぞ!」
「はい!」
ブレンが改めてカエデの方を振り向き、ニコリと笑いながら伝えると、少女もそれに応えるように元気よく返事をする。
すると、ブレンは馬から降りて剣を構え、少女は再びその場で浮遊する。それは、馬の頭上と同じ高さくらいであろうか。
「貴様! 賢者様からの命令は聞いているだろう! その少女をどうするつもりだ!」
既に統率が取られた兵士たちを後ろに置い兵士長が、その緊急事態の要因に投げかける。城の兵士達からすれば、急遽現れた最優先任務がようやく終わると思っていた矢先のことであったから、怒りは頂点に達しているであろう。
「俺が嬢ちゃんを助けるのに理由なんてねーよ」
「国を裏切る気か!」
ブレンのことを未だに自信の部下だと思い込んでいる兵士長は、怒りをぶつけるのと同時に最終確認をしているようであった。城の中にいる人間から裏切るものが出ることは滅多にないことであろう。それは、城の中が特段恵まれていることに気が付いているから。
「なんだかんだ言って、嬢ちゃんより強い奴はこの国にはいないみたいだしな」
この数時間で本当にそれを見極めてきたのか疑問に思うところもあるが、少女にとってそれは何よりも嬉しい一言であった。
「待て、もしかしてこいつはジオードが連れてきた奴じゃないか?」
「なに? じゃあこいつも相当な実力者ってことか!」
目の前に立つ二人がそんな会話を繰り広げる。ジオードが城の中において一目置かれている存在であるのが分かると同時に、ブレンの警戒度はさらに増したようだ。
それは後ろに立つ兵士達にも伝染してきて、ざわざわと小声での話し声が聞こえてくるほどであった。
「大丈夫! 俺たちは足止めしていればいいだけだ」
それに危機感を感じた兵士長は、無防備にも後ろを振り向き兵士たちに喝を入れる。この特異な状況になんとなく察しがついてきたようだ。待っていれば、賢者と頼れる同僚のジオードがやってくる。そうなれば、戦力的に劣ることは無いと、兵士側の誰もが確信を持っていたことであった。
「嬢ちゃん戦えるな!」
「もちろんです!」
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