第44話 その人は

「だいぶ手こずったな」


「ああ。だが、これで納得がいった」


 少女に詰め寄ってくる兵士たちの後ろで二人の男が話をしている。兵士長とグロリアであった。警戒はしつつも、与えたダメージが幼い少女がすぐに動けるものではないと判断しているようだ。後ろに控えている魔法士や兵士達はすぐに動けるように準備をしている。そのため少女から目を離さなければ、危険なことはない。


「そうだな。最初はなんでこんな少女を? と思っていたが、これほどの実力の持ち主であれば賢者様が欲するのも分かる」


 一番近くで戦っていた兵士長が苦戦を強いられた少女を、今度は見下ろしながらも讃えている。もし、後を追ったのが三人でなかったら、もう少しグロリアが率いる魔法士部隊と残りの兵士達の到着が遅れていたらと思うと、寸でのところでの勝利であった。


「たった一人で、我々一個中隊を相手にここまでやるのだからな。きちんと戦術を学べばもっと驚異的存在になるだろう」


 グロリアも、心の中では純粋な魔法士としての能力は負けていると察している。それでも、後ろに部下も控えているためそんなことは言い出せない。それでも、一魔法士として少女の特異な魔法に興味を抱いている。

 この国の人間ではないことは魔法を見れば分かった。しかしだからといって純粋な他国な人間でないことも同時に分かった。それほど少女の魔法はこの世界において特別な性質を持つものであった。


「強い味方が増えるのは国にとってもいいことだ」


 取り押さえた、幼い少女をまさか賢者が殺すだなんて微塵も思っていないようだ。なにか因縁がありそうな二人であるが、魔法士としての繋がりがあれば周りからみればそれだけで答えであったのだ。それに人格者で通っている国の英雄を疑うわけがない。

 兵士が転がっているカエデを起こし取り押さえる。ここまでする必要がないと思っている者も中にはいたが、もしものことがあっては同じことの繰り返しのため二人がかりで両脇から少女の腕をつかむ。いまだにぐったりとしている少女は、されるがままに持ち上げられる。すでに抵抗する力も意志も残っていない。それほどまでに、疲弊していた所への身体的ダメージであった。

 その体の軽さに驚いた兵士が、少女の方を二度見する。

 そのまま二人の兵士長の前まで進み、グロリアの前で立ち止まる。


「うむ」


 グロリア一言そういって自身の魔法で少女を拘束する。それは、一見炎の弦のようなものに見えるが、熱さは一切感じない魔法拘束具であった。すべての魔法を炎の元素でしか補えなこの国の人間にとって、その魔法は特段技術のいるものであった。魔法に実態を持たせても、その特性は引き継がせないことは、かなりのコントロールが必要であったからだ。

 その炎の弦のようなものでぐるぐる巻きにされた少女は、それに驚くそぶりも見せない。

 もうこの状態では大した抵抗もできないと踏んだ兵士長が、少女の両脇に立つ兵士に目線で合図を送る。それを察した兵士はカエデから手を離す。すると、そのまま重力に負けるようにその場に座り込む。


(ああ。どうしよ……)


 少女は特段絶望しているわけではなかったが、兵士たちの必死さを目の当たりにして、自身の行く末をみうしなっている。

 この国はおかしい。初めはそう思っていたが、その立場にならなければ分からないことはある。この国の人たちは立場は違えでも必死に生きていることが分かった。

 自身が今までやってきたことを間違いだとは思わないが、この世界でもそれを貫き通すことへの意味を考え始めてしまったのだ。


(でも、人殺しはしたくないなぁ)


 このまま賢者の元に連れていかれれば、さっき言われたことを強制的にやらされるのではないか。それだけは、どうしても拒みたいことであった。異物を散々倒しておきながら、今更なにをと思われるかもしれなが、少女にとってその一線は大きなものであった。




「おお、どうやら賢者様のところに走らせた部隊が返ってきたようだ」


 兵士長が額に手を当てて、目線のはるか先を見る、その方向は少女が

 城から出てきた方向と同じであった。


「じゃあ、賢者様も一緒だな。これでようやく我々の任務も終わりか」


 少し安堵するかのようにグロリアは言う。


「ああそうだな。しかし、もっと鍛え直さないといけないな。これでは近い未来であろう有事に国を守れない」


「今回の件で分かったが、もっと兵士同士の連携を強めないとだな」


 たった今任務が終わろうとしている所にも関わらず、二人は早くも先の話をしている。これほどまでに、向上心を持ち、国のために働こうとする人間がいるなんて、この国もまだ捨てたものではないであろう。

 しかし、ふと何かに気が付いたグロリアが、兵士長が指した方向を今一度注視する。


「ん? こっちに向かってきている馬は一頭じゃないか?」


「そんなバカな……。先遣隊が単独行動をするなんて」


 この国のルールでは、その様子はおかしなもののようで違和感を覚えているようだ。

 そんな会話を少女の頭上で繰り広げる。地面に座り込んで下を向いてうつ向く少女にとってはどうでもいいことであるからだ。


「いや、やっぱり一人だ。なにかあったのだろうか?」


「とにかくあの兵士に聞いてみよう」


 既にこちらに向かってきているのであれば、今更慌てても仕方がないと言い、その到着を待つ。

 しかしながら、これで少女の行く末が本格的に決まってしまう。先ほどは、優秀な仲間が増えると喜んではいたものの、内心ではこのような幼い少女までもを戦場に駆り出さなくていけないことに、大人として情けなさを感じている二人であった。


「おい、あれなんだ? ちょっとおかしくないか」


 兵士長とグロリアがそんなことを考えていると、周りの部下からそんな声が上がり始めた。声のする方向を見ると、皆その向かってくる一頭の馬の様子に目を奪われている。一見部下たちの言っていることが理解できずに、困惑していた二人であるが、それがまじかに来てようやく理解ができた。


「おい! あの馬減速しないぞ!」


 それとい同時に兵士のうちの誰かがそう叫ぶ。


「危ない!」「よけろ!」


 そんな声が飛び交い始めたころにはすでに遅かった。一切減速しないままそのまま兵士たちの集団に一直線に向かってくる、その一頭はぶつかる直前に大きく跳躍して兵士たちの頭上を越えていく。

 それは、二人の兵士長とカエデの間を遮るようにピタリと立ち止まった。

 すると、少女の頭上。さっきよりもさらに高いところから、聞きなれた声が聞こえてきた。


「嬢ちゃん、なんでそんなところで寝転んでんだ? 嬢ちゃんのいるべき場所は空だろ?」



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