第39話 少女の実力

 少女を見下ろす三つの影はカエデがこの世界に来てから体験した何よりも冷たいものであった。なにか悪いことしたわけでもない少女がなぜこのような目に合わなくてはいけないのか。普通ならばそんな自分の人生を呪い殺すだろう。

 しかし、そんな考えは少女の頭の片隅にもなかった。


「いてて……。」


 打った右肩をさすりながら体を起こす。もう逃げられないことを悟っているためその場で座り込んだままである。

 このまま賢者のところに連れていかれるのだろう。しかし、それだけは何としても避けたい出来事であった。そう考える少女がこの後とるべき行動は決まっていた。

 今回ばかりは躊躇はなく少女の決心は早かった。まだ若く成長著しいカエデは、一度した経験をきちんと糧にできているようだ。


「捕縛完了。これより対象者を賢者様の所へと連れていく」


「了解」


 少女の頭上からそんな声が聞こえてきた。その男たちはすでに今日の仕事を終えたかのような言い草である。それもそのはずで、賢者からの命令で連れて帰る少女がどれほどの存在であるかは理解できていないからだ。もし正しく情報が行届いているのならば、この状況でカエデはこれ以上何もできないだなんて甘い考えは出てこない。

 やはり、城の中の人間が外の人間の情報を調達するのは難しいようだ。


「少女立てるか」


 ずっと真後ろでカエデのことを追いかけてきた兵士が問いかけてきた。多少なり声色が柔らかい物の、すでに敵対の意志を見せた後のため追いかけている最中程のものではない。

 しかし、少女はその問いにはなにも答えずに右手で体を抱きながら下を向いてうつ向いたままであった。その様子を見た、兵士たちがざわつき始めた。どこか大きなケガをしたに違いないと思ったからである。


「どうします?」


「ここで待機だ。なにを企んでいるか分からない。賢者様からはおとなしく同行しなかったら捕縛後その場で逃げられないように待機と言われている」


「しかし、どう見てもケガをしているようにしか……」


「そうだな。そろそろ後方にいる魔法士達が追い付くだろう。そしたら治癒士にみさせよう」


「連れて行った方が?」


「ダメだ」


「こんな幼い少女が、そんなにも脅威だとは思えないのですが」


「それに関しては俺も同じだが、賢者様の命令は絶対だ」


「そ、それもそうですね」


 カエデをよそに兵士たちが会話を進める。

 多少の淡い期待もあったものの、結局この場所で待機することが決まったようだ。この兵士たちはカエデがなぜ「祝福の少女」と呼ばれているかは分かっていないようだ。

 そして、賢者がこの場所に向かっていることも分かった。このまま賢者の到着まで待てば恐らく少女の未来は絶望的になるであろう。その前にアクションを起こさなければならない。

 ゆっくりと息を整える少女は、その兵士たちのスキを伺っている。今のカエデははたから見れば、ただの幼い少女にしか見えないであろう。この3人の兵士たちがどれほどの実力を有しているかは分からないが、完全に勝利を確信している状況ほど楽なものは無い。

 ずっと一人で戦い続けてきて、この世界に来てもなお毎日異物と命を懸けた戦いをしていた少女と、10年もの間実践を積んでいない兵士達とでは経験が違う。今まで異物としか戦ってきていなかった少女はこの世界に来てから初めて自身が人に有利を盗れるほどの力があることを知った。

 その自信と実力に差異はなかった。


「よ~し!」


「?」


 格好は変わらず、下をうつ向いたままの状態で少女は自身の決意を再確認するかのように小さく気合をかけた。それに反応するリーダーと思わしき兵士は、馬から降りて少女の方に近づこうと距離を詰める。


「えい!」


 それを確認した少女は、初めは優しそうに話しかけてきた兵士に申し訳なさを感じながらも、自身が一番多用してきたシンプルな魔法である衝撃はをその兵士目がけてはなった。


「ウッ!」


 全くの無防備無警戒であった男性から出るのは大の大人の鈍い声であった。


「おい! 何をやっている!?」


 その様子を見ていた馬に乗ったままの兵士が、少女の突然の行動に驚きを表す。それもそのはずでその兵士たちには、その少女が魔法士であることは恰好や浮遊している姿を見て気が付いてはいただろうが、どれほどの優秀さを持つ魔法士だとは知らされていなかった。恐らく、賢者が城の外で作った子ども程度の認識であったのだろう。

 衝撃で吹き飛ばされた男は、直撃した腹部を押さえながらもだえ苦しんでいる。

 少女にはその姿が一瞬目に入る。


「やぁぁぁ!」


 しかし、それに何か感情を抱く前にもう一人の兵士がその手に持つ大きな槍でカエデ目がけて振りかざしてきた。目の前の突然の出来事に驚きはしているものの、すぐさまその場で自身がとる行動を決めたようだ。

 だが、ある程度予想が付いていたその攻撃を少女は容易にかわして、浮遊しながら大きく後方に下がる様に距離をとる。

 息切れから十分に回復した少女は、先ほどとは違い兵士の乗っている馬の頭よりも少し高い位置で停滞する。


「貴様! もう容赦しないぞ!」


 もう一人の兵士も槍を構える。その後ろから、カエデに吹き飛ばされた兵士が左手でまだ痛むであろう腹部を押さえながら右手で腰に携えた剣を抜く。その表情は任務を忘れ怒りに満ち溢れているものであった。

 だがそれに臆する少女ではもうない。


「私はここから去りたいだけです! 見逃してくるなら危害は加えません!」


 改めて杖を構えながら少女は、相手に最後の忠告をする。さっきの魔法を見てここで引いてくれるのであれば、これ以上の争いはしなくて済む。


「そんなことできるわけないだろ!」


「我々も、賢者様からの命令でここにいる。これ以上はこちらも武力行使に出る」


 少女の最後の願いは叶わず兵士との徹底抗戦が幕を開ける。兵士たちにとってあの程度の魔法は見慣れていて大した脅威は感じられなかったのか。それとも、こんな幼い少女相手に敗走するなんてことは兵士としてのプライドが許さないのか。

 どちらにせよ、命令が下されている限りこの場を後にすることはできないのであろう。



























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