第40話 その少女は
「前へ!」
その掛け声とともに、馬から降りた二人の兵士が槍を地面と平行に持ち一歩づつ少女との距離を詰めてくる。町のごろつきとは違って初めからきちんと隊列を組んでくるところを見るとやはり、城の兵士なのだと分かる。
「えい!」
それを見て少女は杖を真横に振りながら、今度は横長の斬撃のような衝撃はを放つ。少女にとっては隊列はかっこうの的である。この国の他の魔法士とは違いある程度の規模の魔法を使えるためだ。
それを見て、慌てる兵士たちであったが中央に立っていた兵士長が自身の剣でそれを叩ききった。
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫だ。さっき魔法を受けてみて分かったが、この少女の魔法には実態がある」
カエデも思いもしなかった方法で自身の魔法が回避されたことに驚きを表す。なぜなら、避けるか盾などで対処する以外の方法をされたことが無かったからだ。自身の魔法を自身で受けるようなことは不可能なので、その放たれたものがどのような物かよく知らないのが実際のところである。
そもそも、人に向けて放ったことがほぼないのだから当然である。
しかしながら、それでも魔法を切るその動作は無傷と言うわけにもいかないようで、手のしびれを感じているのか先ほどとは違い剣先が震えているのが分かる。
「油断するなよ。この少女は城の魔法士部隊と遜色ないものと思え!」
「はい!」
「ですが兵士長、こんな見たこともない魔法を使う魔法士が城の外にいるということはやはり……?」
「分からない。だが、スパイとかではなくこの国の者だと賢者様はおっしゃていたからな。なにか秘密があるのだろう」
「余計なことは考えなくていい。我々は任務を遂行することだけを考えろ」
兵士たちは目の前にいる脅威である少女をよそに会話をする。そこには緊張感はあるもののどこか、慢心に近い安心感のようなものも感じられる。もうすぐそこまで迫ってきている味方の集団とそう遅くないうちにくるであろう、賢者の存在は彼らに「自分たちは死なない」という前提を当てえているようだ。
それに、その少女がそこまで残忍な人間には見えないことも相まっているだろう。
「まだやるんですか!?」
しかし、それは少女の元には届いていない。それにも関わらず、兵士長の剣を持つ手が震えている細かいところには目がいった少女は、相手の戦意に問いかける。できることならば、これで退いてくれることを心の底から願っている。覚悟は定まっているものの、人を傷つけることを喜々としてやっているわけではない。
「我々は任務を遂行するのみ」
今度は、槍を構える一人がそう高らかに叫ぶ。そもそも、カエデの感覚にはないが、国の兵士が命令に背いて敵前逃亡してはたどる結末は同じである。
「うおお!」
求めていた返答が来なかったカエデが少し目線を外した隙を見逃さなかった兵士の一人が、手に持つ槍とともに一気に距離を詰めてくる。その鋭利な刃先が大人の男の力とともに少女に刺さればひとたまりもないであろう。
だが、不意を突かれたからといえどもその程度で攻撃をいなせないようでは今まで少女の命はいくらあっても足りなかったであろう。
少女はまるで地面をける様に、浮遊している状態で後ろに大きくステップする。その幅は地上にいるにはとても出せる距離ではなかった。空振りに終わった兵士のがら空きの体に、魔法弾を打ち込む。先ほど受け切られるところを見たため砲弾のようなものに形状を変えて放ったその一撃は見事にその兵士の脇腹に当たる。
「ぐふ!」
鎧を着ながらでもその衝撃は相殺できなかったようで、鈍い音とともにうめき声のようなものが聞こえる。それを見た二人も続いてカエデの方立ち向かう。三人でかかればなんとかなると思っていたのであろう。走り寄ってくる一人を先に砲撃で牽制していると、兵士長の剣が少女の視界に入る。それが自身の体に直撃する前にシールドを張り受け止める。魔法の壁と言えば聞こえはいいが、兵士長からすればそれはまさしく壁に剣を打ち付けているような感覚であった。
動きが止まった所に足もとに魔法の衝撃はを放つと、兵士長は両足を一気にすくい上げられたかのように転んだ。
「っ! クッソ!」
「ここまで差があるのか」
「まるで遊ばれているみたいだ」
兵士たちが少女とのあまりにある実力の差に絶望を抱き始めている。
カエデは真剣そのもので一切の遊び心はないがそもそも空中戦を得意としている魔法士に対して白兵戦しかできない兵士とは相性が悪すぎる。
そして、もう一つ彼らにとって屈辱的事実があった。
「お前ふざけるな!」
兵士の一人がしびれを切らして怒鳴りつける。緩み切った空間ならいざ知れず、この戦場の中でのその行為は少女に対してはたいした負荷にはならなかった。
「どういうつもりだ!」
戦場では大声や怒鳴り声など出して普通のものだ。それもでも、その怒りに満ちたその声は味方にも伝染させるものであった。
「……なんですか」
兵士たちとはうって変わって冷静かつ普段よりも低い声で答える少女は、それが自身に向けられていることも分かっているし、その怒りが何を指しているかも正しく理解していた。それでも少女にとっては、その怒りは見当違いのものであった。
「なんで手を抜いている!!! 俺たちはお前を取り押さえようとしているのになんでお前はそんなにも冷静なんだ!」
ずっと異物と命のやり取りをしてきた少女にとっては、命の危機がないというだけでもそれは、心に膨大な余裕を持たせる。捕まってしまった後のことは分からない。賢者が何を考えているかが分からないから。
しかし、捕まらなければ一切関係のないものになる。それを分かっているからこそ、そしてそのハンデを兵士が背負っているため少女は本気で願いの力を使うことは無かった。
それは、甘えでも慢心でもない。少女が今まで生きてきた道にあるものであった。
「なんども言っています。私はここから去ることを望むだけ。あなた達を殺すためじゃないからです」
進むべき道が決まっている少女からすれば、大事な芯がぶれるはずがない。その過程で歩みを止めることはあれど、決断を下すことができる少女からすれば悩み苦しむ時間すらも自身の糧になる。
「そんな理屈が通るわけないだろ!」
それでも、認められないものはある。兵士達がその肩書とともに背負っているものの重みは、少女には理解できないものである。どちらも同じことだ。
お互いがお互いの理念を理解できない。この話は一生平行線のままであろう。
「お前はなにものなんだ!?」
兵士はその圧倒的脅威を目の前に、賢者から止められていたことを尋ねてしまった。賢者からはただ連れてこいと言われただけで、それは余計な詮索はするなと言うことだ。しかし、あまりにも特異な存在を前にしては、それを受け入れ続けることは不可能であった。
「私は願いのために願いの力を与えられた魔法少女です」
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