第38話 敗走

 まさかと思い振り向いた少女の視線に入ってきたのは、一つの大きな集団であった。


「え!? どうして!?」


 少女はゆっくりながらも立ち止まらずに歩いていたことで城からは思った以上に離れていたようだ。まだ、すぐそばにいるわけではないためそこにいる人の数までは分からないが、正しく整列されているその集団は遠くから見ると、塊にしか見えなかった。それだけで、この戦争のなかった10年間の間もきちんと戦時教育をされていたことがよくわかる。


「賢者様に報告しろ!」


 その集団が、その集団にそんな命令を発する。それを聞いた時点で、これはたまたま城の周辺をうろついている少女を発見したのではなく、賢者の指示のもと探索されていたことが分かる。


「え! 見逃してくれたんじゃないの!?」


 その集団が自分を狙っていることを知った少女はすぐさま走り出していた。賢者が自身をあきらめてくれたと勘違いしてたのことを今になりようやく理解できた。

 追いかけられるから、反射的に走り始めた少女だが、もう一度捕まるわけにはいかないのは明白であった。

 あそこまで否定の意思表示をしたにも関わらず、捕まえに来るのだから今度こそ言い逃れできずに、本当に戦争に駆り出されてしまうことは容易に想像がつく。

 走りながらも、もう一度後ろを振り向くと、その集団の先鋭たちが馬に乗ってこちらに走ってくるのが見えた。

 カエデとの距離はどんどん詰まってきている。


「ええ!」


 このままでは追いつかれてしまうと思ったカエデは、自身が魔装をまとった状態であることを今更ながら気が付く。すると、すぐさま浮遊して走るよりも確実に速い速度で移動する。


「なんでバレたのかと思ったけど……。私バカだな」


 自身が城の瓦礫をどかすために魔装を身に着けたことをすっかり忘れていた。自分が今どんな格好をしているかなんて、鏡でも見なければそうは見直したりはしない。そのため、うっかりそのままの格好で歩いていたのだ。

 なぜ、あんな遠目から、それがカエデであるとすぐに分かったのか不思議でならなかったが、なんとも単純なことであった。


「う~ん! このままじゃ追いつかれちゃう」


 少女も自身が出せる全速力を出している。それでも兵士との距離は縮まる一方だ。それもそのはずで、少女は人力で走っているのに比べ兵士たちは走ることに特化した動物の力を借りているのだ。見たところ、その兵士たちはジオードのような固い装甲を身に着けているわけでもないため、余計な重しもない。その分早く馬も走れるのであろう。

 兵士にも役割がきちんとあるようだ。町での生活やギルドなどのパーティーを見ている限りでは、とても想像ができないほどに統率が取れている。ブレンがいっていた通りで城の中と外ではまさしく生きている世界が違うようだ。


「止まれ! 祝福の少女!」


 すぐ背後まで差し迫ってきた一人の兵士がカエデにそう促す。少女はそれを見ずにそのまま飛び続ける。低空で浮遊しているため頭の高さはほぼ変わらない。


「止まらないと強硬手段に出ることになるぞ!」


 1人を先頭にして後ろに2人付き凸の字で三人が追いかけてくる。止まろうが止まらなかろうが、どちらにせよ強硬手段に出ていることは変わらない。だったら、力尽きるまで逃げ切ろうと少女は考えていた。

 それにしても、始めは賢者が独断でカエデとブレンを城に招いていたと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。なぜなら兵士も少女につけられた名称を知っているからだ。たった今人探しを頼むであれば、そんなことはわざわざ言わないだろう。


「これが最後の忠告だ」


 追いつかれたという表現をすることが正しい距離までその兵士たちはやってきた。すでに息切れを起こしているカエデに対してその男達は一切のハンデを背負っていない。再三の忠告に対してカエデも半ばどうすることが正解か分からなくなってきている。

 それにしても、敵対対象であるカエデをすぐさま取り押さえるのではなく、警告を促している辺り少女が思っている以上に紳士的人物のようだ。それが、この人物が特別なのか、それとも城の兵士全体がこのように教育されているのかは今の段階では分からない。


「~! 私どうすればいいんですか!」


「だから、止まりなさい!」


 カエデは、自身がどうするべきかを追いかけてくる兵士に問い始めた。そんなことをしても帰ってくる返事は決まっている。しかし、それほどまでに切羽詰まった状態であることには変わりがない。

 こんな時に、物事を即決できるブレンがいてくれたらとどうしても思ってしまうが、それは考えても無駄なことであった。


「だけど、私がここで立ち止まったら一体どうなっちゃうですか!?」


 呼吸が荒くなっている少女は喉が熱くなるほどの思いをしながら、吐き出すその言葉には悪いことしか起きないでしょと問いかけているようであった。


「あなたが、なぜ賢者様のところから逃げてきたのかは分からないが、きっと勘違いをしているだけだ。あの聡明な方があなたに危害を加えることは無い」


 カエデの耳にその言葉が入ってきたと同時に、自身の後ろを追いかけてくる先頭の男の顔を見るために振り返った。それは少女が抱いている賢者への印象とあまりにもかけ離れていたからだ。

 自らを見失い、激高して少女に危害を加えようとしたのは間違いなくあの男であった。もしかしたら、兵士が指している人物とカエデの目の前に立っていた人物が別人である可能性も頭をよぎったがそんなことは無いであろう。


「あなたは良い人そうですけど、あなたたちの役には立てません!」


 その言葉を聞いたのならば、なおさらのことこの兵士の言うことを聞くわけにはいかなくなった。この男が、少女を騙すためにこんなことを言っていないのは明白だ。わざわざそんな回りくどいことをする必要がないからだ。力づくで止めようと思えばとっくにそれができるからだ。

 少女にとって優しさを振りほどくことほど辛いものは無かった。それは今まで自身がどれほどそれに助けられていたかを正しく理解していたからだ。この兵士も国のためを思って必死に生きてきたのであろう。しかし、それは真実を知らない、城の中でのことだけだ。


「祝福の少女を捕らえよ!」


 先ほどまでの表情とは一変して、厳しく仕事モードに変わった戦闘を走る兵士は後ろに続く部下らしい二人に指示をだす。ここまでは温情を着せていたがこれ以上は、任務を遂行するために遠慮はしないようだ。

 それを聞きすぐさま、両サイドから駆けあがってくる二頭の馬に挟まれる。しかし、少女にそれを再び振り切るだけの力は残されていなかった。コツはいれど、普通に走るよりも遥かにスピードがでる浮遊でも、少女の体力にはも限界がある。三方向から囲まれて、すでに逃げ切る方法は高度を上げるほかない。

 少女もそれを悟り、それを試そうとするが強引な上昇をするがその際にバランスを崩し、大きく旋回しながら地面に転げ落ちる。

 幸い寸でのところで反射的に祝福の力で生成したバリアで打撲程度のケガですんだ。

 転がった少女に手を差し伸べるものは誰もおらず、その場で少女を中心といて三人の馬にまたがった兵士に囲まれた。

















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