第34話 少女が求められた役割
2人が下りてから再び箱は動き始めた。中にはカエデと賢者の2人しかいないが、外から見たらこれほど異様な光景はないだろう。国の中で一番偉い人の一人である賢者とどこの子どもか分からない少女が賢者の私物である魔法車に乗っているのだから。
「改めて聞くのですが」
「祝福の少女は違う国から来たと言っていましたが、具体的にはどこから?」
そのうち聞かれることではあると分かっていたものの、それを答えることは容易ではないと彼女は思っていた。しかし、この世界で少女が出会ってきた人たちは決まって皆少女の言うことを嘘だというものはいなかった。人の周りにはその人に似た人が集まってくると言うが、それを限りなく意識させるものだ。だが、それが全ての状況で当てはまってしまえば、この世から悪人なんてものは居なくなってしまう。
「あ、あの。信じてもらえないかもしれませんが、違う世界から来たんです」
今はその証拠は何一つない。この国で生活していてもなにも不自然ではない恰好にもなったし、ブレンと初めてあった時のように急に空から現れたわけでもない。かといって、この狭い箱の中で魔法を見せるわけにもいかない。少女が嘘をついていない証拠を出せるものが何一つなかったのだ。
しかし、それでもカエデは特に心配はしていなかった。なぜなら、この国で一番すごい魔法士が自分の目の前にいるのだから、そのくらいあっさり信じてくれるだろうと思っていたからだ。もともと楽観主義だった少女が、ブレンという特殊な例の前例を受けてしまえばなおさらのことだろう。
「……やはり」
「え?」
口からこぼれ出ていることに恐らく本人は気が付いていいないだろうが、確かにカエデはそのぼそりと出てきた言葉を聞き取った。だがそれが何を意味するかは分からない。
「ところで」
「はい?」
「もし、元の世界に戻れる方法があったとしたらどうします?」
「え!? そんなのあるんですか!?」
それは、少女にとって何よりも欲しい情報であった。ブレンとともにしている間はその手掛かりすら見つけることはできなかった。そのため、始めの方は無理やりそのことを忘れようとすらしていた。それは、直視すればするだけ悲しく絶望を表すことだったから。
しかしながら、いつしかそれは思い出さなくてもいいものに置き換わっていた。決してどうでもいいことに変わったのではなく、それほど少女の中でブレンととも行動することが大切なことになっていたからだ。
さきほど別れたばかりにも関わらず、すでに寂しさを感じ始めていた。
「ええ……ただ……」
「ただ……?」
言葉の後に続くものが出てくる前に、箱は動きを止めた。それはまさに見計らったタイミングではないかと疑うほどちょうどよかった。舗装されていない道を走る箱は段差などの衝撃がもろに中まで伝わってきた。それは、四人乗っているときはまだ重さでまだましであったが、2人減りさらに体重の軽い少女にとっては体が浮くほどの衝撃であった。
「実際に見てもらった方がはやいかもしれません。どうぞこちらへ」
そういって賢者は箱の隙間から自らの手で降りる。ジオードがいた時は補助をしてもらいようやく乗り込んでいたようにも見えたが、その動きには一切の年齢は感じられず、初めに抱いた初老の男性とはかけ離れた印象を与えられた。
「は、はい」
賢者の後を追うようにカエデも、箱から飛び降りた。着地と同時に両手足が地面に着く。浮遊すればそんなことをせずともよかったものの、先を歩く賢者においていかれてしまうため慌てて行動していた。
目の前にいる大きな建物があり、それは町で見た木や板で作られたボロボロなものとは違う立派な建物であった。それがコンクリートではないことは少女にも分かったが、実際の所何でできているかまでは分からなかった。しかし、ちょっとやそっとの事ではビクともしなさそうである。
後ろも振り返らずに、そのままその建物に消えていく賢者の後をカエデが駆け足で着いていく。
「これです」
建物に入り賢者が大きな門を魔法の力で開けると、そこには巨大な筒のようなものが大層な台座の上に置いてあった。
「なんですかこれ?」
それを見ただけでは全くもって何に使うための道具化を理解できなかったカエデは、一緒にそれを見上げている賢者に質問する。
「これは、大戦前に天体を見るため作られたものです」
「望遠鏡みたいなものですね」
背の低いカエデがその全容を見るには首をほぼ直角に上げなければいけないものは、カエデの世界とは似ても似つかない望遠鏡だったようだ。ここまで大層な設備を要す必要があることにも驚きだったが、なによりも星を見るという行為はどこにおいてもあることに関心を示す。
「望遠鏡? というものがなんだか分からないですが、これを用いれば元の世界に帰れる可能性があります」
「なんで星を見る道具で帰れるんですか?」
そのあまりにも突拍子もない言動に、カエデが首を傾げながら賢者の方を見る。カエデの知る望遠鏡ではそんな機能は付いていない。それでも、賢者がわざわざそんな嘘とつくはずがないため、なにか秘密があるのだろうとカエデが問いかける。
「先ほどはそう説明しましたが、実は大戦中に改造され強力なエネルギーを放出する魔法兵器として使われていたんです」
「そ、そうなんですね」
少女が少女らしく普通に生きていれば、到底聞くことのないであろう言葉が羅列された。今目の前にあるのは多くの人の命を奪ったであろう物であった。少女にはその重さが分からない。想像を絶するものである想像しか出来ない。しかし、この世界はその上で成り立っていることを深く実感させられた。
「ええ、祝福の少女が知っているかは分かりませんが、先の大戦で敵国の箱舟を撃ち落としたのがこれです」
前にブレンが話していたのを思い出した。その時は国を救った秘密兵器といった感じで美談のように聞こえていたが、その実態を見ると暗く重々しい感覚であった。
「その話ちょっと聞いたことがあります! そんな凄いものが」
「それは、多くの魔法士達が命と引き換えに放った一撃でした。そのため魔法士の大半は死にこの国には優秀な魔法士はほとんど残っていません」
「……そんなぁ」
少女には戦う理由が明確にある。それは誰も傷つけず、身勝手なものでもない。しかし、国と国が多くの犠牲の元成り立つ戦争は理解が出来なかった。
一時は人の命を奪うことまで決意したカエデであったが、それでもそれは大切な人を守るため。それにあの争いの原因を作ったのは間違いなく先の大戦だ。
少女は争いが争いを産むという言葉を改めて体感したのであった。
「理論上は、エネルギーの向きを逆向きにすれば違う地に行ける可能性はあります」
少女が目の前の兵器の重大さを考え動揺している間も、賢者は話を続ける。その様子は先程までとは違い、カエデのことを見ているようで見ていない、説明を優先し過ぎているようにも受け取れるものであった。
「ちょっとよくわからないんですけど、それだとただ、この場所にそのエネルギーが放出されるんじゃ?」
「過去に実験している間に、それに似たような現象が起こってます」
「そうなんですね」
少女から出た疑問は、至極全うなもので話だけを聞く限りその場でエネルギーが放出されることになる。そうなれば、この城もろとも吹っ飛んでしまうのではないだろうか。しかし、そうななっていないということは、賢者の言う通り違う作用が働いたということだろう。
「ただ、運用するのに問題がありまして」
「やっぱり、そんな思うようにはいかないんですね!」
もしかしたらと多少の期待を持ったものの、そう簡単にはいかないようだ。どんな場所でもただ上手い話はない。それでも、その希望を見つけかけるだけの期待ができるのであれば、少女は前を向いて進むであろう。自身が「願いの力」を得た時と同じように。
「今これを動かすほどの莫大なエネルギーがこの国にはないんですよ。さっきも言ったみたいに、この国。というよりも大戦以降どの国でも魔法士は急激に数を減らしています。それは、魔力を使うための土壌の消費や、そもそもの魔法士事態の減少で」
戦争の代償とはたった10年くらいでは拭いきれないようだ。勝利した側の国でもこれほどのダメージを追っているのだから敗戦国の国では一体どのようになっているのかなど、カエデには想像もつかない。
ここでようやく、カエデも自身がここに呼ばれたことの意味に感づいてきた。
「そのため、祝福の少女にはこれを動かすためのエネルギー集めをしてもらいたいんです」
「なるほど! 自分の運賃は自分で稼ぐってことですね。具体的にどうすれば?」
賢者から出されたものは、いたって普通の頼みであった。設備を貸す代わりに後は自分でやれ。これだけ聞けばそんな対したことではない。
「そうですね。人を殺せばいいんです」
「……え?」
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