第33話 その内に秘めるもの

「俺は嬢ちゃんのついでか?」


 箱が再び動き出し、その場にいるのはジオードとブレンだけになった。ブレンにとっては今まで生きていた時間よりカエデと一緒に行動していた期間の方が圧倒的に短いにも関わらず、ずっと後ろ歩いていた小さな存在が消えたことに空虚感を覚える。

 散々揺れる箱で移動してきた先は、間違いなく城の中でその場からは城壁が見える。それは町で切望の眼差しで見ていた外側にカーブするものではなく、内側に曲がっていく堅守されている感覚を強く感じさせるものであった。


「そんなことはありませんよ」


 賢者が居なくなってもジオードのその紳士たる態度は変わらずのままであった。


「それを即答する当たり怪しいんだよな」


 ブレンは自身の疑いは限りなく正しいことを知っている。それを隠そうとするジオードの優しさを理解できる程度には、自分の立ち位置を分かっている。


「なぜ、そう思うのですか?」


 その後に、「参考までに」と続きそうであったがあえて言わなかったのか、それとも続いていたがブレンの耳には入ってこなかったのだろうか。

 ジオードは箱の中でわきに抱えていた剣を腰に差し直しながら訪ねる。


「そりゃ、色々だな。色々おかしな点があった。だけど、最後のあのオッサンの態度で確信した」


「なにを?」


「あのオッサンには嬢ちゃんしか映っていないことを」


 自分が話をしていないときは基本的にそっぽを向いていたブレンだが、話はきちんと聞いていたようだ。それだけでなく、きちんと耳に入ってきた話を理解して、自身の中で紐づけを行っていたことを考えると、どんな状況でも頭は回転するタイプのようだ。

 城の中の兵士がどれほどの鍛錬を積んでいて、どれほどの実践をこなしているかは分からないが、大戦以降10年の間戦争は無かった。それを考えれば日々生きる中で実践を繰り返し続けてきたブレンの実力は、城の中に入っても頭角を示せるレベルではあるのかもしれない。


「半分正解で、半分不正解ですね。そもそも賢者様は魔法士です。だから、優秀な魔法士に興味を沸かせるのは必然のこと。貴女も、強い剣士が目の前にいたほうが燃えるでしょ?」


「ああ、確かにな」


 この2人には弱い物いじめをする趣味はないようだ。それが分かっただけでも、多少好感を持てるに違いない。

 それにしても、カエデが並みの魔法士でないことを一番理解しているブレンは、賢者がカエデを使って何をしようとしているか、なんとなく予想はついているようだ。しかし、それをあえてその場で言って聞かせなかったのは自信といるよりも元の世界に帰れる確率が高いのと、自身がカエデの邪魔をしていることに気が付いていたからだ。


「どちらにせよ、これからは仲間です。一緒に力を合わせてこの国を守るために頑張りましょう」


 ジオードに言えることも、できることもそれだけしかなかった。


「この国? この城の間違いだろ?」


 それが分かっていても、長年積み重なった恨みはそう簡単に拭い切ることは出来ない。


「まだ、そんなことを言うんですか? 貴方方は目の前のことで精いっぱいで自分達が保護されていることに気が付いていないだけなんですよ」


「大戦のあと、孤児や怪我人の面倒すら見なかったお前らが何を言っている? 当時はお前はまだ子どもだったから直接関与できないことは分かっている。だけど、それを知ろうともしないお前は馬鹿だ」


「……そうですね。その当時のことは詳しく知りません。と言うよりも恐らく城の中で言われていることと、実際の現状は違うだと思います。謝罪します」


 ずっと我慢していたであろうジオードも、いよいよ限界が来たようでブレンの狭い視野を批判する。しかし、それに言い返すブレンの発言は正論以外の何物でも無かった。このジオードという青年もなかなか優秀な兵士であるのは間違いないだろう。さらに考え方も柔軟で、話も通じる。

 それでも、城の外と中にいるのでは見え方が大きく異なる。どちらが正しい訳でもなく視点の問題である。


「別に謝ってほしいわけじゃない」


「それでは、町に帰りますか?」


 ここまで連れてきておいて、ブレンに帰られてしまえばジオードの仕事は全て無駄になる。それでも、ブレンの意思を尊重したいと思っているのだろう。そもそも、強制されて人に従うような人間ではない。


「はぁ? そんなわけないだろ?」


「え?」


「せっかく城に入れたんだ、ここで俺の存在価値を示す」


 思っていたものとは違う返事が来て多少驚いたジオードであった。それと同時にその目の前にいる一人の戦士のしたたかさを目の当たりにした高揚感の方がまさった。


「あなたのような野心と実力に満ち溢れた人を私は歓迎します」


 ジオードが右手をブレンに差し出す。それを見て振り払うことはせず、それに応じてブレンも右手を出し固い握手を交わした。これが、城の兵士どうしの結束を意味するものかは分からないが、間違いなくジオードはブレンのことを買っているようだ。

 ブレンの方も、目の前にいる男が他の城内の人間とは違うため、心を許し始めているようだ。

 戦争孤児になり、自身の腕一つでここまで生き延びてきた人間が道中では想像もできなかったであろう成功を成し遂げた。























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