第32話 初めての別れ

「それで、どうでしょうか? ここまで聞いてお二人のお返事は?」


 あくまで話を進めるのは、賢者の方のようでしばしばの沈黙の後に切り出してきた。

 どこに連れていかれているのか分かっていない二人であるが、その移動スピードが徐々に緩やかになっていることは体感している。


「え……えーとっ」


 即座に回答することなく、困った顔で隣に座るブレンの顔を見上げるカエデは羽織っている砂埃をまとったマントを握りこむ。それを見る限り本人の意思はあるようで、ブレンに決めてもらおうというわけではないようだ。

 しかし、それを答えあぐねているのは、自身の要望よりも大事にしたいものがあるからだろう。

 それに気が付いたブレンが、その困り顔の少女を見て小さく笑いをこぼす。その後目の前にいる男二人に睨みを利かす。それを見れば誰もがその後に続く言葉を予想できるだろう。


「いいぜ」


 思っていた返答でなかった3人が全員それぞれの驚きの反応を示す。その中で一番冷静を装っていたのはジオードであって賢者ではなかった。城の現役兵士はどのんな状況でも冷静を保てるように訓練されているのか、それとも単にジオードという人間がそういった人間なのか。

 反対に一番驚いていたのはカエデであった。


「ブレンさん本当ですか!」


 さっきまではずっと横目でチラチラ見ていただけだが、今は体ごと横を向き自分が着ているものよりも大きいマントを握りそれを揺らす。二人の精神的距離感がここまで近くなったことは今までにないだろう。

 異物退治でも危険な目に合ってはいたが、先ほどの本当の意味の死線を超えたカエデにとっては、より一層結束が強まったのだろう。それをブレンは特に嫌がるわけでもなくされるがままになっている。


「ありがとうございます」


 賢者よりも先にジオードが両手を膝について直角に等しい角度で頭を下げる。声のトーンは一定のものの、それにはしっかりと感謝の念が込められていることがわかる。賢者ほど必死には見えなかったため、その様子に多少の違和感を覚えてもおかしなことは無いだろう。


「……いい返事が聞けて良かったです」


 ジオードに続き賢者も頭は下げなかったもののお礼の言葉を口にする。

 今更ながら、すでにここは城内の中に入っているだろう。もし仮にここでブレンとカエデが断るようなことがあったのならば、一体どうなっていたことだろうか。このまま、動いている箱からジオードに外に投げ飛ばされて歩いて帰ることになっていた可能性もある。

 そう考えると、なんの疑いもなくこの箱に乗ってしまった時点で、二人の答えは決まっていたのかもしれない。


「これからは同僚ですね。よろしく」


 そういってジオードが右手をブレンの方に差し出す。少し口角を上げているその表情は、心からブレンとカエデを向かい入れる気があるようだ。


「ふんっ」


 普段であるのならば、出されたその手を払いのけるくらいはするブレンであるが、今回に限っては、それをまじまじと見てから目をそらす程度で終わった。

 それを見て残念そうな顔はするもの決して何かを言い返すわけでもなく、自然と手を引っ込めるジオードであった。


「それでは、ブレンさんは彼と。カエデさんは私と一緒に来てもらいますかね」


「え?」


 賢者そういい終わると、カエデの驚きの声と同時にその動く箱が止まった。これまでの道中はとても愉快な会話というわけではなかったが、真剣に話をしていると時間と言うものはあっという間に過ぎ去るものだ。カエデはともかく、ブレンからすれば今まで生きてきた中で、一番早い移動速度であったことは間違いないだろう。ものすごく貴重な体験をしたが、それを顔に出すような人間でもなかった。

 そんなブレンも、賢者の言葉に眉をひそめていた。


「ブレンさんと一緒じゃないんですか?」


 カエデが純粋なその目で賢者の目を一直線で見つめる。それは、なにか疑いをかけるのではなく、ただずっと一緒だったブレンと離れ離れになることを想像していなかったからだ。

 少女が城の兵士の戦い方や編成内容を知っているわけがない。そのため、異物を狩るパーティーのようなものを想像して当然であった。町では魔法士は少なかったものの剣士などとパーティーを組むことが自然であったからだ。


「戦友との別れは寂しいかもしれませんが、国の兵士は白兵戦専門と魔法士とで別れるのですよ。それぞれあった編成がありますので」


「こればっかりは仕方がないことです」


 動揺するカエデに優しく説明する賢者は、先ほどまでの困り眉を見せることは無くただただ淡々と話をするのであった。その目の奥には黒く光る何かが見える。


「まあ、妥当だな」


「そ、そうなんですね」


 ここで食い下がることは子どものわがままと同じである。そんな体裁を気にするカエデではないが、それよりもブレンが認めていることに自分がとやかく言って困らせたくはなかったのだ。

 それでも、それを無反応で受け流せるほど大人ではなかった。


「ご安心ください。二度と会えないというわけではございません。それに宿舎は傍になる様に手配いたします」


「まあ、どっちかが死ななければだけどな」


 ジオードのフォロワーにすかさず、雰囲気を壊すような発言をするブレンは自身の足に肘を立てて頬杖を突きながらニヤニヤを笑っていた。それは、ジオードに嫌がらせをして楽しんでいるのではなく、カエデが自身のことをこうも大切に思ってくれていること喜んでのことだ。

 大戦で両親を亡くしてから人に大切にされた経験がほとんどないブレンにとっては、それは懐かしさとともに自尊心も高めているようだ。


「そんなこと言わないでください!」


 隣に座るブレンを両手で叩くようなしぐさをするカエデも、すでにそこまで悲観している様子は見られなかった。


「それでは、ブレンさんは私とここで」


「ああ」


 箱が止まると、すぐさまジオードが正面に座るブレンにそう促し立ち上がった。それを聞いて特に何を言うでもなくブレンもそれに従い、箱から降りる準備をする。先にジオードが箱から降り、その後にブレンが続く。ジオードよりも背が低いため、箱からだと直接足がつかないため、差し出されたジオード手ではなく肩を支えにして飛ぶ出すように降りた。


「それでは賢者様失礼いたします」


「ん」


 ブレンが下りたのを確認して、ジオードが箱の間から賢者に頭を下げる。それを横目にすら見ずに賢者は一言返事をするだけであった。ここに来るまで、あまり二人きりで会話をすることは無かったがやはり二人の間には確実に上下関係があるようで、賢者がジオード対する態度は高圧的で見ていてあまり気分のいいものではなかった。


「じゃあ」


ブレンはカエデに対して片手を上げるだけであった。




























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る