第31話 勧誘

 子どものカエデにとっては、その空間はあまりにも精神的ダメージが大きすぎるものであった。しかし、一切逃げを見せず、許さないブレンは自身よりも身分も実力も高い人物を前に一歩も譲らない。

 その圧を正面に受けているからこそ、そこで適当なことを言って流せないことも組内伏せることもしない。


「あなたが、そう思うのならばなおさら国のために力を貸すべきでは?」


 ようやく口を開いた賢者は、ここまでで初めて聞いたほどの弱弱しい声で言う。それはまるで両手を上げて白旗を振っているようにも見える。

 しかしながら、この2人が対等な目線に立ち交渉をしようとしているからこそ成り立つものであり、城の中にいる人間全てがこうも聡明な人物だとは限らない。それは、この国で命がけで生きてきたブレンが一番分かっていることかもしれない。


「この現状が俺が入った所で劇的に変わるとも? 俺は自分の身の程は知っているつもりだ。そんな傲慢なやつはとっくに死んでいる」


「敵わないですね」


 賢者が笑いをこぼす。それは本心からなのか、それとも苦し紛れに出たのか。しかし、それを見てブレンは先ほどまでの険しい表情を少しづつ和らげていく。視線だけで異物を殺せるのではないかと言うほどの眼光は、対象を無くした。


「失礼ですが、カエデさんはこの国の人間ではないですよね?」


「は、はい。……え? なんでわかったんですか?」


 突如話を振られて反射的に答えてしまったカエデだが、すぐさまそれが失敗だったかもしれないと後悔した。いつ戦争が勃発してもおかしくない現状の国に、違う国の人間が混じりこんでいると知ったら、命を狙われてもおかしくない。

 だからと言って、違う世界から来ましたと言ったところで隣にいるブレンのように、皆が皆すぐに信じてそれ以上追及して人ばかりではない。


「私はこれでもこの国の魔法士です。あなたの使う魔法がこの国由来のものではないことは見れば分かります」


 ブレンはいったん諦め口説きの対象をカエデに変えた。


「国同士の国交は断絶していて他国で学ぶことはできない。唯一の交流はこの近辺の国がなけなしの理性の元で作った唯一の武装放棄地区での貿易のみ」


「す、すごいです! 賢者さんは何でも分かるんですね!」


 小さく拍手しながら、孫が祖父を称えるかのように返事するカエデは先程までの重苦しい雰囲気はどこかに過ぎ去った。ブレンは、面白くなさそうな顔をしているものの、カエデの内心を察すると横から割り込むようなことはできないのだろう。自身とカエデが行動を共にすることが釣り合っていないことを一番理解しているからだ。

 この箱がどのくらいのスピードで走っているか分からないが、実際の時間よりの時が経っていない。


「こんな限られた環境での異質な存在が居れば、馬鹿でもできる簡単な推理ですよ」


 賢者の謙遜の言葉を聞き、なにかを思いあたる節があるかのような顔をするカエデであった。ブレンと店主意外とはまともな話をしてこなかったカエデであるが、町の人や異物と日々戦っている人たちも、実はカエデの正体に気が付いていたのかもしれない。

 そんなことを考えたカエデであったが、それは全くの取り越し苦労である。

 そのためにブレンが上手く立ち回っていたのもあるが、一般的な人間からしたら魔法と言うものは誰もが使えるものではない。特に町にいて異物を相手にしている程度の魔法士は自身が簡易な物しか使えないことも十分に理解している。そのため、初めから少女が使っているものに「高等」なものであることは分かっていたが、それの本質が何かまでは分かっていなかったであろう。

 むしろ、ここにいるジオードよりもカエデの方が城内魔法士であることを疑われていたのではないだろうか。


「ですが、その存在を認めたくないものもいます」


「それは、つまりどういうことですか?」


「あなたをスパイだと言っていた彼の言うことはあながち間違いではないということです」


 突如恐ろしいことを言い出した賢者だが、ここまで説明すればカエデもそれが何を指しているかを理解するには十分であった。


「だから、この国のために働いてほしいのです。今であるならば私の秘蔵っ子として向かい入れます」


 そして、一呼吸入れたのちにそう口にするのであった。

 初めから、この2人に対立の意志はなく有望な若者二人を国の戦力として向かい入れたとい話であった。しかし、そんな簡単な話をするのにここまで時間がかかっていしまったのは、国がしようとしている裏をブレンは察していたからである。


「それは……つまり。」


「嬢ちゃん。こいつらは嬢ちゃんにこの国のために他国の人間を殺せと言っているんだ」


「……ですよね」


 先ほどの戦闘で、もしかしたらあるかもしれないが出来るきることならば全力で避けたいその行為の直前まで行った。彼に悪意しか見られず大切な仲間を守るためには仕方がないと心に決めてはいた。しかし、実際にそれができたかは分からない。だから、途中の予期せぬ割り込みには驚きよりも安堵が勝っていたカエデであった。


「こんな子どもを本当の戦場に駆り出すほどこのこの国は緊迫しているのか?」


「そんな言い方しないでください。身分制度が崩壊したに等しいこの状況だからできることです」


 城にいるほとんどの人間は、貴族や王族などの身分が高い人物であることはブレンが言っていた通りのようだ。

 賢者が発した言葉の意味は、国全体が生き残るために四の五の言っていられないということだろう。そうでなければ外部から、しかも身分低いものとともに命を預け合いながら戦うことなど不可能だ。


「身分制度が崩壊した? それ本気で言っているのか?」


 しかし、それにいの一番に反応したのは冷遇され続けてきた側の人間であった。

 上のものが分け隔てなくと口で言ったとしても、それが実際に行動と態度で示されることがなければ、それは無いのと同じである。


「そうでなければ、ブレン。あなたはとっくに殺されていますよ。あなた誰の前で話していると思っているのですか? 寛大な心をお持ちの賢者様だからその無礼が許されているのですよ?」


「そんな常識知らずの人間でも必要だなんて、この国も情けないものだな」


 一瞬怒りを見せたブレンであったがジオードの言うことに一理あると思い、その感情を収めた。だからといって、なにも言わずに引き下がるような人物ではなく嫌味を言いながら、激しく揺れる箱内で腰を掛けている板に背もたれに寄っかかるように浅く座り直した。


「ブレンさんの剣術とカエデさんの魔法には目を見張るものがある。それを我が国で存分に振るっていただきたい」


「そう言われると悪い気はしないな」















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