第19話 決意
二人は騒動の後そのまま宿に向かった。異物を倒したコアは、すぐさま換金に行かなくても無くなりはしないし。それをするだけの余裕のある人間がいないから、皆その日暮らしのために毎日通っているだけのことである。
疲れ切っているブレンを半ばカエデが支えるように部屋まで行くと、そのままベットに倒れ込む
カエデはそのまま、マントを脱ぎ荷物を置いて部屋を後にする。
「すまなかったな」
少しした後にカエデが部屋に戻ってくると、ベットに倒れ込んでいたブレンが腰をかけて待っていた。
「全然大丈夫ですよ! ここは軽食なら売ってますし、水もすぐに手にはいりましたから!」
カエデが両端にあるベットのちょうど真ん中にある小さな机の上に、2人分のパンと水を置く。
普段より低い声はブレンの疲れの度合いを示す。一方でいつもと変わりないどころか、普段以上に元気でかん高い声でカエデが応える。
「そのことじゃない、さっきのことだ」
「いえいえ、ブレンさんが誤ることじゃないですよ!」
ブレンの方を見ると、ベットに座ったまま両手を膝につけ頭を下げているのが目に入った。それは心の底からの謝罪に見えた。
「お前が俺を守ろうとしてくれなかったら、あのままあいつらの思い通りになっちまってたかもしれない」
「あんな人たちに負けるブレンさんじゃないですよ」
ブレン強さは何度も目の当たりにしてきたカエデにとっては、それは嘘でのお世辞でもないまぎれもない真実であった。
それに、あの男が強そうには正直思えなかったのだ。
「嬢ちゃんには黙っていたんだけどな。俺は嬢ちゃんが噂になっているの知ってたんだ」
「え!? そうなんですか?」
初めて聞く事実に驚くカエデは、やはり自分では一切何もわかってはいなかったようだ。
「ギルドにいるときちょっと耳にしてな。だから、ちょっと休息を入れたりと休んでいたんだ。あまり目立ちすぎないように」
それまで考えなしで動いていたブレンだが、今思えばそれは必然のことだった。見た目も幼くへんてこな格好をしている少女を連れて歩いた初日に気がつくべきであった。
自分のような逸れ物に一日に数体もの異物を倒す力はない。そうなれば必然的にカエデ注目が集まるのは当然であっった。
「私なんか、全然大したことないですよ」
未だに正しく自身の実力が判断できていないカエデだが、これは紛れもない本音である。
カエデにとって異物は絶対に倒さなければいけない対象であり、負けることなど許されない状況下にずっといた。
毎日の日銭を稼ぐためでなく、現れたら現れたらだけ倒すのがカエデの使命であった。
「嬢ちゃん。それは謙遜だ。嬢ちゃんはすごい魔法士だ」
今まで組んできたどの魔法師よりも、どのパーティーメンバーよりも彼女は優秀だ。
援護能力に長け、決めきれるだけの一撃も持っている。さらには、魔法士の誰しもができるものではない、浮遊すらも自在に使いこなす。
ここまでできる少女をただの少女と言えるはずがない。
それはまさしく祝福の少女である。
「それは、どんな内容なんですか?」
「あのバカが言ってたこととがほぼ全部だ。突如現れた超強い魔法士がいるってな。しかも、それを連れているのが、蛮族で有名な俺だから余計に噂に色がついちまったんだ」
陰口は嬉しくないが、自分の知らないところで褒めらていたと勘違いした少女は多少なりの喜びを感じていた。
「ただ、よくあの時剣をかざせたな、本来俺が守らなくちゃいけないはずなのに」
そして、ブレンが何よりも伝えたかったのがこのことであった。あの時は驚きの方が勝っていただろう。異物の前以外では頼りない幼い少女がまさか、人間相手に牙をむくことができるとは思っていなかった。
「ああすれば帰ってくれるかなって思って」
すると、少女から予想だにしない言葉が飛び出してきた。
「なんだ!? あれ脅しだったのか!?」
目の前の幼い少女が時々年齢に見合わない度胸を持っているように感じてはいた。
少女の口から出る、こことは違う世界から来たという言葉をずっと半信半疑だった。それはブレンにとってはどうでもいいことだったからだ。しかし、それも嘘ではないのだろうと思えてきた。
「はい。本当に来たらどうしようかと思いました」
「嬢ちゃん、お前やっぱ面白いやつだな! よくあの時とっさにそんなことできたなんて」
「ブレンさんが言ってたんじゃないですか。覚悟はしておいた方がいいって」
ブレン自身も言っても分からないだろうなと思っていた反面、きちんと人の話を聞いて、それを実践できる人間はごくわずかだ。
「そういえば、そんなこと言ったっけかな? それでもすげーよ、言ってもなかなかできることじゃねーから」
ブレンはすっかり元気になり、カエデが持ってきた机の上おかれたパンを手に取って噛り付く。それを見たカエデも、ブレンと反対側のベットに腰かけコップに入った水を一口飲む。
「また、あの人たち来ますかね?」
やっと一息ついたところであるが、悩みの種が消えたわけではない。
「ああ、来るだろうな。あいつも言ってたし」
ブレンが指すあいつというのは最後に話しかけてきた人のことだろう。
「あのフードを被ってた人はなんか周りの人とは違う感じがありましたけど」
「あいつは俺と入れ替わりできたやつだ」
ブレンは相当腹を空かせていたのか、一つ食べ終えたと思ったら余分に買ってきてあったもう一つに手を付ける。
「じゃあ! ブレンさんが追い出された理由の張本人ってことですか!」
「そうだな。だけど別にあいつはあんまり関係ない」
自信を追い詰めた原因の人の割には、どうでもよさそうな反応だ。空腹が収まり怒りも収まり始めているのだろうか。もしそうであるならばどこまでも単純である。
「え? そうなんですか?」
これには、カエデも驚きを隠せない。もしカエデであったら、いじっめこグループの一人というだけで顔も見たくない。それにも関わらずブレンは平気そうな顔をしている。
「正確に言うとな。俺らが異物の集団に追い詰められた時にあいつらは自分たちが助かるために俺を囮に逃げた。俺はそこから命からがら生きて帰ってきたら、俺がすでに死んだと思ってすでに新しいやつを仲間にいれてたんだ」
「そ………そんなぁ」
この世界だからありうる話なのだろうが、それでもカエデには納得のいくものではなかった。一歩間違えれば死ぬどころか、よく生きて帰ってきたものだ。そんな経験をした後でも、一人きりで異物と戦っていたブレンの心の強さを見たような気がした。
改めて、今ブレンの力になれていることを嬉しく思う。
「ま、俺はちょうどよかったんだ。あの気持ち悪い男とは馬が合わなかったし、他の奴らも甘い汁に群がる虫みたいなもんだったからな」
「甘い汁?」
カエデも自分の分までブレンに食べられないようにと確保したパンを右手でちぎって口に運ぶ。その味気ないパンにちょうど蜂蜜が欲しいと思っていたところであった。
「あいつの親は元、城内兵だったんだ。先の大戦で失態を犯して城内追放されたけど、その繋がりはあるから、自分たちも城に入れるかもっていう甘い考えの汁だ」
「そんな理由があったんですね」
つまり職と地位を斡旋してほしく、近づいてきた間柄だったようだ。世界が変わってもどこにでもこういった話はあるようだ。
「まあ、でもこれで一切気にすることはなさそうだな!」
ブレンは急に立ち上がり、腰に手を当て仁王立ちしながらカエデを見下ろした。その目つきは、なにか悪いたくらみがありますと、そういっていた。
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