第18話 祝福の少女
「え?」
目の前の男は明らかに自分に指して言っているが、それが何を意味しているかをカエデは理解できずにいる。
「なんですか? 多分勘違いだとおもいますよ」
しかしながら、相手の視線はまっすぐカエデをとらえて離さなかった。それに気が付くカエデも、すぐに否定をする。
「ああー!」
ブレンが苛立ちを抑えきれず力強く頭を掻きむしる。それに少し驚き反応するカエデだが、それよりも前方にいる嫌な笑みを浮かべる男の方に敵意を向ける。後ろにいるパーティーメンバーも一人を除いては、同じような顔をしていた。
カエデにとってブレンは恩人である。そのブレンが今目の前のパーティーのせいで苦しんでいるのならば、それはカエデにとっても許しがたいものである。
「いやいや、そんなことは無いよ。確かに君が祝福の少女だ」
少しづつ距離を縮めてくる男の視界にはすでにブレンは入っていない。この短い間だけでも、この男がどれほどの自己中で身勝手な人間かが透けてみる。
そんな男と共にしている仲間も、なにか理由があるのか。そうでないのならば、その人物達も話をせずともたかが知れている存在だと分かる。
「最近噂になっていたんだよ。薄汚い野犬とともに行動している、少女がいるとね」
カエデにはそのことが何のことかさっぱり理解できていないが、どうやらブレンには見当があるらしい。
ブレンがそれを知ったのもつい最近のことであった。それを知ったとき、少しばかり目立つ立ち回りをしていたことに、失敗したと素直にそう思っていた。
「しかも、その少女は見慣れない魔法を使い、さらにはめっぽう強いと。だから、様子を見に来たんだよ。噂が本当かってね」
男の口は止まらずずっと一方的に話続け、ついにブレンの目の前まだやって来た。
「お前偶然じゃなくて待ち伏せしてたんじゃねーかよ!」
力強い言葉とともに、目の前までやってきた男と距離を取るように突き飛ばす。
「おいおい、急になにをするんだ。あいかわらず考えなしに行動する野蛮な女だな」
数歩後ろに下がり、おもむろにブレンの手が当たった所を、汚れを払うかのようには叩く。
言動一つ一つに嫌味ったらしさを感じる男である。
「あなた、私たちと一緒に来なさい。こんな女と一緒にいてはあなたの身が危ないわよ」
後ろの方にいる女性の魔法士が声をかけてくる。カエデがこの世界に来て初めてあった人物がこの人たちであったのならば、なんの迷いもなく着いていっただろう。
しかしながら、今は状況が違う。ブレンの過去をカエデは詳しくは知らない。だが、今日という日までカエデの面倒を見てくれたのは紛れもなくブレンである。そんなブレンを責め立て苦しめるような人間の言うことを聞けるほど、カエデも弱い人間ではなかった。
「そんなことないです!」
大きな声でけん制する。戦闘中以外は全くもって覇気のないカエデでだが、今は目の前の人間を敵対視している。異物以外にこんな感情を向けるのは初めてのことだろう。
「最近妙に稼ぎがいいと思ったら、こんな幼い少女を利用してたんなてブレン。君は本当に最悪な女だ」
その様子を見てもカエデに悪態をつくのではなく、あくまでもブレンを責めたてる。カエデに直接何かすることによる関係の悪化を防ごうとする程度の考えはあるようだ。
「いえ、私は私の意思でブレンさんと一緒にいるんです!」
ブレンの後ろに隠れていたカエデだが、一方的に悪口を言われているのに黙っていられず、横に並び立つ。
ブレンもそれを見てか、下がっていた顔が徐々に上がりはじめる。
「ブレン。祝福の少女になにを吹き込んだ? 幼い子を自分の都合のいいように働かせるなんて本当に、お前はクズだな」
「止めてください!」
男の言葉を遮るように、カエデが声を上げる。それと同時にカエデが、町のすぐそばまで着いたので解いていた魔装を装備した。
「!?」
目の前の男が、明確なカエデの敵対行動に驚き数歩後ろに下がる。
それを見たブレンも同じく剣を抜く。
「おいおい、待てよ! そんな早まるなって!」
男もすかさず剣を抜き、いざという時に備えようとする。後ろにいるパーティーメンバーもそれぞれ戦闘準備を整える。
「?」
しかしながら、そのうちの一人である深くフードを被った男だけが、その一連の流れを見ても微動だにしない。マントが後ろに持ち上がっているのを見ると、恐らく剣士の類であろう。
「ブレンお前にどうかしてるぜ!」
「そうよ! あなたが居なくなってくれて本当によかったわ! あなたも落ち着いて………ね」
初めに敵対意志を出したのはカエデであった。それにも関わらず、目の前の男女の目にはブレンしか映っていない。
さらに、突然のことで動揺しているのかカエデの魔装を装備するところの違和感にも気が付いていないようだ。この世界の魔法士においても、自身の意志で自由に着脱可能な装備を持っている人はいないだろう。
「お前らが、先に売ってきたケンカだぜ! それに今更この国で人が一人や二人死のうが関係ないだろ? やんのか?」
「クッソ!」
手を伸ばせばぶつかるくらいの間合いにいたにも関わらず、じりじりと距離を取り剣を一振りしてもと届かないところまで離れている。
カエデもいつ、戦闘が始まってもいいように、浮遊する準備は整えてある。
しかしながら、相手の方は一向に攻めてくる様子はない。初めから脅しだったのか、それとも他に何か理由があるのか。ブレンの気性の荒さを知っていれば、こうなる予想はついただろう。むしろよく我慢している方である。
「行くぞ!」
目の前の男がそう言って走り去るのをみて、他のパーティーメンバーも同様についていった。
しかし、そのうちの一人であるフードを深くかぶった男だけが、こちらを見たまま動かないでいる。カエデは、その男を警戒して握る杖に力がこもる。一方でブレンの方はすっかり気を抜いたようで、剣を収めている。
「お前、あんな奴らと上手くやれてんのか?」
ブレンはその人物のことを知っているようで声をかける。
「また会う時が来るでしょう」
そういって、その男もメンバーを追うように去っていった。
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