第20話 遠慮はいらない
「よし! 行くぞ嬢ちゃん!」
「はい!」
そういって、朝早くにカエデとブレンはギルドに入っていく。町を出て異物を倒す前にここに来るのは初めてのことであった。それは、昨日交換し忘れたコアを換金してもらうためでもあったが、本当の理由はそれだけじゃなかった。
普段並ぶ換金用の列にはまだ誰もおらず、二人はその奥の少し人が込み合っている場所を目指す。そこは町の中であるにも関わらず、殺気で溢れかえっていた。
「おい! ここだここを読んでくれ!」
何人もの大人達が、掲示板の前に群がり張られた紙を指さしそんな叫び声を上げる。その姿はまさに必死であった。そして、そこの前には同じく3人くらいの人が経っていて、指さされた場所に貼ってある文字を声に出して読んでいる。
ブレンに教えてもらっていたから知っていたが、もし初めてこの異様な光景を目の当たりにしていたら、頭の中にいくつもの?が浮かんでいただろう。
「ちょっとどけ」
そんな中当たり前のようにかき分けてブレンが進んでいく。飲まれないように、そのすぐ後ろを付いてカエデも少し速足でついていく。
「嬢ちゃん、紙の番号言わなくていい。なんかよさそうなのはあるか?」
まわりを一切気にせずに、ブレンが言ったセリフを周りの誰もが聞き逃してはいなかった。すると、絶叫のような怒号が聞こえてくる。
もし、これがブレン意外の人間であったのならば、もみくちゃにされていたのではないかと思うが、みなブレンを怖がって一定の距離以上は近づいては来なかった。
そう、ここにいる人たちは、今日入った依頼を読んでもらうために集まった人たちだったのだ。
高額な依頼や比較的命の危険が少ない依頼をこなそうとする文字読めない人間が、それを専門にして稼いでいる詠み人と呼ばれる人に、通貨を対価に文字を読んでもらっているのだ。
カエデのいた日本ではとても考えられない職業である。
それは、依頼用紙一枚でいくらか決まっており、指定されたものだけを読みその依頼が気にいらなかったらもう一度通貨を払い読んでもらう。依頼には全て番号が記されており、ギルドの常に一番空いている依頼受付口にいき番号を伝えることで受付が完了する。そこまでしなければ、依頼を受けることはできない。
「えーと」
カエデはその大きな掲示板を見るために、首を90度上にあげ背伸びをしながら隅々まで見渡す。あらかじめ、ブレンに要望を伝えられていたため、それに沿ったやつを探し出そうとする。
その様子をずる賢いならず者達と数人の詠み人が邪険そうな目で見守る。
「おっけぃです!」
「よし来い!」
カエデは大きくうなずきながら、力いっぱいその場でターンして右手でOKマークを作る。ブレンも親指を立ててカウンターの方を指す。
「ご依頼はなんでしょう?」
受付まで行くと、姿勢正し座る女性が事務的な声でそう尋ねてくる。カエデは3つほど選んだ依頼内容と番号をその女性に丁寧に伝えた。
すると、女性はなにも言わずに立ち上がり奥のデスクの方へと向かっていく。
「ちんたらしてんなよ」
その様子を見てブレンが舌打ちをしながら、大きな声でせかすようにそういった。
女性が持ってきたのは契約書であった。
「見たところお2人しかいないようですが、3つ同時で大丈夫ですか?」
「うるせぇ早くしろ」
心配してくれたのか、それとも嫌みなのか受付の女性がカエデに向かって最終確認のように尋ねてきたのに対して、即答でブレンが横暴な態度で黙らせる。見ていてあまり気持ちのいいものではないため、もともと小さなカエデが肩身の狭さを感じさらに小さくなる。心の中では何度も「ごめんなさい。ごめんなさい」と連呼しながら頭を下げているカエデであった。
女性はそれを聞いても、顔の表情一つ変えずに冷淡な眼差しをブレンに向ける。
「それでは、時刻までに依頼主のサインをもらい再びここに持ってきてください」
デスク越しに手渡される紙切れを、ブレンは勢いよくもぎ取る。相手側の紙を持つ手に少しでも力が入っていたのならば、それは勢いよく破れていただろう。
「よっしゃ!」
ブレンは勢いよく走り去り、またもや置いて行かれまいとカエデも走り出す。室内で走ってはいけないと学校で必ずい合われることであるが、そんなこと今のカエデには関係のないことである。
外に出ると、受け取った3枚の紙を文字の読めないブレンが見比べている。
「嬢ちゃん、なんも分かんねーや。まずどれから行く?」
「そうですねぇ」
背の高いブレンが持っていると、カエデはその紙をのぞき込めないことが分かると、手に持っている紙を少女に渡して歩き始めた。
「それにしても、あそこにいる連中の顔見たか? とんでもない目して嬢ちゃんのこと見てたぞ」
豪快に笑い声を飛ばしながら、大股で歩くブレンによそ見をしながら早歩きで付いていく。周りの雰囲気の重苦しさと視線を感じていたカエデは、それを直視することを恐れて掲示板以外には一切目もくれずに視線は下をむいていた。
「そうだったんですか? 全然気が付かなかったです」
依頼内容は確認していたが、達成までの日付と場所までは確認していなかったカエデが、その紙に書いてある要綱を再び確認する。
「ああ、あいつらもきっと嬢ちゃんのことは知っているんだろうな。めちゃくちゃ強い魔法使いなのに、文字まで読めるってなれば、みんな城のお抱え魔法士と勘違いしてんじゃねーかな?」
するとブレンは急に立ち止まり、後ろを振り向く。止まるとは思っていなかったカエデが、体を預けるかのようにブレンに衝突した。防具などを身に付けていないため、彼女の女性らしさを感じる。それはカエデにはまだないものであった。
「本当にそうじゃねーよな?」
口から出てきた言葉は自身が今まで一度も考えたことのないものであったようで、その可能性に「いや、まさかな」と自問自答している。
「違いますよ?」
数歩後ろに下がり、ぶつかったその感触を確かめるように鼻を触りながら否定する。考え事をするブレンの顔は、粗暴さが隠れておりとても綺麗なものであった。
「そういえば、初めて会った時も急に現れたしな。この国の最高位にいる魔法士は転送魔法が使えるって聞いたことがあるけどまさか……」
「違いますよ!!!???」
カエデの否定も耳に入らず、あるはずのない事実の裏付けを始めるブレンに、もう一度全力で否定をするカエデは、自身の顔の前で指先までまっすぐ伸ばした手を小刻みに振る。
「そりゃそうだよな! 嬢ちゃんみたいにマヌケじゃないだろうし、そもそもおっさんだって聞いたしな」
そんな様子を真顔で見ていたブレンが何かを納得したように、いつもの姿に戻った。再び、歩き始めるがどこに向かっているかは本人にも分からない。
「う~、なんかヒドイ……」
「ほら、ちんたらしてると置いていくぞ!」
わざとらしく大股で歩き始めてカエデを急かす。
「ちょっと、私がいなくて場所分かるんですかぁ?」
反抗意を示すカエデは、それに追いつくために小走りになる。そんなやり取りをする性格は真逆の二人は歳の離れた姉妹のようであった。
「嬢ちゃんだって、俺が居なくて場所分かるのかよ?」
「お互い様ですね」
「だな」
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