第16話 余暇
「ああーあ、本当だったら嬢ちゃんに、文字を読んでもらえば楽に稼げるのにな~」
2人の日常は変わらず、日々異物を倒すだけ。そのはずであったが、日銭以上のものを稼げるようになったブレンはその余剰を活かして休養を入れることにした。
ずっと戦い続けてきたブレンの体は悲鳴を上げ続けていた。それでも、それを続けるほかなかったし、なにより余裕が出てきてそのことをより体が理解し始めたのだった。
「なんでそうしないんですか?」
今でも、自分がなんの役にも立っていないと思っているカエデが、少しでも役に立てるように打診をしたものの断られていたのだ。
「そんなことしたら、みんなにバレちまうだろ」
「………あ」
初めに言われたことを思い出し、ようやくその深い意味が理解できた。ギルドに来ている人たちの熱気をみると、生きていくためにどれほど必死かはカエデにも分かることだった。そんななかで、多くに人に備わっていない物を見せびらかすように、振りまいていたらどうなるかは、なんとなく想像はつく。
ブレンも、この都合がよく優秀な少女を隠し持っていたいと思う一方で、ギルドの辺りで妙な噂が立っていることを気にかけ、少しの間影を潜ませようとしていたのだ。
「嬢ちゃんの危機感の無さは生まれつきか? 本当によくここまで生きてこられたな」
宿舎のベットの上で仰向けで寝転びながらブレンとその隣のベットに腰を腰をかけるカエデ。それはカエデからすればあまり寝心地のいいものではないが、ブレンからすれば、必要以上に堪能したいものであった。
「私が生まれ育った場所は、ここみたいに命の危険と隣り合わせでなく、平和なところだったんです」
カエデのような少女でも、寝る場所も食べるものに困ることもなかった。表面的に見える生きるための絶望も、そうそう転がっているものではなかった。
「へぇー、そっかそんな場所もあるんだな。でも、俺はこのくらいの方が生きている感じがしていいな」
この世界に生きてきたという自身がブレンにそう思わせているのか、それともこの屈強な女性はどこにいようとも、力強く生きていけるのだろうか。それは今のカエデにもブレン本人にも分からないことであった。
「私とは真逆ですね」
「誰がみてもそう思うよ」
おそらく、二人が同じ教室にいても交わることは無かっただろう。それほどまでに真逆の二人である。
剣を振るしか能のない乱暴者の剣士、強力な魔法を使うがどこか抜けていて世間知らずの少女。しかしながら、戦闘を行うにおいてこれ以上に抜群の相性をもつパーティーもそうはいないであろう。
ブレンも自身がパーティーを追い出されたときは、自身の人生を呪ったに違いないが、それが幸運への一歩であったとは思いもしなかっただろう。
「嬢ちゃんは鍛錬とかしないのか?」
こんな暇な一日に早くも退屈し始めてきたブレンが、剣をふるいたくなってうずうずしてはじめる。
「そうですね」
力を授かってからこれまで、一度たりとも異物以外に魔法を向けたことは無い。それは、取り扱い説明書を忠実に守る子供のようであった。
「へぇー、天才魔法士様は気楽でいいですねー」
「そもそも、私がいた世界じゃ、魔法なんて簡単に使えなかったですから」
おとぎ話の中でしか存在しない代物を、そうも簡単に使えるはずがない。それに、その力を使うことで困難に陥ったのは、たった一回しかない。そのせいでというべきか、この世界に来た。
「なんだ? 制限持ちか?」
「制限持ち?」
再び聞きなれな言葉がブレンから出てきた。
「この国のトップの魔法士達も、反乱をさせないために国王が魔法の使用に制限をかけているらしいぜ。それに、強力な魔法士が好き勝手使いまくったら、国のマナを使い切っちまえるらしいからな」
生きるために自由な世界だと思っていたこの世界も、そんな不自由を強いられている人がいるらしい。カエデの世界でも見えない鎖で縛られている人は数多くいるだろう。
しかし、自身の身体的能力を拘束されるということをカエデは想像すらもできない。
「そうなるとどうなるんですか?」
「ん? お隣さんみたいに草も木も生えない、戦争を商売にするしか生きていく選択肢がない国になる」
「な、なるほど」
それは、異物を相手にするよりも恐ろしいことだと先日のブレンの発言から理解できている。
「だから、そういった意味もあって制限されているらしい」
制限だなんて言うから、どれほど理不尽なことかと思ったカエデだが話を聞けば、それは合理的な方法であった。
しかしながら、つい10年前まで戦争をしていて、隣国は未だに争っている。そんな状態でいささか呑気なことをしているようにも感じられる。
「お隣さんは、今度は南の方にある島国に戦争しかけているらしいからな」
(って言うことは大きい船があるってことだよね? まさか海を渡ったら日本があるなんて………。そんなわけ無いか)
カエデの知っている世界とはかけ離れた場所で、いつまで安全に生きていけるのか、いつになったら帰ることが出来るのか。
何もしていないと、そんな不安が襲ってくる。
「そのマナが減ったっていうのはなんで分かるんですか?」
カエデは隣の国の様子は遠目からでしか見たことが無い。国境付近に近づいたことがないし、その間には綺麗で大きな川がある。カエデは、まだマナ不足の土地を見たことが無い。
「いや、少なくとも俺には分からないね。まあ、変に一か所だけハゲてる場所とか見るとそうなのかなって思うくらい」
どうやら、魔力を持っていない人間からすると予想くらいでしか分からないようだ。
「なるほど」
「嬢ちゃんの魔法は少し勝手が違うみたいだからな」
「私もよく分からないですけど、そうみたいですね」
マナを使わない魔法がこの世界において、どれほどの価値があることかのピンと来ていないカエデとブレンであった。
それは文字が読めること以上に世を驚かせる内容であるが、幼い少女のカエデにとっては知らない方が良いことかもしれない。
ただでさへ、大きな使命を背負っている少女にこれ以上の重荷は破滅に向かう道を下り坂で降りるようなものだ。
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