第15話 覚悟の決め方
「あっちにあるのはなんですか?」
ブレンとギルドに来たカエデは妙に閑散としている場所を指さして言う。この世界での生活も数日が経ち、なんとなく馴染んできたころ合いである。しかし、それでも元の世界に帰る手段は一向に見当たらない。焦りを覚えるわけではいが、急に漠然とした不安感に襲われることがあるが、ブレンとの生活は思いのほかカエデにそれを思い出させなかった。
「あれは、掲示板だ。討伐以外にも色々な任務があるんだよ」
「任務ですか?」
いつも、ここに来るたびに人の列の偏りが気になっていたカエデだった。あれから毎日異物を倒しては、通貨に換えてもらって店主の店で食事をするひたすらその繰り返しであった。一つ変わった所と言えば、寝床がボロボロの掘っ立て小屋ではなく、きちんと雨風しのげる屋根と壁のある部屋の中で、簡易的であるベットで寝れるようになったことくらいだろう。
「荷物を運ぶためのルートに遺物がいるから倒してほしい。護衛してほしいとか色々な」
カエデがしる、ゲームの中の依頼がこの世界でもあるようだ。
「でも、ほとんどあそこに人いないですよね。皆列に並んでいるのは何でですか?」
ここのシステムが分かってきたカエデは、依頼を受ける列と、報告する列があることは知っている。だとするならば、依頼を受ける列に人だかりができることはおかしい。ここは全ての物事において早い者勝ちである。そのため、わざわざ、依頼を受けるのに窓口に行く理由は何なのだろうか。
「だってほとんどの人間が文字読めないからな」
「え? そうなんですか」
カエデが横に立つブレンを見上げるように、その衝撃的な言葉に反応する。カエデが住む日本では、文字が読めることは当たり前のことだった。
「嬢ちゃんこっちに来い!」
ブレンがその言葉を言い切る前に、カエデはチカラいっぱい腕を引っ張られ引きずられるようにギルドの外に連れていかれる。一目が付かない場所を予め知っていたかのように、周りに誰もいない二人きりの場所に連れていかれた。
ブレンの突発的な行動は出会ってからなんでも体験いていることではあるが、なかなか慣れるものではない。
「絶対に他でそんなこと言うんじゃねーぞ」
そのまま勢いよく何かの建物の壁に押し付けられる。言動は乱暴なものの直接手をかけられたのは初めてである。
「ここじゃ、文字が読めるやつそれだけで注目の的だ。なんたって手数料を払わなくていいし、文字を読める奴に依頼しなくてもいいんだから」
報酬が高い、安全などの特別な何かがある依頼は違う工程を踏まないといけないようだ。しかも、それは自分たちの報酬を犠牲にしなければいけない。それをよしとするかどうかは、パーティー次第ではあるものの必要とされている人材には違いがない。
「嬢ちゃんいよいよ、お前のことが分からなくなってきたぜ。いったいなんだって、いろんな道があったのにも関わらず、こんなことしてるんだ」
興奮が少し収まり、右手で額を押さえるようにしてブレンが言う。改めて少し距離をとるが、目の前の全容の見えない小さな少女の姿が日に日に大きくなっている。一つ許容するとまた一つ許容しなければいけないことが増えてくる。
「私は異物を倒さないといけない使命をもらったんです。それは、私が私であるために必要なことだったんです」
それにも関わらず、少女の口から出てくるのは毎回同じ言葉なのだから抱える頭はいくつあっても足りない。
「そうか、深く聞きたいところが、話したくないことの一つや二つあって当然だよな」
もう、理解が追い付かなくとも受け流す方向にシフトした。
「一応聞く。嬢ちゃんくらいの実力があれば城勤めも可能だし、なんならもっと安全な戦わなくていい生き方もできる。それこあそこにふんぞり返って偉そうにしているやつらの隣に座ることだってな」
少女の戦闘能力を認めているからこそ、その多彩な才能に驚きを隠せない。しかし、少女からすれば魔装以外は日々の日常で手に入れたものだ。
この世界の文字が少女には日本語に見えることも、その理由は少女には分からない。
「それでもこの道でいいのか」
「はい!」
それでも、カエデは願いの力で戦い続けることを望むのであった。
それに、今までのように一人で戦っているのとは違い、今は隣にブレンがいる。ずっと孤独だった少女からすればそれは戦う理由が増えたことと同じである。
「分かった。それだとしても俺には分からねーな。そんな生き方」
「もしブレンさんだったら違いますか」
自身の確信を持った考えをこうも否定されてしまうと、自信が持てなくなってきているようだ。
「いや、俺はこの異界の獣を倒している感覚が好きなんだよ。生きてるっていうな。安全が確証された場所でのほほんと過ごすのは俺には向いていない」
「同じじゃないですか!」
深刻な話から一転、やはりブレンはブレンだったようで、一目を気にせずカエデも大きな声で反応する。
「そうだな」
ブレンも自分の変わらない馬鹿さ加減を実感して笑顔がこぼれる。よく似た二人が巡り合った結果のシナジーである。
「それに、いつまた戦争になってもおかしくない。俺は幸か不幸かまだ人を殺したことは無い。戦争になれば嫌でも生きるために、多くの人間を殺さなければならない」
和んだ雰囲気はブレンの発言で再び、乾いたものへと変わる。
「嬢ちゃん人を殺すってどういう感覚か分かるか」
「いえ」
その質問はカエデにとってはあまりにも重すぎるものであった。あくまでも異物を倒すために与えられた能力であるが、ブレン達のようにこの世界で生きる人たちは生きるための延長線上の力である。
「そうならないで欲しいと思う反面、そうならなければ俺の生活は一生このままだ。この生活じゃ武勲を立てることもできないしな」
幼いカエデには理解できない話であるが、環境を変えるために戦争を選択することは歴史上多くとられている行動である。それは、一国家のみならず個人の人生すらも変えうることだ。
「私の力は人を傷つけるものじゃないです」
「それも、嬢ちゃんの考えなら大事にしな。でも、ここにいて、この生活をするのならば、いつかはその魔法を誰かに向けるときは来るぞ」
ブレンの話の節々でそんなことを漂わせる発言は何度もあった。しかし、それがなにを意味することをカエデは今まで気が付いてはいなかった。
「そんなことあるんですか」
質問ではなく、あってほしくないという願望が込めるカエデは大きすぎる事実に震える体を右腕で抱え込む。
「さっき人を殺したことは無いと言ったが、人を切ったことはある。襲われてな。だから、自分が死にたくないのであれば、いつか来るかもしれないその時のために殺す覚悟はしておいた方がいいぞ」
「………」
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