ライオンファミリー003話「差別発言とテロリスト」
【〇〇三 差別発言とテロリスト】
僕と彩里花は警部の運転する車で病院へと向かった。
助手席には彩里花が乗っている。警部は相変わらず、火の付いていないタバコをくわえたまま。
「おまえたち、一緒に寝泊まりしているんだろう?」
彩里花が答える。
「うん。まあね」
「不健全だねぇ」
「青少年何とか法も適応外ですからね、僕たちは」
「そうそう。これが普通」
「普通というか、そういう条約だから仕方がないのか。しかしわたしにはいまいちわからないよ。おまえたちとそこいらにいる悪がきどもと、どう違うのかなんてね」
ジョークで差別発言をしている警部はそんなことを言った。
「わたしたちの立場から見たら犯罪者と被害者。それ以外、なんて大雑把な分け方もできるが、人なんてもっと大雑把な分け方でいいだろうにね」
彩里花が聞く。
「例えばどんな?」
「好きなやつと嫌いなやつ、とかね」
「それくらい簡単ならいいんですけどね」
「それくらい簡単がいいだろう? わたしなんかはそんな括りにしているよ。仕事以外ではね」
「じゃあ警部、あたしはどっち?」
「おまえは……ふふ、どうでも良い、だな」
「好きと嫌いじゃないじゃん!」
「あっははは、おまえのそういう単純なところ、嫌いじゃないぞ」
「嫌いじゃないも、好きと嫌いじゃないじゃん!」
「はっはははは、いいぞ築島、おまえは本当におもしろいな。その単純さが」
「警部、もしかしてあたしのこと馬鹿にしてる?」
「まさか。これでもおまえのことはそれなりに尊敬しているつもりだぞ。でなければ自分の車になど乗せるものか。同僚の飼い犬だって乗車拒否したんだぞ。おっと、これも差別発言だな」
今夜の警部は機嫌が良いらしい。
「もう、本当に警察? 差別発言出過ぎ」
「それは許せ。おまえたちのいる所じゃないと言えないんだ。いない所で言っていたら本当の差別発言だからな」
「あたしも警部のそういうところ、嫌いじゃないよ」
「ほほう、それは光栄だね。許されることなら、おまえたちはわたしの部下にしたいものだよ」
だけど――。
「それは――」
「あぁもちろんだ。職権濫用しようとも、法は犯せない。『因子持ち』は公職には就けないからね。つまらない話だよ。こんな決まり事を作った連中なんかは、嫌いなやつに部類される」
「あたしはどうでもよい、かな、そいつら」
「僕も」
「おや、当事者にしては以外だね。羽馬(はば)のような思想かと思っていたら意外だ。これは失礼した。これこそ、差別だ。謝らせてくれ」
「ううん、別に気にしないよ。な、晃志?」
「ああ」
――羽馬。羽馬(はば)勇気(ゆうき)という、ひとりの『因子持ち』がいた。
簡単に言ってしまうと彼は人間よりすぐれた能力を持つ『因子持ち』が世界を支配すべきという思想を説き、法もなく迫害されていた因子持ちを集めて決起し、クーデターを試みた。結果、テロリスト扱いとなり、最後は自害したとされている。されている、というのは彼の新派がそう伝えただけで、実際に死体は確認されていないからだ。
「ねぇ警部、羽馬って人は捕まったの?」
「わたしの管轄じゃないよ。あいつは専門の部署の連中が今も血眼になって探しているだろうよ。ご苦労さまだね。生きているか死んでるかも未だにわかってないってのに」
『因子持ち』のテロリスト羽馬勇気は、今も生死不明であり、さらには何の因子を持っているかすらわかっていない。
「ん、そろそろ着くぞ。けど病院ってのはデリケートな場所だ。わたしは許可証をもらってくる。それまでは車から降りるなよ?」
「わかってます」
「はーい」
「よろしい」
警部が車を停めた駐車場は車が少なく、ただでさえ広いところがさらに広く感じられた。
警部は車を降りると夜間受付へとすたすたと向かっていった。
エンジン、つまりはエアコンを付けっぱなしで行ってくれたことは嬉しい。
「ヘビの因子持ちか……。あたしで勝てるかな?」
「毒にさえ気を付ければ大丈夫だよ。それに彩里花は因子が特に濃いから、もしかしたら毒も効かないかもしれない。あ、だからって油断はするなよ?」
「わかってるよ。ふふ、心配?」
「それはね。僕自身にあまり戦える力がないから彩里花を頼ってるけど、本当は戦って欲しくなんかないって思ってる」
「こ、晃志……や、やだな急に。な、何を言ってんのさ、もう」
変なことを言ったつもりはなかったのに……彩里花が照れてるような反応をしている。
「な、なんでそんな反応なんだ?」
「いや、いやいや、いやいやいや、こういう反応になるでしょそりゃ。晃志にそんな風に思われてるとか知らなかったし」
「言わなかった?」
「聞いてないよ。……あっ」
何かに気が付いたように、助手席に座っていた彩里花が僕の方を振り返る。
「ん?」
「晃志、もしかして違う子に言ったんだろ?」
「そんなわけないでしょ」
「あ、冷静」
「慌てる理由がないよ」
「もう……少しは慌ててくれてもいいのに」
そんなやりとりをしていると、警部が帰ってきた。
「任せた。この許可証を首からさげておいてくれ。あと、お前たちバングルはしてるな?」
僕も彩里花も、無言で左腕を見せた。このバングルは登録済み『因子持ち』であることを示し、僕たちの身分証にもなっている。外出の時に限らず、原則としては常時身につけていなければならない。
「院内では常に見えるようにしておけということだ。まぁ夏服だから良かったな。とにかく降りろ。行くぞ」
「はー。ほら、晃志も早く」
と、先にぴょんと降りた彩里花が僕を急かした。
その、後部座席から降りた瞬間だった。
一瞬で僕の腕に鳥肌が立った。この感じは僕に向けられた強い敵意。殺気と呼べる悪意だ。
すぐさま彩里花が叫ぶ。
「伏せろ晃志!」
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