ライオンファミリー002話「呼び出された事件」

【〇〇二 呼び出された事件】


「早かったな。お、築島も一緒か」


 警部――佐々倉(ささくら)茜(あかね)がいる現場で彼女に声をかけると、すぐに彩里花を見た。


「それで、状況は聞かせてもらえるのですか警部?」


 警部、とは呼んでいるが本当に警部なのかどうか、僕は知らない。あだ名的に彼女がそう呼んでくれと言うので呼んでいるだけで、警察なのか刑事なのか警部なのか警部補なのか、僕はさっぱりと彼女のことを知らない。

 わかっているのは先月二十八歳になったということと、警察側の人間ということ。それと、僕たちに対して融通が利く、ということくらいだ。あとは、この夏場でもコートを着ている、ということ。

 現場には制服の警官たちがうろうろしており、現場を区切るテープが張られていた。


「状況というほどのことではないんだ。この場所、何か気付くことはあるか?」


 警部は彩里花を見たが、彩里花は首を傾げる。


「怪しい匂いがひとつもないくらい、かな?」

「さすがだな。築島はかなり捜査の役に立つぞ」

「匂いがないって言ってるのに?」


 彩里花は不思議そうに僕を見た。


「うん。つまり犯人は匂いを残さなかったということ。何かしらの計画性か、あるいは特殊能力があるっていうことになる。後者の場合を考えると犯人は……」

「そう。『獣の因子』持ちだ。そうなったことを考え、おまえたちを先に呼んだんだ。わたしが帰り、この事件を報告する前にな」


 警部はめんどくさそうにそう言いながらタバコをくわえた。ちらりと僕たちを見て、ポケットから出したライターをしまう。


「『因子持ち』の事件となるとまた世間がうるさいからな。『因子持ち』は『因子持ち』に落とし前をつけさせてやるってのが、ここいらの警察の暗黙なのは知ってるな」

「わかってます。ただし、あまり時間はかけられない」

「そういうことだ。さすがのわたしたちも世論までは抑えられないからな。さっさと因子を特定してわたしの前に連れてくるなり、かっちりと落とし前を付けてもらえると助かる」

「期限はありますか?」

「できれば明日の昼前が望ましい。明後日は休日にしたいんでね」

「わかりました」


 僕が返事をすると、となりの彩里花が袖を引っ張った。


「見当はついてるの?」

「これからだよ。でも匂いが残ってないんでしょう?」

「うん。ひとりの人間の匂いがするくらい。すごく恐かった匂いを残してる。……死んだのかな?」

「いや、死んではいないよ。重篤な状況ではあるがね」

「症状は教えてもらえますか」

「もちろんだ。傷口が噛み傷。歯形がついていたよ、腕にね。歯形は人間のそれだ。治療の痕跡がないところから見るにそっちからの特定は不可能。犬歯の発達は見られたそうだ。容態は不意に襲われたためのショックからか、呼吸困難と出血によって意識を失っている」

「出血って……電話では噛み傷って言ってましたけど、それほどに?」

「いや、腕を噛まれた程度だそうだ。損壊、というほどのことはなく、先ほども言った通りに歯形がついている程度だと言う」

「その傷でそれほどの出血っていうことはもしかして……毒、ですか?

「そう見ているよ」

「毒を持つ因子となると……」


 僕が思案をしていると、彩里花はパッと何かをひらめいたように言う。


「毒と言えばヘビ!」

「だろうなわたしもそう思う。コブラ因子はすでに登録されている。ハブもな。ガラガラなどは確認されていないが、そこまでの毒性はないようだ。とすると?」

「マムシ、か」


 毒性を持つヘビの因子、とひとまとめにしてしまうことも可能だが、実は細かく調べると細かく分けられていることも、最近ではわかってきたらしい。

 なので管理する側は極力細かく登録し、個人の特定の際に役立てようとしているわけだ。


「マムシってあたし、見たことない。『因子持ち』も、本物も」

「僕だって本物は見たことないし、あまり詳しくない分野かな」

「ふむ。だがまぁ種類の特定は難しくはないだろう。問題はこの後と、これまでのことだ。ヘビは見かけによらず臆病で狡猾だ。ましてや一度その毒牙を使ったとなればそう易々と姿は現さないだろうな」

「そうですね。匂いによる特定ができないとなったら、彩里花の追跡も使えない……」

「むぅ」


 彩里花は不満げに頬を膨らませた。


「マングースの因子持ちを探した方が早いかな」

「差別発言ですよ、それ」

「知っているよ。ブラックジョークというやつさ」


 手に持ったタバコで僕を差し、警部は笑う。なんという不良警官だ。

 その時、ひとりの警官が警部に駆け寄り、なにやら耳打ちをした。


「どうした田崎(たさき)?」

「実は……」


 その警官はちらりと僕たちを一瞥し、露骨な不快感を見せていた。人間の現場に僕たちがいることが気に入らないのだろう。

 僕たち――つまり、『因子持ち』が。

 警部は警官に頷くと、警官はさっと持ち場へと引き返していった。


「被害者の容態が安定したらしい。話を聞ける状態になったそうだ。今から行くが、一緒に来るか?」

「いいんですか?」

「特別だ。しかしながらわたしの権限が通用するのは病院の廊下までだ。戸は閉めさせてもらう。条約だからな。おまえたちを『人間用の病室』へ入れることはできない」


 彩里花がうんざりと言ったように首を振った。


「まったく」

「外で堂々と盗み聞きさせてもらいますからいいですよ警部。彩里花も来るかい?」

「もちろん。晃志をひとりにはさせないよ」

「相変わらずべったりだね。檻枷にとって築島は本当に番犬だな」

「警部それ――」

「知ってる。差別発言だろう?」


 警部はまた、愉快そうに笑った。

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