第3話 アスファルトにこびりつくガムー証言①

「これでまた何度目かの夏。項垂うなだれる暑さに耐える気力も消失し、ただ死を待つ身となって何年が経過したか・・・。べったりとアスファルトのこびりつき、決して剥がされることのない地面から、溜息と陰鬱しか吐き出させない人間をずっと観察している、それしかすることがないからな・・・」


「貴様が産まれるはるか昔、高層ビルと排気ガスで街が包囲される時分からワシはアスファルトに吐き出され、以来この街を見ている」


「初めは人間に好奇心と興味しか持たなかった。どういう風に朝が始まり、何をして昼を過ごし夕焼けが沈む頃には何で充足を得たのか・・・」


「しかしそんな期待はとうに弾け飛んだ・・・。どいつもこいつも肩を落とし、俯き、重い足取りで一日が始まり、ストレスを舌打ちで発散し、また禄に眠れない夜を過ごす・・・」


「何が楽しくて毎日同じことを繰り返しているのだ?」


「もはやワシの目は防犯カメラのように喜怒哀楽を排除し無機質に事実のみを映すフィルターになってしまった。人間にも世界にも興味が失せ、ただここにあるだけだ」


「そんなワシを皆が哀れに思うのか、年長者を労っているのか、毎日何かしらが会いに来る」


「例えば信号待ちの革靴やヒール、好戦的なカラスやずる賢いゴキブリ、投げ捨てられたファストフードの包装紙・・・ワシの隣に来ては井戸端会議を開き、どこかから拾ってきた話を面白おかしく繰り広げる」


「まぁ、悪いことではないさ。一人だと虚無に取り憑かれるだけだからな」


「それで、何が聞きたい?」


「なるほど、噂になった例の飛び降り自殺者か・・・。アイツは詰まるところ社会に殺されたといっても過言ではないだろうな」


「不思議な力が使えるようになっておったろう?あの婆さんは困っている人間の元にふいに現れては奇妙な道具を与えるんじゃ。まぁ関わった奴らは最終的にその身を滅ぼしとるがな」


「アイツのことはよく知っている。なんてったって毎朝の通勤にこの交差点を渡ってたのだから。日が経つごとにスーツも時計も高価になっていったのははっきり記憶に残っておる」


「しかしそれは悪いことではない。アイツの場合、より一層仕事に明け暮れ、結果をだすことで昇進もしていった。部下からは羨望せんぼう憧憬どうけいの的となり、上司からは期待をかけられていたからな」


「しかしそれがまずかったようじゃ」


「謙虚が傲慢に変わってしまったようじゃった。ここを通るアイツの同僚からは陰口を聞く機会が増えていった。妬み、嫉妬、嫌味、不平、それらが混ざり合うことで次第にアイツは孤独となり、困っていても誰からも手を差し伸べられず、ワザと足を引っ張る行為に苛まれていた」


「飛び降りたのはそれから間もなかったはずじゃ。アイツは社会に殺されたんじゃ」

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