第4話 変化


 Aさんは知らなかったが、実は愛人たちはそれぞれの連絡先を知っていて、Lineのグループまで作っていた。誰が入居して来るか、それが愛人なのかどうかをみな必死になって探っていた。各店舗に1名は入居者がいたから、新しく入ってくる人がどんな人かはすぐに伝わった。


 しかし、マンション内は長らく平和だった。皆が、Aさん争奪の戦いの中で606と403が勝利を収めたことを認めていた。2人もそれに気が付いていたので、他の愛人たちをうまくまとめていた。606と403は不仲だったが、それでも割と上手く立ち回っていた。606と602は同性の友人として仲が良く、403は1階のグループと懇意にしていた。言い換えると、1階のグループは403の取り巻きだった。


 住まいを提供しているから、女たちはなかなか出ていかない。家賃タダでほとんどAさんが来なかったら、かなりいいと思う。家賃7万で、水道光熱費が2万だとしても、月9万円は浮く。

 しかし、女たちは自分達が愛人として囲われている状態に、次第に自信を失い、気力も萎えていく。かと言って、出ていくほどの理由はない。


 彼らの生活に変化を与えたのは、友山万里加という女の子だった。19歳。女優を目指して福岡から出て来た子だ。とにかくきれいな子だった。髪はボブにしていた。つややかな黒髪。背が高くて、スタイルもいい。性格も良くて、華があった。Aさんお気に入りの606号室も霞むほどだった。与えられた部屋も8階の801の角部屋だった。他の愛人たちとは明らかに待遇が違った。


 Aさんは万里加ちゃんの部屋にだけ通い詰めるようになった。最初は居酒屋のバイトとして入ったが、女優になるための活動(オーディション、エキストラ、ちょい役出演)と両立するために、居酒屋のバイトは免除してやった。さらに毎月15万円の小遣いを渡した。万里加がバイトのシフトに入っていないことは、すぐにLineで他の愛人たちに伝わった。全員が嫉妬した。日数が少なくても、バイトに入っていない子はいなかったからだ。


 他の愛人たちが、AさんにLineを送っても「今忙しいからごめん」、「今度行くよ」と言われるようになった。女の子たちはZoomを使った緊急集会を開いた。女の子たちの部屋にはそれぞれ盗聴器と監視カメラが付けられていたが、Aさんは女の子たちに興味を失ってしまったから、そんなものを見ることはなかった。


「万里加って子、ずるくない?」606が言い出した。

「うん。Aさんに取り入っててむかつく」それに呼応するように403が口を開く。

「女優なんて全然売れてないくせに」

 1日だけ、居酒屋で一緒に働いた1Fの女が言った。

「化粧してるときれいに見えるけど、あの女よく見るとブスだよ」

「そうだよね。売れるわけない」

 みな口々に悪口を言う。

 Aさんは今頃、万里加の部屋にいるんだ。みなが苛々した。

「じゃあ、606さんの部屋にも全然来ないの?」

「もう2週間くらい来てないよ」

「えー。あの子、やばいんじゃない?売れたら週刊誌に売ろうよ」

「やろう、やろう」

「どうやって?」

「盗撮すれば?」

「どうやって?」

「ベランダから忍び込んで行って・・・」

「うちらの中に、8階に住んでる人いないじゃない?」

「確か802も空いてるから、ベランダから入れば?」

 ベランダの壁は破って隣に行けるはずだ。


 でも、誰もそこまではやろうと思わなかった。不法侵入という立派な犯罪だ。

 そのうち、そんなマンションは出て行こう。全員が思っていた。


 ***


 数日後、モデル系の606の部屋にAさんが訪ねて来た。606は素直に喜んだ。


「久しぶり!どうしたのAさん」

「どうしたのって、酷いなぁ」

「だって、最近は万里加さんの所ばっかりだったから」

「あ、あの子ね。逃げちゃった」

「え?いきなり?」

「うん。部屋にあった物持っていなくなっちゃった」

 Aさんはやった!と思った。またもとの生活に戻れる。

「まだ、万里加さんのこと好き?」

 Aさんは首を振った。

「俺はやっぱり、〇〇ちゃんの方がいい」

 Aさんは恥ずかしそうに言った。


 その日から、Aさんは606の部屋ばかり行くようになった。どんな心境の変化かはわからない。想像だけど、入れ込んでいた女に去られて、優しく迎えてくれた606の良さを改めて感じたんだろう。


 数週間後、2人は高級ホテルのレストランで食事をしていた。東京湾が真下に見渡せる景色のいい店だった。まだ大学生の606はうっとりした。料理も一品一品が高すぎて、途中から値段がわからなくなってしまった。Aが与えてくれる極上の暮らし。自力では一生手が届かないのがわかっていた。


「〇〇ちゃん、俺と結婚してくれない?」

「え、でも、私まだ大学生だし・・・」

「きっと幸せにするし、贅沢させてあげるから」

 Aさんは迷った。ずっと節約してきた人生。せっかくだから贅沢というのをしてみたかった。たとえ、それが誤った選択だったとしても。

「考えてみるね」

「もし、君がよかったら俺の家に越してこない?」

「え?」

「君のマンション狭いし。それに、俺、もう他の子たちとは縁を切ろうかと思ってるんだよ」

 606は嬉しかった。「結婚する!」と、今すぐ飛びつきたかった。

 でも、気が変わる可能性もあるから「大学を卒業するまで待って」と言っておいた。




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