三十四話 皆殺し

三十四話 皆殺し



「あ゛ぁ!? クソッ、なんだコイツら!!」


「グル、ガルルッ……グラォッッ!!」


 その牙が初めに捕らえたのは、ミリアと応戦中のレグルス。涎を垂らし今にも捕食せんと襲いかかるその巨体を、ギリギリのところで躱す。


 計八体。頭上に現れたあの女が放ったアイツらは、魔獣と呼ばれていた。


「ア、アリシアちゃん! 何なのあれっ!?」


「魔獣……召喚魔術か? いや、精霊魔術? 何あれ……」


 いや、違う。今考えるべきはあの魔獣の構成物質や魔術系統の種類ではない。


 集中しろ。これは試験だ。私に、失敗は許されない。


「ユイ、あの女を見たことがあるかどうか教えて!」


「へ!? え、えと……あ、あるよ! 学園の、そうだ! 職員室!! 喋ったりしたことないけど、多分!!」


「分かった。それで充分よ!」


 ユイは今、レグルスに魔術を付与するのに集中している。だからここであまり労力を割かせたくない。


 何より私はちょうど暇していたところだ。レグルスもユウナも相手を接近戦で倒そうとするものだから、弓でも打とうものなら巻き込んでしまう。そうして攻めあぐねていたところに、アイツらは乱入してきた。


 そして、ユイの発言で確信する。あの女は不審者や侵入者の類ではない。


 よって女の方を責める必要は無し。私の今の標的は魔獣八体。


「なるほど、ね。どうりで試験を終えた人達が揃いも揃って浮かない顔してるわけだわ」


 ずっと腑に落ちなかった。普段とは違い重要な試験だからとはいえ、何故杖など支給するのか。何故危険性しかない真剣を渡したのか。加えて私達を見学している生徒が全員あんな顔なのか。


 全ては今繋がった。剣、杖は今の私達で相手をするには重い魔獣を倒す手段。推測だけれど、先の四チームは恐らく魔獣に勝てなくて全員リタイアしたか制限時間で決着がつかなかったといったところか。全員もれなく負けというわけだ。


「ふふっ、あはははははっ! 何かあるとは思っていたけど、こんなのが待ってるなんて! ……最高よ♪」


「ちょ、アリシアさん! 魔獣三体、来ます!!」


「アンタは動かないで! 私に全部……任せなさいっ」


 ああ、このまま試験が終わったらどうしようかと思った。そうよ、そうよね。こんなくだらないのが昇格判断なわけがない。本番はここからってわけ。


「でも、残念っ」


 相手は魔獣? 上等。すぐに怪我しちゃう脆い人間相手じゃ、私は弓矢を本気で打つことができない。


 つまりはここからの本番はボーナスステージだ。私が目立ち、私の力で勝利するためのショー。私という存在を見せつけ、他の追随を許さないほどに圧倒する。


「皆殺し、確定よっ♡」


 矢は三本。こちらに向け気持ちの悪い顔で走ってくる魔獣と、その背後でレグルスを襲う一体。加えてまだ舌なめずりをして他の参加者を見つめている四体。


 全員、一撃で仕留める。


「紅蓮の顕現せし必殺の矢よ。敵を穿ち貫き、その身を焼き尽くせ!」


 軌道修正は全て空中。三本の矢で前の奴らを貫いた後に魔術操作を行い、確実に撃ち抜く。


 この場は今、私の独壇場と化した。私の手によって全てを終わらせる。


「殺炎の矢(キルフレイム•アロー)!!!」


 直線と放物線の入り混じる、赤を纏いし私の魔術。それらはまだ暴れ足りないであろう哀れな獣共をまとめて貫き、焼いた。


「嘘……マジ?」


「ふふんっ。まあざっと、こんなもんかしらね」


 獣の咆哮が響く。だがそれは一瞬にして断末魔と化し、高温の熱によって骨も残さず消えていく。


 きっと召喚魔術だったのだろう。魔術によってその場限りの命を生み出すことで傀儡を生み出す魔術だ。それにより生み出されたものは生命活動を停止した瞬間、跡形もなく消え失せる。


 なんという爽快感。ああ、視線が心地いい。驚く教員達の目、観客の顔、ユイの表情。最っ高。流石に重い魔術なこともあって体内魔素をかなり消耗してしまったけれど、これは全員の印象にはっきりと残る。首位合格確定ね。


「なーんて、ね。まだまだ青いわねぇ、魔術師の卵ちゃんっ♪」


「アリシアちゃん、まだだよ! あれ!!」


「ん……?」


 あれ、おかしい。私の術が役目を終えて消えたのはいいとして、消えた魔獣のいたところに石が転がってる。しかも……獰猛な獣の身体が、復活してきてる?


「ふひ、ふひひっ。私の魔獣ちゃん達は魔石を完全に破壊しないと止まらない。ちょっとビックリしちゃったけど、現役魔術師の私が卵ちゃんなんかに負けるわけないのよん!」


 まずい、復活は想定してなかった。というか……え? 今私完璧に決めたんだけど? 空気読んでよ。


「ふざっけんじゃないわよ。私の華々しい舞台を汚したわね? ちょっと! アンタそこから降りてきなさい!! 一発入れてやらないと気が済まないわ!!」


「グルァアァッッ!!」


「邪魔ッ!!」


 性懲りも無くまた私を襲いにくる魔獣を、一撃で貫く。しかしまた再生され、私のストレスは一気に上がっていった。


 だが、一匹は戦意喪失して他のところに行ったけれど、あと二匹。私はユイを守るためにも相手をしなければならない。


「あんの緑髪女、覚えてなさいよ。試験が終わったら教員だろうと容赦しないわ」


 再生するとしても八匹まとめて全員殺し続ける、なんてことができれば最高だけれど、生憎私にそこまでの魔素量はない。この二匹に足止めされているうちは先に進むことは不可能だ。



 さて、どうしたものか。

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