十二話 刻み込まれる最強
十二話 刻み込まれる最強
プツンッ。頭の中で、糸が途切れたような軽い音が響く。
視界に映っているものも、聞こえてくる風の音も、それまでと何も変わらない。それだというのに僕の身体は、金縛りにでもあったかのように一切の身動きが取れないでいる。
(なん、で……? 身体が、動かない……)
声を発することすら叶わず、ただその場に立ち尽くす。この身体に何が起こったのか、あまりに唐突なことで意味が分からなかった。
「ふむ、これが男の身体というものか。初めて手にするが、女のそれとはまるで構造が違うな」
(え……? 僕の、声?)
そんな何もできない僕の耳に入ってきたのは、生まれてから何度も、誰の声よりも聞いた自分の声。僕は言葉を発していないのに、僕の声が聞こえる。僕は身体を動かしていないのに、腕が上がって握り拳を作っている。まるで、身体の操縦権を別の誰かに奪われたみたいに。
加えて同時に、この口調には聞き覚えがある。今目の前で椅子にもたれかかりながら眠っている、師匠の口調だ。
「別性支配術、サイトジャック。自分に向けて信頼を置いている任意の相手の身体を支配し、意識のみを残した状態で身体の自由を奪う高等魔術だ。安心してくれ、少しの間身体を借りるだけだよ」
(い、一体何をするつもりなんですか? この感覚、凄く気持ち悪いので早く元に戻してください! 自分の声に語りかけられて、しかも身体の感覚が無いのに動いたら感触があるんです!)
「未知の体験だろう? ……っと、そうか。何か違和感があると思ったら、男は女と違って股にあるこれを軸にして重心を────」
(アンジェさんッッ!!)
視界が自分の股に移動し、手が伸ばされようとしたその時。僕が必死にアンジェさんの名前を呼んで猛抗議すると、ため息を吐きながらも僕の身体は、いやアンジェさんは言うことを聞いてくれた。
だけど、このままにしておくと何をされるか分からない。ただでさえ未知の男の身体に興味津々な様子を見ていると、余計に恐怖心が増してきて身の毛がよだつ。本当に早く身体を返してほしい。
「分かった、分かったからそう叫ばないでくれ。頭の中でお前の声が反響してうるさすぎる。いいか、これは必要なことなんだよ。言っただろう? 習うより慣れよだと」
(ど、どういうことですか? それとこれに何の関係が?)
「お前の身体に、魔術を使う″感覚″を刻み込ませる。一度私の手で合成魔術を使わせてやれば、身体はそれを覚え再発動する時癖を残してくれる。そうすることで発現速度が段違いに早くなるのだよ」
剣を学ぶ時、正しい振り方を教わる。教わる時は必ず先生が″見本″を見せてくれて、それを復唱するように練習を繰り返し、近づけていく。
今僕の身体で行われようとしているのは、それよりも更に一段階上の教育法であった。剣の達人の技を見て覚え、盗むのではなく、その見本が自分の身体を操り実際に行われることで、その後自分で復唱する時の難易度を下げる。見るだけではなく実際に身体にそれを体験させることで、技を放つ瞬間の身体の動かし方、使い方、癖。その全てを″覚えさせる″のだ。
「集中して見ておけよ、ユウナ。男であるお前が魔術を使う、その瞬間を」
腕は前に突き出され、手のひらを大きく開く。その瞬間、頭の先から足の先までの全身が熱を帯び、血流とは違う″何か″が移動を始める。
(こ、これは……)
「本来身体中に分散されている魔素を、一点に集中させる。そして────」
やがてそれらは腕を通し、手のひらの先、体外へ。刹那、一定方向に吹いている風がそこでのみ渦巻き状に変化し、一点に集束を繰り返し巨大化していく。
「空気、風として実体化している物質を捉え、操る。魔素を当て、流し、一つの集合体へと変換。────擬似操風魔術、鎌鼬!!」
前髪が、服が。一点に集められた風により靡き、やがて放たれた刃物のような凶暴に変わり果てた凶器によって視界に映る目の前の緑が抉れ、飛び散り、荒れ果てる。
草原を抉り尽くしながら進むそれは、空間の端に激突すると小さく霧散した後、静かに消えた。
「……ふむ。六十点、といったところか。流石に自己解釈の知識のみで初めて打つ合成魔術はいささか威力に欠ける。まだ魔素の統制が取れていない分一点に力を伝えきれていないようだな」
(…………)
僕は、ただ茫然と目の前の土を眺めていることしかできなかった。
擬似操風魔術、鎌鼬。何百年も生きているであろうアンジェさんの身体とは違い、魔素の量は少なかっただろう。しかもそれは男のものであり、創造魔術が使えるような大層なものじゃない。
それであの威力。そのうえ、採点は六十点。十五年生きた僕の人生において最大級の威力であった今の攻撃魔術がその程度なことも、そして何よりこれを打ったのが自分の身体であるということも。そのどちらも受け入れることのできないほどの衝撃で、思考を止めることでしか脳内の安全を守れなかったのだ。
「おい、何をぼーっとしている? ユウナよ、ちゃんと感覚は掴めたんだろうな?」
(つ、掴めるわけないじゃないですか……。どうやったのか、理解もできていないのに……)
「なんだ、やり方ならちゃんと説明しながらにしていただろう。全く、仕方のない奴だな」
僕が悪いのだろうか。いや、きっと全世界の男誰だって、自分の身体で唐突に魔術を使われたらこうなるに決まっているはずだ。
「……なんだ、そうは言いながらも興奮しているのだな。心臓の音が激しくて身体中を揺らしているぞ」
興奮? 僕は今、興奮しているのか。目の前の得体の知れない力に当てられて放心しながらも、震えていた。
当然か。僕の身体でも魔素の使い方、魔術の熟練度を上げればあれほどの威力のものを打ち出せると見せつけられたのだから。今、僕の目の前に広がっている光景は……僕がこの先強くなるための道標だ。
(アンジェさん、身体戻してください。僕も、自分で魔術の練習をしてみたいです!)
「うむ。既に魔術の芯は通したし、そろそろいいだろう。本当は男の身体というものをもう少し体験してみたい気もするのだがな。やる気を出してくれたのならば、師匠として邪魔をするわけにもいくまい」
フッ、と全身に重い感覚がのし掛かる。身体中の感覚が元に戻っていく。師匠はその言葉と同時にサイコジャックを解き、隣の椅子で目覚めていた。
戻った手のひらの感触を確かめ、握り拳を作る。まだ余韻の残る指先は熱く、先程までは感じ取ることのできなかった″熱″が、少しずつ腕、銅を通して全身へと消えていくのを感じた。
(これが、体内を循環する魔素。なんとなく……分かった気がする)
僕の身体に魔術の芯を通すと言っていた、言葉の意味。そして今刻み込まれた、核と癖、痕。その全てが使ったこともない魔術への理解度を、大きく進めている。
「さて、ここからはお前の頑張り次第だ。早速癖を忘れないうちに、鍛錬を進めよう」
「はい! 師匠!!」
僕も、いつかこの人のように────というのは流石に高望みしすぎかもしれないけれど。それでも確かに一縷の望みが、何も無い宙から掴み取れた。そんな気がした。
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