第2話 惑星トリップ
俺の名前は
この日は日曜で、まだ日も登らない夜中のうちから自転車に跨り、野島崎へ向かっていた。
俺の趣味は釣りだ。
人付き合いが苦手な俺は、高校生の頃にもなると引きこもりがちになった。それを見かねた父親に連れられて、釣りをしたのがきっかけで好きになった。
父親としては、男同士で腹を割って話したいと考えていたのだろう。しかし俺は、父親の願いとは裏腹に、誰とも話す必要がなくて、何も考えなくていい〝釣り〟という趣味に惹かれてしまった。たから魚は釣れなくてもいい。
場所が室内から人がない屋外になっただけで、前にも増して独りの時間が増えてしまったのだ。
西港で自転車を止めると、荷台に積んでいた釣り道具を持ってお気に入りの岩場へ向かった。
主に釣れるのはアジやイワシ。運が良ければメジナや石鯛が捕れることもあるらしい。
だが、俺は魚を釣りに来たのではない。誰にも邪魔されずに、ただ独りでぼうっとしたいだけ。
イヤホンで音楽を流し、餌が付いていない釣り糸を垂らした。
俺は容姿に恵まれたわけでもなければ、特別頭もよくないし、目立った才能もない。
将来の夢もないから、地元の実家から通える大学に入った。
大学生になったからって着飾ったりなんてしない。すれ違ったって記憶に残らないくらいの凡人だ。ずっと男子校だったから女子との接点だってない。当然、年齢と彼女いない歴がイコールだ。
こんな俺にも、高校生の頃はたった一人、友達がいた。
そいつは東京の大学に入学したのを機に上京して一人暮らしを始めた。
それでも週末に帰ってきては、一緒に釣りに行っていたのだが、半年ほど経った頃から頻度が減っていった。
聞けば、テニスサークルに入って忙しくなったらしい。テニスなんかやったこともないくせに。
なんの冗談かと思っていたが、徐々に連絡も減っていき、ついに疎遠になってしまった。
それから二年後、久しぶりに再会したそいつは、すっかり別人になっていた。
派手な色の髪をハリセンボンみたいに立たせ、服装も地味だったのが、原色を使った派手な柄を組み合わせ、有名な海外ブランドのベルトをこれ見よがしにチラつかせていた。
記憶に残っているのは、聞いてもいないのにブランドの説明してきては、聞いてもいないアドバイスをしてくる態度が鼻についたことだ。
「お前の人生、楽しくなくない?」
その捨て台詞を最後に、友情の絆は事切れたのだ。
十分も経っただろうか。家を出た時は穏やかな天気だったのに、妙に風が強くなってきた。
いつの間にか辺りは暗くなっていて、心なしか風の音が人の悲鳴のようにも聞こえる。
いつも来ているのに、今日はやけに不気味だ。
帰ろう。
そう思って立ち上がった時だった。
急に辺りが明るくなったのに驚いて振り返った。
「な、なんだ!?」
海が光っている。
急に突風が吹き付けると、海面が巨大な渦を巻いた。その流れは激しさを増し、風に飛ばされてきたものを、まるで掃除機のように吸い込んでいく。
風がより一層威力を増し、俺は飛ばされないように足を踏ん張ったが、ジリジリと海の方へ引き寄せられていく。
とても立っていられない。体勢を低くしようとした時、砂利で足を滑らせた。
「しまった!!」
俺の身体は海に投げ出され、巨大な渦の中へと吸い込まれていった。
その後の記憶はない。
目を覚ますと知らない部屋のベッドにいた。
ここは病院だろうか。きっと、人を助けようとしたのはいいが、自分も溺れてしまったのだろう。そういえば風が強くなってきていたから、いつもより海が荒れていた。わかっていたはずなのに、人命を前にして冷静さを欠いてしまった。
でもこうして生きているのだから、運よく誰かに助けられたのだろう。
助けるつもりが助けられるなんて本末転倒だ。情けない。
感傷に浸っていると、部屋のドアが開いて男が入ってきた。
色素の薄いブロンドの髪に青い瞳。透き通るような白い肌は滑らかで、女性よりも女性らしい。例えるなら天使や女神、あるいは漫画なんかに出てくるエルフのような神秘的な印象を受けた。だが、どことなく面影に男臭さがある。
突然現れた、突き抜けた美貌の美男子に言葉を失っていると、彼は、俺の側まで来て言った。
「
……そういうノリの病院なんだろうか。
だが、エルなんちゃらを名乗る美男子は無表情だし、ふざけている様子もないから、笑っていいのかわからない。
「あの、ここ何病院ですか? 千葉県内ですよね? まさか県外まで流されてないですよね?」
「俄には信じ難いだろう。だが、ここは我々の惑星で、最先端の技術を誇る対惑星宇宙機関の__」
「いや、ちょっともうついていけないので、真面目にお願いします」
言い終わる前に遮ると、エルは目を僅かに細めて俺を見下ろした。
「信じられないなら、その小さな目で見てくるがいい。もう動けるだろ。ついてこい」
小さいは余計だ。
傍若無人な言い草にムッとしながらも、エルの後について行った。
エルとかいう自称宇宙人について行った先は、俺がいる建物の出口だった。
「我々の星の科学技術は、地球よりもおよそ一億年進んでいる」
外に出た俺は、流石に自分の目を疑った。
車が空を飛んでいる。車だけではない。人もスーパーマンのように飛行している。全員、リュックのようなものを背負っているから、それが飛行を可能にする機械なのかもしれない。
それから目の前に半透明のディスプレイを指で操作しながら歩いている人もいる。
建物はニューヨークにあるような高層ビルよりも遥かに高く、それでいて、ところどころに植物や川などの自然も残している。
まるでSF映画のような光景に、言葉を失った。
「まさか……本当に……」
理解すると共に、俺は膝から崩れ落ちた。
つまりそれは、嘘よりも残酷な事実を告げられたようなものだった。
「俺……帰れんのかよ……」
ゲームや異世界漫画みたいに、その世界を楽しもうなんて余裕はない。
宇宙人しかいない世界でどうやって生きろというのだろう。まさか人体実験とかされたりするんだろうか。
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