第3話 レムスの箱庭

 ヤク村の小さな教会は孤児院と託児所も兼ねていた。レムスが教会に帰ると、教会の神官であるミリーは優しく微笑む。

「お帰りなさい、レムス。また会えて良かったわ。村には住めるの?」

「先生」

 感情に揺れた声音にミリーは顔を強張らせ、そっとレムスに寄り添う。

「王宮に、行くことになった」

 ハッと息を吐く。

「レムス」

「先生、お休みを貰ったら、帰ってきてもいいですか?」

「もちろんよ。レムス。ここは――教会、だもの。ただ、貴方の部屋をそのままにしておくことは、できないわ。許してね」

 レムスは顔を曇らせた。頷く。ミリーはレムスが落ち着くまで頭を撫でていた。


 村の子供たちが教会に入ってきた。

「レムスだ!」

「お帰り、レムス!」

「はい、ただいま。みんな、手は洗ったかな?」

 5人の子供は洗った! と笑う。

「うがいはしたかなぁ?」

 やってない! と走って出て行った。見送るレムスの背中をミリーはそっと押す。

「さぁて、そういうレムスは手は洗ったかな?」

 フッと微笑みを浮かべて、洗った。と答える。

「うがいはしたかな?」

 肩を震わせて笑い出す。したよ、先生。と応えた。

「よぅし、良い子のレムスは褒めてあげましょう! あなたは偉い!」

 アハハ、と二人は声を出して笑った。

 再び子供たちが入ってくる。二人は異口同音に尋ねた。

「うがいはしたかな?」

「したよ! 先生!」

「良い子のみんなは褒めてあげましょう! あなたたちは、偉い!」


 ミリーと二人で夕食を取った後。レムスは水を汲みに三度井戸へと往復すると、大きな鍋で湯を沸かす。一杯目は明日の飲み水用としてかめに入れ、二杯目はミリーの部屋の前へと置くと、三杯目を自分の部屋に持っていく。たらいに湯を注ぐと残りは机に置いた。服を脱いで体を拭いていく。

 自分の部屋での静かな時間。自然と、自分の天職について考えていた。

[ダンジョンメイカー、かぁ。聞いたことないな]

[ダンジョンといえば、危険な場所だけど、富が溢れる場所でもある]

[製作者。ダンジョンを作るってこと? でも、作ったことがあるものなんて、食事と服と――]

「箱庭」

 レムスの机には小さな箱が置かれている。寝着に着替えたレムスは小さな箱を開いた。

 小さな箱には、小枝を削って作った家と、端切れ布……から、更に切り抜いた後の細切れ布で作られた花壇と芝生、砂でできた道がある。

 身寄りのないレムスの小さな理想の家だった。

「噴水、綺麗だったな」

 小さく笑みを浮かべると、薄い箱を取り出す。のりと砂利で円形の縁取りを作ると、細切れ布から青いものを選り分ける。縁取りが乾いたところで中に糊を塗り足し、蒼の細切れ布を丁寧に張り詰めた。

「家には門があった。あれも作りたいな……」

 椅子にもたれる。

「箱庭も、持っていきたいな」

[王宮、どんなところだろう]

 箱庭を閉め、ぼんやりと見つめる。

 眠れぬまま、夜が更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る