　とは言え、その問題の王太子は皇帝の勅命により、王位継承権を剥奪し、王家から除名させて速やかに処刑を済ませている分、隣国においての貴族社会の統制は比較的楽だろう。どんな貴族の派閥だって担ぐ神輿がなければ、こちらにつくしかないだろうし。大馬鹿は最期まで騒いでいたそうだが、正当な理由も権利もないくせに勝手に大事な婚約を破棄したんだ、せめてもの温情で毒杯による処刑にしただけありがたく思えよって話でおしまい。

　処刑では重すぎる、なんて声は帝国側からは勿論のこと、隣国側からも一切出なかったそうだよ。だって、その大馬鹿と婚約者であった令嬢との婚約は、主家となる我が帝国が取り持ったものであり、属国の王太子であるならば何が何でも守らなければならなかった契約でもあったからね。更に言えば大馬鹿の婚約者だって帝国の高位貴族の美しい令嬢で、母上のお気に入りの子だったんだぞ？！

　この子ならば、祖国である隣国の王妃に相応しいって、太鼓判を押して令嬢の親を説得して話を進めて……大馬鹿のせいで母上が一番辛い衝撃を受けただろうな。冤罪による酷い扱い――婚約破棄をするにしても大勢の前で、見せしめの様に宣言されるなんてそれだけで非道徳的な扱いだ――を受けた令嬢の事もそうだけど、妹の忘れ形見の教育を一体どうしてたんだと、ひっそり涙していた姿を見た。でも、実際に帝国の面子を潰し、婚約という名の契約を反故にした＝帝国の命に逆らった時点で、いくら皇妃である母上でも甥である大馬鹿をかばえる状況じゃない。いや、皇妃であるからこそ、許してはいけないのだ。身内故にけじめは大事である。

　そもそも婚約の事情だって政略的な意味もあるにはあったが、隣国の明るい未来の為の意味合いが強かった。帝国がより優位に立つためのものではなく、属国である隣国の問題を解決する為の国家事業の一環でもあったのだ。その事実を王太子であった者が知らないはずがないのに。

数年前に帝国が抱える優秀な研究所から、血縁が近いと健康な子供が生まれにくくなるという研究結果が発表されたことは、帝国だけじゃなく他国をも震撼させた。だがその反面この新たにもたらされた情報は、血統による魔法の引継ぎを狙い貴族間で血縁の近い結婚を繰り返していた結果、深刻な子供不足に陥っていた隣国にとっては、希望の光だった。理由もわからず年々減少してゆく産まれる子供の数、後を継ぐ者がおらず国家を支えていく貴族の家が消えてゆく現実はゆっくりと国家の体制を崩し、先の見えない暗い不安が隣国全体を蝕んでいたのだから。

そんな隣国に対して帝国側から問題解決に向けて、血の繋がりの無い帝国貴族から嫁や婿を送ることで貴族の子供を産み増やし、揺らいでいる国家の安定化を図る計画が立案された。帝国の貴族には魔力が大きい者が多く、嫁入り婿入りとなれば持参金などの融資を受ける事にも繋がるその計画を、隣国は喜んで試す価値のある良い案だと受け入れた。そこでまずは王家が先んじて手本を示すとして、しっかりがっちり問題が無いように手回し根回しして取り決められた王太子と帝国の高位貴族令嬢との婚約。当時はまさかその王太子が大事な婚約を、ぶち壊してくれるなんて誰も思ってなかったろうね。

しかもよりによって、恋仲となった男爵家の娘…しかも実は隣国の王の隠し子だった娘と結婚しようとするとか、本気でバカと言うかマヌケもいいところだ。本人たちは知らなかったそうだけど、二人とも外見も内面も父親似だったとかで――実の所、周囲が止める所か二人の密接な関係に寛容だったのは、男女の仲ではなく兄妹としての仲だろうと冷静に推測して、公然の秘密として扱っていたからでもあったそうな――周囲が真相に気付いていたのに何故、本人たちだけが気付かなかったのか…。出会った瞬間に互いに運命感じたとか言っていたらしいけど、そりゃ、異母兄と異母妹だったんだから、何かしら血の繋がりを感じるものがあっただろうよ。

　ははは、本当にこの大馬鹿は帝国に対して、色々と盛大にやらかしてくれちゃって…その後始末を誰がすると思ってる、僕だぞ！！　このッ、オオバカヤロー！！！　なんて叫びたくても、迂闊に声に出せない。だって王族だもの…辛い。