第9話

 当日──来ても杏だけだと思っていたら、告白してくれた女子全員、来てしまった……まさか人見知りの飛鳥さんまで来てくれるなんて、正直、思ってなかった。


「さぁ、座って頂戴」と、母さんは女子たちに声を掛け、左端に座る。


 彼女たちは皆の誕生日パーティかというぐらい、豪華な食事が並ぶテーブルを挟み、俺たち家族の向かい側に座った。


 俺の隣に座る妹が、急に俺に体を近づけ、口に手を当てながら「お兄ちゃん、凄いね」と、ヒソヒソ声で話しかけてくる。俺もヒソヒソ声で「凄いって何が?」と返した。


「分からない? 今日、学校の日だったのに、みんな制服じゃないのよ」

「あー……本当だ」

「きっと皆、戦闘服を着てきたのよ」

「戦闘服って、お前……」


 俺が苦笑いを浮かべていると、母さんが「蒼汰、仕切って」と、話しかけてくる。


「あぁ、分かった」と、俺は返事をして大きく深呼吸をすると「えっと……今日は俺のために集まってくれて、ありがとう」と言って、頭を下げた。


 皆が頭を上げるのを確認すると「じゃあ……まずは俺たちの方から自己紹介します。親父、お願い」


「分かった」


 こうして親父、母さんと続き、妹が自己紹介をする──。


「じゃあ……次は女友達を紹介します」

「お兄ちゃん、違うでしょ。彼女候補でしょ?」


「そ、そんなこと言える訳ないだろ」と俺は動揺したが、コホンと咳払いをして、直ぐに立て直し「えっと……杏、自己紹介お願い」


 一番左に座る杏は緊張しているのか「はい!」と大きく返事をすると自己紹介を始めた──次に飛鳥さん、次に凛ちゃんと続き、最後に早希先輩が自己紹介をする。


 ──早希先輩の自己紹介が終わると「お、ベッピンさんだな。蒼汰、この子にしたらどうだ?」と、親父が前に出てくる。


「お父さん! あなたは黙ってなさい!」と、母さんが一喝すると、親父は「はい……」と返事をして、シュンとなってしまった。


 きっと場を和ませようとしてくれたんだろうけど、親父……それはアカンて。みんな苦笑いを浮かべているではないか。


「えっと……次は──」

「乾杯でしょ」と、母さんは言って、グラスを持つ。


「あ、そうだね。じゃあ皆、グラスに好きな飲み物を注いで」

「は~い」と妹は返事をして、コーラが入ったペットボトルを手に取る。各々、自分のジュースを選ぶと思いきや──。


 お父様は何飲みます? お母様はビールにします? という言葉が飛び交う。


「蒼汰もコーラだよね?」と言って、杏が俺のグラスに注いでくれると、一瞬、静かになって、女子たちの視線が一気にこちらに向いた気がした。


 えっと……胸騒ぎがするんだけど、き、気のせいだよね? 俺は辺りを見渡し皆のグラスに飲み物が入っていることを確認すると、グラスを上げる。


「何て言って乾杯すれば良いのか、分からないけど……とにかく乾杯!」と、俺が言うと、皆も「かんぱーい」とグラスを上げる。


「好きなだけ食べて行ってね」

「うん」


 女子たちは返事をして、箸を持つ。すると母さんは痺れを切らしたのか、行き成り「ねぇねぇ、うちの息子のどこが好きなん? 教えてよ」と、女子たちに向かってとんでもない事を口にした。


 女子たちは当然、目を丸くして固まっている。


「なにを言ってんだよ! みんな困ってるだろ?」

「だってぇ……お腹を痛めて生んだ大切な息子の事だもん。知っておきたいじゃない?」

「は、恥ずかしいこと言うのよ!」


 そんなやり取りをしていると、「わ、私は──」と、最初に凛ちゃんが話し始める。時折、大胆なことをする子だな……なんて思っていたけど、ここまで大胆だったとは……。


 凛ちゃんの話が終わると続いて飛鳥さんが話し始める──それにしても、提案を実行したのは俺だけど、何だか恥ずかしい……母さんや妹はまだ良いとして、明日の朝、親父と、どんな顔で会えば良いのか、良くわからん!


「──蒼汰のそういう所、知ってるのは私だけだと思ってます」と、杏が言い終わると「マズイ……」と、妹は言って、急に立ち上がる。


「マズイ? マズイって何が?」と俺が聞くと、妹は「ごめん、お兄ちゃん。ちょっとトイレ」と言って、そそくさと廊下の方へと行ってしまった。


 食い過ぎたのか? と、心配して見送っていると、早希先輩が「あら、あなただけ特別みたいな言い方してるけど、あなたの知らない蒼汰君の姿、私だって知ってるわよ」と口にする。


 ゲ……もしかして早希先輩、さっきの杏の言葉でマウントを取っていると思ってしまった?


「例えばどんな姿です?」と杏が早希先輩に聞くと、早希先輩は「あなた一度も澤村君が部活している所、見た事ないよね? 頑張ってる姿とか素敵よー」


「あら、体育祭とかで頑張ってる姿なら見たことありますよ」と、杏が負けじと返すと、「私も見たことあります。あと寝ている姿も素敵ですよね~」と、飛鳥さんがブッコンで来た。


「ちょっと蒼汰! どういう事よ!?」と、杏が声を荒げて言うと、「やだな~。授業中に寝ている姿を見ただけですよ~」と、飛鳥さんは挑発するかのように杏に言った。


 話が勝手に進み、ヒートアップしていく──妹よ……何分、トイレに行ってるんだ? まさか、あいつこれを察して逃げたのか!?


 こうなったら母さんでも良いと助けを求めるため視線を向けると、母さんは、お酒が回り始めたのかウトウトしていた。


 言い出しっぺぇぇぇぇぇ!!! 


 仕方ないと親父に視線を向けると親父は「ふぁ……」と、わざとらしくアクビをして「じゃ、俺は明日、仕事だから早く寝るわ」と俺に言って、立ち上がった。


 薄情者ものぉぉぉぉぉぉ!!!


 仲間を失い、傷心しきっている所に今度は凛ちゃんが「私は先輩の裸を見た事ありますよ」と、ぶっこむ。


 凛ちゃん。それ以上、刺激をしないでくれぇぇぇ!!!


「どうせプールとかでしょ?」と、先輩が冷静に聞くと、凛ちゃんは笑顔で「はい!」と答える。


「それでも羨ましいな……」と、飛鳥さんが気持ちを漏らすと、杏も頷きながら「そうね、羨ましいね」と相槌を打った。


 な、なんかよく分からないけど、よし! 良い感じ? このまま和やかな雰囲気へと変わってくれッ!!


「でもそれって──」


 先輩が焚きつけ、俺の願いは簡単に崩れ去る──俺はとにかく黙って様子を見る事にした。だって……怖いもん!


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