第8話

 その日の夜。夕食を食べ終わった俺は、直ぐに自分の部屋に向かい、ベッドに横になった。


 さて……どうしたものか。杏に早希先輩、飛鳥さんに凛ちゃん。皆、美人だったり可愛かったり……魅力的な女性ばかりだ。


「どうやって、決めりゃ良いんだよ……」


 こうなったら──俺はベッドから起き上がり、廊下に出る。妹の部屋の前に来るとコンコンとノックをした。


「はい、どうぞ」

「邪魔するぞ」と俺が部屋に入ると、妹は椅子に座りながら、こちらに体を向け「あら、お兄ちゃん、どうしたの?」


「お師匠様に教えて頂きたい事がありまして」と俺は言いながら、奥に進み、白くて丸いクッションに座る。


 妹は怪訝な表情を浮かべて「お師匠様ぁ? 行き成り何?」


「恋愛においては俺より進んでるだろ?」

「あぁ……そういう事……それで何があったの?」

「実は──」


 俺は4人に告白されたことを妹に話す──妹はさすがに4人同時に告白されたことは無いらしく「マジで!?」と驚きの声をあげていた。


「うん、マジで」

「はぁ……」

「こんな結果になるなら、もっと早くモテたかったな」


 俺がそう言うと、妹は机に肘を乗せ「人生なんてそんなものよ」と、しみじみ言った。


 妹よ……お前は一体、どんな人生を歩んできたんだ? もしかして、どこかのOLさんでも転生してるのか?


「でも後々、考えると当然かぁ……って思える事、結構あるのよね」

「どういうこと?」


 俺がそう質問すると、なぜか妹は手を差し出してくる。


「なんだよ?」

「教えるから、お駄賃を頂戴!」

「ちゃっかりしてるな。あとで御菓子を奢ってやるよ」

「やった! えっとね……お兄ちゃんは、前にも言ったけど悲観的すぎるの! だから好意を寄せている人が居るのに、なかなか気付かないんだよ」


 妹はそう言って立ち上がり、俺の向かいに座る。


「まぁ……否定は出来ないかな」

「でしょ!? お兄ちゃんが気付かないなら、相手は自分から動くしかない。でも好きな人に告白するのは凄く勇気のいる事だから、みんな一歩踏み出せるキッカケをずっと待ってるの」

「キッカケね……そのキッカケが今回は転校だったと?」


 妹はビシッと人差し指で俺を指すと「そう! 当たり!」と言って、指を引っ込める。


 そして「だから皆、同じタイミングで告白してきたんだと思うのよね~」と言うと、腕を組んで、ウンウンと頷いた。


「なるほどね……」

「実を言うと、杏ちゃん。私が転校の事を言わなくても、何となく気付いていたみたいだったの」

「え? そうなのか?」


 妹は頬杖を掻くと「うん。お互いの家を出入りできる間柄だし、何か聞いちゃったんじゃない? 何度かそれっぽい質問を私にしてきたよ。だからあの日、お兄ちゃんに転校のこと言わないの? って、聞いたんだよ」


「そうだったのか……気を遣わせて悪かったな」

「うぅん、大丈夫」


 俺を怒ったあの時の杏、いつもは温厚なのにちょっと様子が変だったからな……なかなか打ち明けてくれない不満を募らせていたのかもしれない。


「ところで、返事はどうするつもりなの?」

「あ! 肝心な話を忘れてた!」

「しっかりしてよねぇ……」

「なぁ? どうしたら良いと思う?」


 妹は人差し指をほっぺにあて、「そうねぇ……」と言って、天井に視線を向ける──何か思いついたのか、視線を俺の方に戻すと、「みんな家に呼んで決めれば?」


「──はい? お前なぁ……他人事だと思って、凄いこと言うなよ」

「え~……ダメ? 転校まであと1週間チョイしかないし、好きな人の家に行くってハードル高いから、本気でお兄ちゃんを想ってる人しか来ないし、これしかないって思うんだけど?」

「んー……」


 俺は腕を組み少し考えてみる──そう言われると「良い案な気がしてきた」


「でしょ!? じゃあ決まりね」と、妹は言って立ち上がり、「時間ないから呼ぶなら明後日の夜?」と、聞いてくる。


「そうだな……それぐらいだな」と、俺が答えると、妹は部屋の出入り口に向かって歩き出す──そして部屋のドアを開け「お母さーん」と声を掛けた。


 俺は慌てて立ち上がり「ちょっと待て! 何で母さんが関係ある!?」


「だって、お兄ちゃんの彼女になる人なんだから、顔合わせした方がいいでしょ?」

「いやいやいや、早いって!」

「早くないよ。それにもし、彼女になったら内緒で過ごすより、ずっと楽だと思うよ?」

「それは……」


 一理ある。でも本当にこのまま進めて良いのか? と、迷っていると一階の方から「どうしたの?」と、母さんの声が聞こえてくる。


「話したい事あるのー。今から下に行く」

「分かったー」


 妹は母さんとの会話が終わるとクルッとこちらを向いて「じゃあ、そういう事で。私はお母さんと当日の事を話してくるね」っと、言って満面な笑みを浮かべた。


「おい、なんか楽しんでないか?」

「ないない」と、妹は言いながら手をお辞儀させると、俺に背を向け部屋を出て行く──。


 俺はヒッソリとドアに近づき、耳を当てる。妹は「──あ~、楽しみ」とボソッと呟いていた。


 楽しみにしてるんじゃないかい! あ~……してやられてしまった──はてさて、当日はどうなる事やら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る