第7話

 俺は一旦、教室に戻りロッカーから水着を回収すると、プールへと向かった──すると誰かと待ち合わせをしているのか、窓の前で凛ちゃんがキョロキョロしながら立っていた。


「あ、先輩!」


 俺を見つけた凛ちゃんは、子犬のように可愛く駆け寄ってきて「今日は泳ぐ日ですか!?」と話しかけてきた。


「うん、そのつもりで来てみた。凛ちゃんは?」

「もちろん私もです! だから──」と、凛ちゃんは言って、スカートをたくし上げる。


「わわ、何をやってるの!?」


 俺は慌てて、両手で見えない様に隠そうとした。凛ちゃんは笑顔で「先輩、なに慌てちゃってるんですか? 下は水着なんで大丈夫ですよ?」


「それでも人前でマズイって!」


 凛ちゃんはスカートを戻すと唇を尖らせ「はいはい、大丈夫ですよ~。こんなことをするのは先輩だけですから」と、ボソッと言った。


 何だか嬉しくなるようなことが聞こえてきたが、とりあえず「コホンッ」と咳払いをして、平静を装う。


「以後、気を付ける様に」

「はーい。それより先輩、早く泳ぎましょ」

「そうだな」


 ※※※


 ──泳ぎだして数十分して、凛ちゃんはプールから出る。俺の方に体を向けると、両手を口に添えて「先輩、そろそろ出ないと危ないですよ?」と声を掛けてくれた。


「んー、まだ大丈夫だよ。いつもこれぐらい泳いでるし」


 凛ちゃんは両手を腰に当てると「もう! 危なくなってもしりませんよ?」


「大丈夫、大丈夫」と俺が答えた瞬間──ふくらはぎがピキッとつってしまう。


 いままで泳いでる途中につった事がない俺はヤバっ! と慌ててしまい、溺れそうになる。


「先輩ッ!!」


 凛ちゃんがそう叫びながら、プールに飛び込む──そして肩を貸してくれて「慌てないで、もう大丈夫ですから」


「あぁ、ごめん。ありがとう」

「はい!」


 俺達はゆっくりプールサイドに移動して、邪魔にならない様に壁に背中を預けて座った。


「あ~、びっくりした」

「それはこっちですよ!」

「面目ない……」

「先輩、具合悪くなってないですか? もし良かったら、膝枕してあげますよ?」

「え!? 良いの?」

「はい」


 ちょ、ちょっと水を飲んじゃったし、何だか気持ち悪い気がするなぁ……具合が悪いんだから仕方ないよな!? うんうん、仕方ない!


「じゃ、じゃあ遠慮なく……」

「はい、どうぞ」


 俺はゆっくり凛ちゃんの太ももに頭を乗せ、横になる──うひょー!!! なんだこの丁度いい弾力は! それに人肌が心地よいじゃないか!! 


「こんなことを言うのは不謹慎かもしれませんが……こうやって恩返し出来て良かったです」

「え? 恩返し?」

「はい! 小学校の夏休み。友達に誘われて学校のプールに行ったのは良いですが、私は泳げなくて、プールサイドでポツンと一人で座っていました。その時に『泳がないの?』って声を掛けてくれたのが先輩でした」

「あ……」


 確かにそんなことあった……あれが凛ちゃんだったのか。


「思い出してくれました?」

「うん、思い出した」

「良かった……それから先輩が、私を見つける度に声を掛けてくれて、泳ぎを教えてくれたから、泳ぐことが楽しくなって、今こうして続けられているんです。だからいつか、恩返ししたいなぁって思ってました」

「そうだったんだ……」


 凛ちゃんは急に俺から顔を逸らし、床を見つめながら悲しげな表情を浮かべる。


「先輩」

「どうしたの?」

「転校するって、本当ですか?」


 凛ちゃんにも伝わっていたのか……色々なところで繋がっているんだな。


「本当だよ」

「やっぱり……中学の時は一緒になれなかったから、高校になってやっと一緒になれたと思っていたのに……」

「ごめんね」


 凛ちゃんはブンブンと大きく首を横に振ると「先輩は悪くないので、気にしないでください」


「ありがとう」

「──ねぇ先輩。恩返しの他に、もう一つやりたいことがあるんですが、今ここでいいですか?」

「良いけど、何?」


 凛ちゃんは黒色のキャップを脱ぐと、顔を赤く染めながら俺を見つめる。


「私……あの頃からずっと、先輩のことが好きでした。こんなタイミングで言われて、困るとは思いますが、私とお付き合いしてください!」


 マジか!!! 何だか人生のモテ期をここで全て消費してしまった様な感じだ。さて、どうする? とりあえず──。


「凛ちゃん、気持ちは凄く嬉しい。でも……他の人にも告白して貰ったから、気持ちを整理してから答えたいんだ」


 凛ちゃんは動揺を隠せないようで、耳に髪を掛けながら俯く。


「そうだったんですね……分かりました、待ってます」

「ありがとう」


 俺はそう言って起き上がろうとする。凛ちゃんはなぜか、手で肩を押さえ、それを止めた。


「先輩、まだ私は平気ですよ?」

「え、そう? だったらもう少し、こうさせて貰うかな」


 凛ちゃんは俺の言葉が嬉しかったようで、ニコッと微笑むと「はい!」と元気よく返事をした。


「──先輩。私の膝枕、どうですか?」

「気持ちいいよ」

「ふふ……正直ですね。どうやら下も正直のようなので見ない様にしておきますね」


 確かにさっきから言う事を聞いてくれない。まったく困った奴だ。


「お、おぅ……そうして下さい」

「はい」

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