第3話
それから俺は休み時間に飛鳥さんと平凡な会話をしたり、杏と一緒に登下校したり、体育館に行って、飛鳥さんとバスケをしたり、室内プールに行って水泳をしたりと転校が近いのに充実した日々を送った──。
そんなある日。選挙が近いからと選挙管理委員会の俺と飛鳥さんは三年生の教室に集まった。
──やることの説明が終わり、俺達は教室を出る。黙って歩き続けていると、飛鳥さんは後ろから腕の裾を掴んだ。
俺は足を止め、後ろを振り返ると「どうしたの?」
「えっと……私ね。その……知らない人が大勢の居るところで説明聞いたりすると、緊張しちゃって、話が入って来なくなっちゃうんだ」
俺も人見知りな方だけど、飛鳥さんは更に人見知りって事なのかな?
「でね……悪いとは思ってるんだけど、選挙管理委員会の仕事がある時、私に指示してくれないかな?」
飛鳥さんは目をウルウルとさせながら、本当に申し訳なさそうな表情で俺を見つめる。そんな顔されちゃ、断る訳にはいかない。
「いいよ。一緒に頑張ろう」
俺がそう返事をすると、飛鳥さんはさっきの顔が嘘だったかのようにパァァァ……ッと明るい表情をみせ「うん!」と、元気よく返事をした。
※※※
こうして選挙管理委員会の仕事が始まり、俺達は難なくこなしていった──今日は最後の仕事、体育館の椅子並べだ。
「飛鳥さん、それ並べたら終わりだから」
「はい」
飛鳥さんが椅子を並べるのを見守っていると、委員長が大きな声で「それでは、これで終わりです。皆さん、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」と、委員会の人達がそれぞれ声を出し、ゾロゾロと体育館の出入り口に向かって歩いていく。
「俺達も帰ろうか?」
「うん」
──俺達は肩を並べて歩き出し、体育館から出た。しばらくそのまま歩いていると、「ねぇ、蒼汰君」と、飛鳥さんが話しかけてくる。
「なに?」
「今まで、ありがとうね」
「大した事してないよ」
飛鳥さんは首を横に振ると「うぅん、そんなことない。正直に言うとね、私……人見知りが激しいから、良く分からないところを聞けなくて、さぼってしまった事が結構あったんだ。でもね──」と言って、ゆっくり足を止めた。
そして俯き加減で「蒼汰君なら大丈夫だと思ったから、ここまで来れたんだ」
「俺なら大丈夫?」
「うん。消しゴムを落としてしまったあの日、拾いに行きたいけど、取りに行って嫌な顔をされたら嫌だな……って困っていたんだけど、今までの経験から誰も拾ってくれないだろうし、あとで拾おうと諦めていた」
飛鳥さんはそう言って顔を上げると、俺の顔をジッと見つめる。
「だけど……だけど、あなたは拾ってくれて、笑顔で渡してくれた。それが嬉しかったから、蒼汰君なら大丈夫だと思えたの」
「そうだったんだ……」
消しゴムを拾っただけなのに、そんな風に思ってくれていたんだ……何だか嬉しいな。飛鳥さんは両手を前に出し、深々とお辞儀をすると、ニコッと微笑む。
「委員会の仕事はこれで終わってしまったけど、これからも宜しくお願いしますね」
「うん、よろしくね」
※※※
俺は家に帰ると自分の部屋に向かった──ドアを開けると、杏が白いクッションに正座をして壁を見据えていた。
「なんだ。今日はビックリしないのか?」
俺は冗談交じりにそう言った──が、杏はピクリとも動かず、返事をしなかった。
なんか様子が変だな……俺は通学鞄を床に置きながら「おーい、どうした? もしかして、何か怒ってるのか?」と聞いてみた。
杏は両手で机をバンッ! と、叩くと立ち上がり「怒ってる!」
「何を怒ってるんだ?」と、俺が聞くと、杏はズンズン俺に近づいて来て、ピタッと俺の前で足を止めた。
「あなた私に、おーーーきな隠し事してるよね!?」
「大きな隠し事?」
心当たりがあり過ぎて良く分からない──あ! もしかしてあれがバレたのか!?
「えっと……もしかしてだけど、お前の部屋に行った時、出来心でタンスを開けたの……バレた?」
俺がそう言った瞬間、杏の顔が見る見る強張っていく。
「はぁ!? あなた、そんな事をしていたの!?」
「ひぃ!」
違ったのか! 火に油を注いでしまった!!
「お、お助けを~」
杏は腰に両手を当てると「フンッ」と鼻から息を吐く。次第に強張った顔が緩んでいき「──まぁ、そんな小さい事は良いわ」と言ってくれた。
小さい事なのか? ま、まぁとりあえず良かった。そんな風に思っていると、杏の顔が曇り始める。
「私が聞きたいのは──転校。どうして転校のことを黙っていたの!?」
「え……何でお前がその事を!?」
「──
「あいつめ……余計な事を──」
妹に文句を言おうと思って動き出すと、杏は俺の手首を掴み止める。
「ちょっと待って! 亜希ちゃんは悪くない! 亜希ちゃんは私と蒼汰の事を思って話してくれたんだよ!?」
それは分かってる……分かってるけど! 心の準備が出来てないから、まだ話して欲しくなかった。
シーン……と、静まり返る部屋の中、時計の音だけが鳴り響く──何を話したら良いのか分からず、黙り込んでいると、杏は力が抜けたかのようにスルスルと、俺の手首から手を離した。
「あなたとは小学校の頃から一緒で、ずっと仲良く過ごしてきたから、こんな大事な話だったら、私にだけでも話してくれると信じてた……なのに……なのに、ずっと黙ってるなんて酷いよッ!!」
杏はそう言って俺を押しのけ、部屋を出て行く。その時、手の甲に冷たいものを感じた。
俺は……大切な幼馴染を傷つけて何をやっているんだ。
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