第9話 仲が良い?
「改めて、試験やレポートお疲れ様。一年の頃は、講義も詰め込みがちになるから、忙しかったでしょ」
「そうですね。短期ですがスーパーでアルバイトもしていたので、なかなか忙しかったです」
「うわ! そうだったんだ、お疲れ様。すごいな、僕が一年の頃は、そんなに色々できなかったよ。真志みたいに、バイトで単位落としかけたりとかしたくなかったし」
真志、宮本先輩のことだ。
彼の口から発せられたその名に、三月の心臓が大きく跳ねる。
あの警告を受けたのはもう何ヶ月も前のことなのに、未だに思い出すと体が強張ってしまう。
三月は膝の上で手のひらを握りしめる。手の中にあったアイスの包み紙が、握りつぶされてくしゃりと音を立てた。
「あの、神崎先輩は……宮本先輩と仲良いんですか?」
「え? んー、いちおう高校からの縁だけど、仲が良いかと聞かれると微妙かなあ。どっか冷めたところがあるっていうか」
あいつ口が悪いからなあ、という優太の呟きを聞きながら、三月は真志の言葉を思い出す。
あれは口が悪いというよりも、何か別の含みがあるような言い方だった。
「中山さん、もしかしてアイツと何かあった?」
弾かれたように三月が顔を上げると、眉を潜めて真剣な表情をしている優太と目が合った。
「え、いえ、あの」
「何かあったんだったら言って。何か……することはないと思うけど、アイツ、中山さんの気に触るようなことを言ったりした?」
本当のことを言うと、嫌なことを言われた。
しかしそれをここで優太に言ってしまうのは、告げ口をしているような後ろめたさを感じる。この一言が、余計なトラブルに発展してしまうかもしれないのだ。
「いいえ、本当に大丈夫ですから! ただ、お二人のタイプが正反対なので、少し気になっただけで」
「――だったら良いけど。本当に何かあったらちゃんと言ってね。内容にもよるけど、僕から注意して、何だったら直接謝罪に行かせるから」
それはそれで恐ろしい気がする。いや、寧ろそれで素直に謝罪にくるなら、微笑ましいのかもしれない。
優太に怒られ、自分に頭を下げに来る真志の姿を思い浮かべ、三月はつい声を発して笑う。
眉間に皺を作っていた優太も、ようやく表情を和らげた。
「良かった、中山さんが笑ってくれて。最近、ゆっくり会う機会がなかったから、忙しくて疲れてるのかなって思ってたんだけど」
優太が自分を気にかけていてくれていた。それが分かると、沈んでいた三月の心が少し浮上する。
しかし、疲れてるのは、彼の方ではないだろうか。
「大丈夫です。あの、先輩こそ、疲れてるんじゃないかなって」
「え、僕? あー、僕は大丈夫だよ。こうしてちゃんと睡眠はとってるし」
「あんな所で眠るのは、ちゃんとじゃないですよ」
ごめん、と言って笑う優太の表情は緩んでいて、本当に大丈夫なのかと疑ってしまう。思わず三月は睨むような表情で優太の顔を見つめた。
「疑われてる? あー、うん。じゃあ、僕がまた変なところで寝ちゃってたら、中山さん起こしてくれる?」
「そりゃ、起こしますよ。熱中症は命に関わりますからね」
眉を上げ、表情を引き締めた三月がおかしかったのか、優太が吹き出して鈴を転がしたように笑う。
釣られて、三月も眉を下げて口元を緩めた。
なんだか、以前の雰囲気に戻ったみたいだ。自分のことが迷惑かも、なんて、杞憂だったのかもしれない。
「まぁ、起こす目的じゃなくても、時々こうやって声をかけてくれると嬉しいな」
「は、はい、それは、勿論」
三月が声を弾ませて返事をすると、優太が顔を上げて短く声を発した。彼の視線は、公園に設置された時計に向けられている。
「久しぶりだし、まだまだゆっくり話がしたいけど、あんまり引き止めちゃっても悪いかな」
「いえ、まだ時間は」
ある、と三月は言いかけて、今日の夕飯は、家族そろって食べる約束をしていたことを思い出す。
あまり遅くなると夕飯の時間に間に合わないかもしれない。せっかく母が自分の好物を用意してくれているのに。
「そう、ですね。残念ですが、そろそろ駅に向かいます。先輩、アイスごちそうさまでした、とっても美味しかったです!」
ベンチから立ち上がりスカートの砂を軽く払うと、三月は優太に向かって頭を下げた。
顔を上げると、優太が片手を差し出している。まるで手を繋ぐ時のような仕草にも思えて、一瞬で三月の顔に熱が集まった。
「せ、先輩、あの」
「僕こそ、ありがとう。ゴミ、捨ててくるからもらっちゃうね。ここで待ってて、駅まで送っていくから」
「あ……ゴミを」
手を繋ぐなどと、自分は何を思っていたのだろう。恥ずかしさに顔を赤らめて、三月は手の中の紙を彼に差し出した。
彼がゴミ箱の方へ走っていく背を眺めながら、ようやく先輩にゴミ捨てをさせてしまったことにも気づく。
今更自分が捨てに行くとも言えず、三月は諦めてベンチに座り直した。
なんだか調子が狂う。せっかく会えたのに、空回り気味だ。
「あれ……?」
ふとあることに気づいて、三月は疑問の声を上げる。ゴミを捨てた優太が、何故か公園の入り口の方へ歩いていくのだ。
そこには小学生くらいの女の子が一人。どうやらその子に声をかけられたようだが、知り合いなのだろうか。
身を屈めて女の子と視線を合わせ、優太は柔らかな笑みを浮かべている。女の子も満面の笑みで大きく腕を振り回し、何事かを一生懸命に話している。
一言、二言と言葉を交わすと、優太と女の子は手を振って別れた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いいえ。知っている子ですか?」
「うん。あることがきっかけで知り合った子なんだけど、当時すごく落ち込んでてね。今は元気になったみたいで良かったなって」
まるで自分のことのように微笑む優太が眩しくて、三月は目を細める。彼の笑みはまるで木漏れ日のような、優しい笑顔だった。
「じゃあ、行こうか。今度こそ、荷物は僕が持つからね」
そう告げるなり、彼は三月のキャリーバッグを手に取って歩き出してしまう。
思わぬ素早さに反応が遅れ、三月は慌てて彼の後を追う。
「ええっ⁉︎ そんな、先輩」
振り返った優太は、いたずらっ子のように微笑んでいた。
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