第8話 アイスもなか
案内をしてくれる優太と少し距離を開けて、三月は道路の端を歩いていた。持ってくれようとする優太から死守したキャリーバッグが、いびつなコンクリートに揺らされてガタガタと音を立てている。
「中山さんは、この辺りに来たことある?」
「いいえ。初めてです」
買い物ならば、下宿先の近くにあるスーパーでことが足りてしまうし、遊ぶ場所もお茶をする場所も大抵商店街の中で済ませている。
この通りは塾や地元の中小企業が入っているビルが多く、学生向きではない気がして立ち入らないままになっていたのだ。歩道という歩道もなく、人通りも少ない。時折、地元の人が運転する自転車とすれ違うくらいだ。
「そうだね。治安の悪い場所でもないけど、あんまり女の子が散策してみようって思うところでもないよね。あ、ここだよ」
斜め前を指さした優太に釣られ、三月はその店に視線を向ける。
変色してしまった外壁が目立つ、年季の入ったビルの一階だ。そこに、小さな店舗がぎゅっと押し込まれている。
扉は自動ではなく手動のようだ。ガラス張りで店内の様子が丸見えだ。中は意外にも明るい雰囲気で、真新しいクリーム色の壁紙には染み一つない。スタッフのいるカウンターと頭上にあるメニュー表、そして脚の長い椅子とテーブルが二組、喫茶スペースに置かれていた。チェーン展開しているコーヒーショップと似た雰囲気だ。
「お客さん、入ってるんですね」
「意外だよね。最近できたお店で、結構人気みたいだよ」
テーブルは二つとも埋まっている。高校生くらいの女の子たちが、向かい合って談笑していた。その姿も、店内の華やかな雰囲気に一役買っているように思える。
「ここ、珈琲とかレモネードとかも美味しいんだけど、アイスもなかがめちゃくちゃ美味しいんだ」
「『アイスもなか』?」
もなかと言えば、あの
こういった店で出されるアイスもなかとは、どんなものだろうか。
「中山さん、アイスもなか大丈夫?」
「はい。せっかくなので食べてみたいです!」
思わず食い気味に答えた三月に、優太は声を出して笑う。
「暑いし店内で食べたかったけど、難しそうだね。近くの公園に
急いで買ってくるね。
優太はそう言って、店内に入っていった。
公園は、店から歩いて数分もかからない場所にあった。比較的小さめの公園で、滑り台やブランコ、砂場などがある。そして砂場の傍に、正四角錐の屋根が乗った東屋があった。
時間帯か季節か、遊んでいる子どもも散歩をしている人もいない。
二人はそこに逃げ込むように入ると、木製の椅子に腰を下ろした。
冷房が効いているわけではないが、日陰というだけで随分と涼しく感じる。
ほっと三月が息を吐いたところで、優太が手に持ったアイスもなかを差し出してくれた。四角形の紙に挟まれて、一見肉まんを手渡されたようにも思える。しかしその中身は、黄金色をした
つるりとした丸いフォルムの最中は、想像していたよりもずっと薄く小さく見えた。
「ごめんね、急かしちゃって。溶けちゃうから、早速食べようか」
「はい、いただきます」
言うなり三月は、最中を齧る。パリッという軽い歯ごたえと共に、最中が綺麗に割れた。サクサクしていてクラッカーのようだ。咀嚼していると、口の中に張りつくことなく、すっと
最初の一口では中身まで食べることができず、空いた穴からバニラアイスがちらりと顔を覗かせている。黄色っぽい色をしていて、溶けかけた様子がカスタードクリームのようだ。
三月は一際大きな口を開け、最中とアイスにまとめてかぶりつく。
パリッとした食感の後に、甘くて冷たいアイスクリームが口の中に広がった。ただのバニラアイスではなく、シャーベットのようにシャリシャリしている。卵のような味が強い。どこか昔懐かしい味だ。
「とっても美味しいです! すごい、アイスもなかってこんなに美味しいんですね」
「ね、これはびっくりするよね。僕も最初感動すら覚えたよ」
優太は早くも食べ終えたようで、包んであった紙を更に小さく四角形に折りたたんで遊んでいる。
「僕のことはいいから、溶けないようにだけ注意しながらゆっくり食べてね」
「ありがとう、ございます」
ゆっくり、と言われたが、これはあっという間に食べてしまいそうだ。三月はそんなことを考えながら、ひたすらに口を動かした。
夢中になって最後の一口を食べ終え一息つくと、目の前に一本のペットボトルが差し出される。
中では透明な液体が揺れていて、優太がそれを差し出し微笑んでいた。
「こういう甘いものを食べた後って、不思議とお水欲しくならない? さっきくれた麦茶の代わり」
彼の後ろに自動販売機が見える。三月が夢中で食べている間に、こっそり買ってきてくれたようだ。
反射的に受け取って、三月は恐縮して頭を下げる。
「ありがとうございます。あの、アイスもですけど、お金……」
「僕、お礼だって言ったよね? こういう時は、格好つけさせてよ」
優太が口をとがらせて言うので、三月は黙ってそれを受け取ることにした。こういう場面で無理やり食い下がるのも、失礼なような気がする。
舌の上には甘いアイスの余韻が残っている。冷たさと甘さを噛みしめながら、彼女は視線を落とす。
今更のように、優太と二人きりだという実感が湧いてきた。
公園のどこかで鳴いている蝉の声が、少し頼もしく思えるほどには沈黙が気まずい。
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