第70話 〜「勇者"カレン・ユーリ・オリエント"」〜
ーー酒場「ラフィール」 vs.ユグリッド
「……な、何してる?! お前たちはさっさと死に損ないの"女狐"を片付けろ!!」
ユグリッドの負傷に立ち尽くし、狼狽する"B棟"の5人の眷属。
ユグリッドが吐き捨てた言葉で我に返り、一斉にリッカへと襲いかかるが、そのうちの1人は駆け出した瞬間にユグリッドに捕捉され、
ガブゥッ!!
その首元に牙を突き立てられた。
「んっ!! あっ! ユ、ユグリッド様!?」
牙を立てられた眷属の1人のローブがハラリと取れると、そこには恍惚とした表情を浮かべた美女が現れる。
しかし、そのまま白目を剥き、
ドサッ……
その場に倒れ込む。
眷属の血で回復を図るユグリッド。
その鋭い眼光はカレンに向いたままだ。
「……勇者の血はどんな味なのかなぁ?」
ユグリッドはバッと一瞬で腕を生やし、カレンの一挙手一投足に集中しながらも、ニヤァアと口角を吊り上げる。
「……仲間、じゃないんだ……?」
カレンは神威(カムイ)を手放し、他の7本の聖剣と共に《追従》させる。
駆け出した4人がリッカに向かう最中もユグリッドだけを睨みつけて……。
「《血槍(ブラッドランス)》!」
1人は駆けながら血の槍を3つ創造し、
「《血飛剣(ブラッティソード)》!」
1人は5本の血の剣の切っ先をリッカに向ける。
「《血拳装換(ブラッドナックル)》」
1人は拳に血を纏わせ、
「《血弾丸(ブラッティバレッド)》!」
1人は小さい血の玉を複数引き連れた。
ザザッ!!
身動きも取れず、氷で迎撃しようとするリッカの前にカレンが割って入る。左手に防御の聖剣"リジル"を持ち、右手に聖剣"フレイ"を取る。
ーー強くなるには……? バカめ。そんなもの自分で考えろ! ってか、お前、ちゃんと自分の力を把握してるのか?
アードの言葉を頼りに『改』に至った。
グリムゼードに敗戦してからの1ヶ月、誰よりももがき苦しんだのはカレンなのだ。
ランドルフに転移魔法を頼んでは、アードと初めて模擬戦をした「ジュラの丘」で、“聖剣と向き合った”。
“なんとなく”。
使っていた。使えているつもりだった。
カレンは初めて自分のスキル【聖剣神技】を研究し学び始めていたのだ。常に頭には『敗戦』と、【縮小】と呼ばれるスキルで無双するアードの姿があった。
(……ありがとう、アード様。僕はまだまだ強くなれる!!)
心の中で不在のアードに感謝を伸べ、
「《千剣聖乱・改》……」
フレイの武技を発動させる。
ババババババババッ……!!
無数の刃が眷属とユグリッドに襲い掛かる。
コレまでのように無差別なものではなく、イメージをより強くした《千剣聖乱》。
眷属たちが創造した《血(ブラッド)》は、地面から突き上がる黒い刃と頭上から降り注ぐ光の刃に打ち消され、
グザッグザッグザッグザッ……!!
眷属たちの両腕は光の刃に、両足は黒い刃に拘束させた。
うめき声を上げる眷属たちにユグリッドはギリッと歯軋りをすると、
「……調子に乗らないでよ?」
低く低くつぶやいた。
ユグリッドは血で作り上げられた球体状の防壁で簡単に難を逃れると、「あぁ。もう!」と髪を掻きむしる。
(……“負けました”なんて言えるはずがない。ただでさえ、ミスをして……。もう、皆殺しにするしか生き残れない!!)
「主」に嫌われてしまう事への恐怖がユグリッドを支配する。
そして……、
「……このクソザコと死に損ないが……!!」
魔力を全解放し、本物の姿を見せる。
ズワァァアァアッ……!!
綺麗な白髪に鋭利な2本の牙。
真っ白い陶器のような肌に、深い深い紅の瞳。
漏れ出る魔力は、四天怪鳥と同等。
神々しさすら感じる絶世の美少年は、似つかわしくない悍ましい笑みを浮かべる。
「カ、カレン!! 来るの!!!!」
リッカの叫びにハッと身構えたカレン。
左手のリジルはそのままに、右手を聖剣"陽炎(カゲロウ)"に持ち替えるが、
「えっ……?」
目の前にはユグリッドに《吸血》され、意識を失っている眷属(少女)がユグリッドに蹴り飛ばされて向かってくるところだった。
ガシッ!!
カレンは『無理矢理、眷属にされていた』であろう少女を受け止め、ゾッとすると同時に叫んだ。
「リッカちゃん!!!!」
ユグリッドは一目散にリッカへと向かった。
「アハハハハッ!! やっぱり、君が1番厄介なんだよねぇえ!!」
ユグリッドの指10本から伸びる《黒血爪》は鋭く、圧縮されすぎた"黒い血"は見た目でも、その強度がわかる。
ザバッ!!
ユグリッドの振り上げた両腕。
「逃げて!! リッカちゃん!!」
リッカはカレンの叫びに反応しなかった。
少し驚いたようなリッカな表情に、ユグリッドは再度、勝利を確信する。
「バイバイ、"九羅魔(クラマ)"!!」
先程までの激昂している姿は決して演技ではない。
しかし、頭の奥底はひどく冷静で、ここでリッカを討ち取る事の意味をユグリッドは理解していた。
(とりあえず、コイツの息の根はここで……)
カレンの善戦もユグリッドの予想の範疇をはるかに超えていた。無傷での勝利は叶わないかもしれないと冷静な部分ではわかっていた。
でも、リッカが回復してしまえば、そもそも勝てるかどうかがわからない。
ユグリッドは優先順位を間違える事はなかった。
完全に虚をつかれたはずのリッカは、絶対絶命の窮地で……、
ニヤァ……
幼女らしからぬ冷たく残忍な……恐ろしく美しい笑みを浮かべた。
「甘く見てたの。妾もお前も。"勇者"という存在を……。だから、お前は死ぬの……」
その次の瞬間、
パリンッ!!!!
ラフィールにガラスのようなものが弾け飛ぶ音が響き、
グザンッ!!!!
ユグリッドの首が宙を舞った。
ユグリッドの伸ばした《黒血爪》はリッカの心臓のギリギリで止まり、ドロッと床に黒いシミをつける。
飛ばされた首はコロコロと床を転がる。
切り離された胴体は少し遅れてドサッと倒れ、
グジワァア……
その全てが《黒血爪》と同じように床にシミを残して消えたのだが……、
アードによって《縮小(シュリンク)》した「光の柱」が消え去る瞬間。その0コンマ数秒前には、ユグリッドの意識はすでに無くなっていた。
(……くっ……、アイツ……、『回収』されたの……!!)
リッカは即座に結論に行き着くが、アードの少し心配そうな瞳に気づき、少し頬を染めながらフイッと顔を背けた。
「……遅いの。主様……」
リッカの言葉と姿に、アードは「ふぅ~……」と深く息を吐き、ポリポリと頭を掻いてバツの悪そうな顔をする。
「……ふざけろ。ランドルフのバカ……アイツの"結界"のせいだ」
小さく呟いてリッカに視線を移すと、
「バカめ……さっさとアリスに治してもらえ」
そう言葉を続けた。
「……妾、頑張ったの」
先程とは打って変わって子供のようなリッカのドヤ顔にアードは「ふっ」と小さく笑う。
「……あぁ。さすが俺の『使い魔』だな……」
ポンッ……
アードはリッカの頭に手を置いた。
「……ふふふっ、……はいなの」
嬉しそうに頬を染めたリッカ。
アードは「ふっ」と小さく笑うと上着を脱ぎ、リッカに羽織らせる。
「ありがとうなの」
「……あぁ。お前、ノーパンだしな」
「………………」
「ギリギリ傷口の氷で見えなかったみたいだが……」
「…………あ、主様のせいなの!!」
急速に顔を赤くさせたリッカはここで初めて、アリステラやランドルフたちを包み込んでいた氷の球体を解いた。
「ア、ア、アード様ぁああ!!!! あ、ありがとうー!! ぼ、僕だけじゃ、やっぱり、ダメだったよぉお!! 大丈夫!? リッカちゃん! 僕、僕……、ごめんねぇえ!」
カレンの絶叫に、アードはまた苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、心底、安堵したように苦笑した。
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