第69話 〜ダイヤの吸血鬼〜




   ◆◆◆◆◆



 ユグリッドは血まみれで串刺しになっているリッカにニヤリと口角を吊り上げる。


「アッハハッ!! 君からは逃げるつもりだったんだよ? この5人を君にぶつけてる間にね?」


「……ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


「ダメダメ。人間なんて守る価値なんてないよ! それだけの力を持っていても、なかなかの致命傷じゃないかなぁ……?」



 ピキピキッ……ボトボトボトボトッ……



 血そのものを凍らせて地面に落とし、そのまま傷口も凍らせたリッカに、ユグリッドは魔力残量を気にかける。


 瀕死の状態であっても油断はできない。


 ユグリッドはリッカを軽んじる事はなかった。


「《魔流眼(マナ・アイズ)》」


 ズズズッ……


 ユグリッドが目に魔力を集めると、白目すらも紅に変化し瞳孔にだけ黒だけが残る。魔力の流れを可視化したユグリッドは緩む頬を抑える事ができなかった。


 供給され続けている分厚い氷への魔力。

 リッカの体内から失われていく魔力量に半ば勝利を確信した。


「ハハッ、アハハハッ!! 見捨てちゃえばいいのに、そんな"ゴミ共"!! あっ、でもありがとう! 05(ゼロゴー)を無傷で守ってくれて!」


「……この小娘はミザリー・ディ・ジュリミナード……なの……」


「アハッ……本当に僕の《魅了(チャーム)》が効いてなかったんだ。やってくれるよ! 本当にびっくりだ……」


「……ふぅ、ふぅ、ふぅ」


「自分が何者かわかってたのに、従順に実験され続けてたんだよ? 毎日、毎日、隣でガキ共が死んで行くのを黙って見てたんだ!?」


「……この小娘には"守るべき弟"がいたの」


「あれれ? "領主"って民を守る存在だよね? 自分や家族の身可愛さに黙認し続けてるなんて、本当……、『人間』って信用ならないよねぇ……?」


 ユグリッドは苛立ったように髪を掻きむしる。


「どれだけの苦悩があったのかお前には、いや……、誰にもわからないの!! 自分が人間でなくなる畏怖と無力を呪う日々。何度、"死にたい"と……何度、お前を"殺したい"と願ったのか……」


「……あの九羅魔(クラマ)も、すっかり牙が抜けたんだ? なんだか、人間みたいな事を言う……。“葛藤”なんて全てが詭弁。この世界は弱肉強食。それこそが真理で、"君は僕より弱かった"って事さ!!」



 ユグリッドの言葉にリッカは銀色の瞳を血走らせる。



「……小僧。妾を討つことができるのは妾の主、ただ1人。あまり図に乗るなよ……?」


「あぁ、怖い怖い!! 銀眼が冷たくて鋭いねぇ!! アハッ。アハハハッ!! それで? そこから何ができるのさ!? 天下の“九羅魔様”!」


「……守れる。妾は、お前が『逆鱗に触れる』まで、みんなを守れる……」


「アハッ……。“逆鱗”ってなにさ……。見苦しいよ? ……でも、出来るかなぁー……? 楽しみだよ……」


「ふっ。お前には楽しむ時間もない」


「アハッ……。《巨大血球(ブラッティ・アース)》」



 ズワァア……!!



「なっ……どこにそんな魔力が……!!」


 ユグリッドの叫びと共に、巨大な球体が現れ、その中で渦巻く、血の濁流はリッカに「死」を予感させた。


 リッカの《万能感知》すらもかいくぐる「空蝉(ウツセミ)のローブ」。


 『最終決戦(ラグナロク)』のため、吸血鬼の天敵である“獣国”を落とすために作られたローブは、まさに神級(ゴッズ)の代物だった。



「できるのならやって見せてよ。守れるんでしょ?」


 ユグリッドは小さく呟き、振り上げた手を下ろそうとするが……、



 ピキピキッ……ビキィイイッ!!



 ラフィールに氷がひび割れる音が響き渡り、



 ジュッ!



 氷の隙間からユグリッドの頬を掠めたのは、「光の糸」のようなものだった。



 ピキピキピキッ、ガゴッ!!



 分厚い氷から姿を見せたのは……、


 勇者“カレン・ユーリ・オリエント”。



「リッカちゃん。ありがとう……。大丈夫かな……?」


 カレンの手に握られているのは、聖剣"グラム"。


 グラムの武技は、本来であれば9つの光で相手を拘束し、巨大な"聖光(セイコウ)"を放つものだ。


 しかし、リッカの氷を打ち破りユグリッドの頬を掠めたのは、巨大な光の大砲ではなく、その質量を圧縮した光線状の《天牙聖光・改》だった。


「……カレン」


 リッカは驚いた様子で小さく呟き、ユグリッドはグッと眉間に皺を寄せた。


「早くアリスに治癒してもらった方がいいよ」


 カレンはリッカにニコッと笑い、ユグリッドに視線を向ける。


 真っ赤な短い赤髪を靡かせ、真紅の眼光は鋭い。


 背中に《追従》させているのは7本の聖剣。

 カレンはパッとグラムを手放すと、背中には8本の聖剣が円を描くようにカレンに付き従う。


 

 パッ……!!



 次に手に取ったのは、青白く綺麗に透き通る聖剣。


 リッカの"高密度の氷"とは違う、光輝く"聖なる氷"がサラサラと風に吹かれ、ボロボロの屋根の隙間から差し込む月明かりに照らされる。



 グザッ!!



「《氷天華(ヒョウテンカ)》《零度》……」



 カレンは即座に地面に聖剣"氷華(ヒョウカ)"を突き刺し、


 ピキピキピキキキキッ……


 リッカの氷で冷え切ったラフィールの床に、更なる氷を走らせる。


「ハハッ、こんなに遅い、」


「《聖天の霹靂》……!!」



 グザンッ!!



 ユグリッドの腕が宙に飛ぶ。

 カレンの手には聖剣"神威(カムイ)"。

 刀型の最速の剣が握られている。



 プシュッゥウッ!!



「グァアアアア!!」


 ユグリッドの腕からは血が流れる。


(……コ、コイツ……!! コイツ……。コイツコイツコイツコイツコイツッ! "父様"に与えて貰った僕の血を!!)


 激痛に顔を歪めながらユグリッドは血走ったままの瞳でカレンを睨みつける。


 最速の剣ではあるが、カレンの狙いはユグリッドの首。即座に反応し、躱したユグリッドの反応速度は魔将王に近いものがあったが、時間は過ぎる。



 ピキキキキ、ビギンッ!!


 

 聖剣"氷華(ヒョウカ)"から放たれた氷が、血が蠢(うごめ)き渦巻いているユグリッドの《血球》を飲み込んだ。


「……カ、カレン」


 リッカの小さな呟き。

 それは"脱出不可能"の自分の氷から抜け出して来た事への驚きと、「歴代最強の勇者」を軽んじていた事への謝罪を意味する。


「……ごめんね。リッカちゃん……。本当にありがとう。今度は僕が守るから……!! だから……早く! アリスの氷を解いて、治癒してもらうんだ……」


 再三となるカレンの言葉にリッカは唖然とする。


「……すごいの……」


 勇者の後ろ姿。サラサラと靡く短い赤髪。リッカは一本軸が入っている凛とした後ろ姿を見上げ、人化するための魔力を温存し、【獣化】する事を躊躇った。



 



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