第68話 〜使い魔としての誇り〜



   ◇◇◇【SIDE:リッカ】



 ――酒場「ラフィール」


 

「まずは"研究室"の場所の特定だよね」

「いや、まずは親たちに何があったのかを知るべきじゃろぅ?」

「相手に察知される可能性は考えなければなりません。目立つよりも先に叩く方がよろしいのでは?」


 カレン、ランドルフ、アリスの心はここにはない。ただ、「話し合わなければいけない」という使命感で言葉をツラツラと垂れ流しているだけ。


 なんの熱もない“作戦会議”が進んでいる。



 でも……それも仕方がないの。



 先程のカレンと主様の言葉の数々。

 カレンの意思……いや、エゴの押し付け……。


 ――だから、命に優先順位をつけるんだよ!


 主様の言葉こそが真理だ。


 カレンの言葉はただの願望でしかない。


 そのはずなのに、主様に微(かす)かに、でも確実に滲んだのは「希望」と「憧憬」だった。


 カレンの言葉に、主様は「希望」を見た。


 きっと本人は絶対に認めない。

 でも、妾に嘘は通じない……。



 でも、主様の言葉が正しいの。

 それは絶対に間違いないの……。



 “世界”はそんなに甘くない。

 “世界”はそんなに単純ではない。


 カレンは……、

 きっと、体温が無くなっていく亡骸を感じた事がないのだろう。硬くなっていく肉の感触を抱きしめ続けた事がないのだろう。


 何よりも大切な存在が消えていく。

 自分の心がドロドロに溶けて無くなって、それを埋め尽くすように闇が流れ込んでくる感覚を知らないんだろう……。


 “綺麗事だけじゃ何もできない”

 “願望だけじゃ何も変わらない”


 でも、“それ”は妾も同じだった。


 「過去を知りたい」と使い魔となったのに、主様の言葉に滲む「焦燥」「畏怖」「憤怒」「拒絶」『懺悔』に、妾は立ちすくみ身体を震わす事しかできなかった。


 主様から漏れ出す、人ならざる『様々な者の気配』と圧力に立っているのがやっとだった。


 『これ以上、踏み込むな』

 『傷つけるなら容赦はしない』

 『記憶を刺激する事は許さない』


 触れてはならない"逆鱗"。


 「感情を読み取れる」

 「気配をより察知できる」


 その結果が、カタカタと震えて“拒絶されること”を恐れる事しか出来ない、"4000年生きた小娘"だった。


 何が、使い魔だ。

 何が、そこだけは譲れないだ……。


 妾は、深淵を覗く事を……、主様が作り出す巨壁に触れる事すらできない臆病者だった。



 ――ウチは行きます。


 シルフの「強さ」に涙が滲んだ。

 心の強さは、カレンと同等。シルフには、こと主様に関して言えば、それ以上の芯の強さがあった。

 

 使い魔は妾なの……。

 負けてられない。震えてばかりもいられない。


 妾は、妾が思っている以上に臆病者だった。


 でも、それじゃダメなの。


 妾には妾の出来ることを。

 自分の持ちうる知識や情報を『勇者パーティー』のために使うんだ。


 それで……、後で主様に褒めてもらうんだ。


 妾が「主様。さっきは随分と熱くなってたの」なんて憎まれ口を叩いて、「うるさいぞ、リッカ。お仕置きするぞ?」なんて、いつも通りの言葉を交わすんだ。



 そう……思っていたけど……、


 

 ピクッ……


「……?」


 微かな違和感を入り口に感じた。

 妾の視線にランドルフも即座に反応した。


 その、次の瞬間……、


 コンコンッ……


 入り口からノックの音が響いた。

 全員が一斉にガタッと立ち上がり、話し合いが中断される。



 ポワァア……



 ランドルフは、すぐさま魔法を展開し、ラフィールの床には巨大な魔法陣が広がっていく。


「ガーフィールよ……、今夜は団体様の予約があったのかのぉ?」


「……いや、知らねぇなあ」


 ガーフィールはそう呟きながら、カウンターの下から大きな斧を取り出して肩に担ぐ。


 カレンもアリスも警戒したように入り口を見つめるけど、“違和感”が消えない。


 なんなの……?

 こんなにおかしな気配、感じた事がないの。


 人間でも魔物でもない。

 ただ、“そこにいる”だけの「何か」……。


「ラ、ランドルフ、」


 ランドルフに確認を取ろうとした直後。



 ゾクゾクッ……


 背筋が凍った。


「伏せるの!!!!」


 妾が叫ぶと同時に、伏せたところでなんの意味もない事がわかってしまった。



 バキバキバキバキバキバキッ……



 視界が「赤」に埋め尽くされた。







    ※※※※※【vs.ユグリッド】





「はぁ、はぁ、はぁ……あ、主様。ごめんなさいなの。ちょっと……しくじったの……」



 リッカの足を、腕を、腹を、胸を《血(ブラッド)》が貫いている。それを眺めながらニヤァアと口角を吊り上げたのはユグリッドだ。


「ハハッ、アハハハッ!! 随分と丸くなったんだねぇ! 『九羅魔(クラマ)』!!」


「……妾は……『六花(リッカ)』……なの」


「ツイテるなぁ~!! この中で1番、厄介な君がそうそうに脱落してくれるなんて!! アハハハハハッ!」


 笑うユグリッドは吸血鬼(ヴァンパイア)の見た目とはかけ離れており、その後ろに控える、ユグリッドの"とっておきの眷属5名"にも、ダイヤの刺繍の入った黒ローブを装着させている。


 とてもじゃないが一目で吸血鬼とわかる者はいない。吸血鬼であると認識できる者はいない。



 ピキピキッ……



 リッカが展開した分厚い氷の球体に包まれた5人。


 分厚い氷の球体全てを包むように、血で創造された刃が、槍が、矢が、剣が埋め尽くされている。


(よかったの……。みんな……傷がなくて……)


 リッカは心の中で呟き、


「ゴップッ……」


 込み上がる吐き気に耐えられず血を吐いた。



「主様の大切な人……妾、ちゃんと守った……の……」



 ゴッポォッ……



 リッカの「白」が「赤」に染まる。



「リッカちゃん!!」

「リッカ殿!!」

「……リッカさん!!」

「「…………」」


 声は届かない。


 視界も塞がれるほどの分厚い氷。


 声を荒げた勇者パーティーと、青白い顔を浮かべたミザリー、ただ目を見開きギリギリと歯軋りをしたガーフィール。


 リッカの分厚い氷は世界と隔絶させた。



 ピキピキッビキ……



 一瞬にして冷気を伴ったラフィール。

 四方八方から、無限とも呼べる先制攻撃。


 蜂の巣となったラフィールでも、リッカ以外に傷を負った者はいなかった。


 大切なお店をめちゃくちゃにされてガーフィールは歯を食いしばったわけではない。引退したとはいえ、元Sランクパーティーの盾役(タンク)として、「守れなかった自分」が許せなかった。


 弱々しくなっていくリッカの魔力に、「それは俺の役目だったはずだ」と、分厚い氷に包まれ、ギリギリと歯を食いしばる事しか出来なかった。



 ――伏せるの!!!!



 唯一、反応できたのはリッカだけだった。


 まさに、一瞬の出来事。


 その刹那。リッカは自らの防御を最小限に、その場にいた者への鉄壁を優先した。


 アードが与えてくれた居場所。

 自らの「主様」が与えてくれた、なによりも居心地のいい、何よりも大切な居場所。


 復讐しかなかったリッカの新たな生きる理由。

 恐れられてばかりだった自分を認め、笑い合える『仲間』と呼べる存在。


 そして何より、そんな居場所をくれたアードに対する恩義。



 『アードの使い魔としての誇り』



 半ば無意識下の中でリッカは守り抜いた。

 仲間たちに一つの傷すらつけずに守り抜いた。


 ラフィールに飛び込んだノックの音に、勇者パーティーとガーフィールが警戒を緩めたわけではない。


 万全の警戒をもってしても、『最終決戦(ラグナロク)』を前にローディアが開発した「空蝉(ウツセミ)のローブ」は攻撃の初動を"無"にしたのだ。



 ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ!!



 アリステラは氷の壁を華奢な拳で叩き続ける。


「リッカさん!! リッカさん!! 早く"コレ"を解いて下さい!!!!」


 視界は「赤」一色。リッカの姿も見えず、堅固な氷は高密度の魔力を帯びており、氷の中は一種の結界と化している。


 アリステラですら、氷の内側からリッカに回復魔法を展開する事は叶わない。それはつまり、誰からの攻撃からも身を守る事を意味している。



「リッカさん! 早く、氷をッ!! 旦那様! 旦那様!! リッカさんが……」



 アリステラは声を荒げ、涙を浮かべる。

 その無表情とは程遠い姿は、この1ヶ月でどれだけリッカと心を交わし合ったかを意味する。


 表情から感情を読み取らせないアリステラ。

 言葉から感情を読み取るリッカ。


 何気ないアリステラの一言にリッカはアリステラの内面を知り、心を見透かしたかのような一言にアリステラはリッカの内面を知った。


 2人は不思議なほど馬が合った。


 アードの妻。

 アードの使い魔。


 2人とも素直に感情を表現できない。


 内面を見るリッカにとって、勇者パーティーの中でアードの次に「人間らしい」のはアリステラだった。


 いつも無表情のアリステラにとってアードの横を除けば、1番心地いい隣は、案外、親友のカレンではなくリッカの横だったりしたのだ。


 取り繕っている暇はない。

 一刻も早く治癒しなければ……。


 アリステラの焦燥は限界を迎える。

 視界が塞がれていても、リッカの魔力が弱々しくなっていくのは手に取るようにわかるのだ。



「旦那様!! 旦那様!! リッカさんが!! お助け下さい! お助け下さい!!」



 アリステラの言葉は誰にも届かない。


 もちろん外で、どのような言葉が交わされているのかもわからない。冷たいはずの氷の中。しかし、リッカの優しさに心は温かく涙が溢れて仕方なかった。









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