第67話 俺のこと好きなの?



   ◇◇◇◇◇



 ――ルフ「屋台広場」



「お、俺、金持ってないんだけど……?」


 シルフィーナとの"散歩デート"を前に、腹ごしらえを済ませようと、屋台を回っている。


 ラフィール……というより、アリスのことは気にならないと言えば嘘になるが……



「ふふっ、今日だけだぞ?」



 屈託のない笑顔にほんのりと頬を染めるシルフィーナが可愛すぎるのなんのって……。


 「なに食べよっか?」なんて上目遣いで顔を覗かれ、「エ、エ、エール飲みたいなぁあ」なんて心臓のバックバクを誤魔化したら、



「今日はウチも飲んじゃおっ!」



 なんて弾ける笑顔を向けて来るんだ。


 もう、呼吸が荒くなって仕方がない。

 アリスという嫁がいながら、バッキバキでギンギンの目でシルフィーナを見つめている。


 この後、“研究施設”を探す前に少し宿で「休憩」したいと思ってしまってい……ないよ? 大丈夫! まだギリギリ大丈夫! そこは理性を……。



「こうして、外で2人きりで歩くなんて初めてだよね?」



 シルフィーナは少し照れた感じで、流れで繋いだままだった手の指の間にスルリと指が絡めて来る。


 た、堪らんぜ、シルフィーナァア!!

 ありがとう、この世の全て!!


 エールを買うときも器用に片手だけで支払いを済ませて、俺の手を離そうとしない。


 もちろん、俺も手を離すことなんてしない。


 なんかここで引いたら、俺の負けのような……、なんか変な気分なんだが……、



 ギュッ……



 手を繋いだままトボトボと歩いてはいると、しばらくの沈黙が訪れる。



 俺は指の間にある、シルフィーナの指の感触を確かめるようにムニムニしながら唱え続ける。


 これは、浮気ではない。

 これは、うわきではない。

 コレハ、ウワキデハナイ。


 脳内でシルフィーナとのアレやコレやを想像しながら、鼻息を荒くさせてはグルグルと思考が行ったり来たりだ。


 ……す、す、す、好きだろ!? これ、もう俺のこと好きだろ!? 常連客の手に指を絡めるか!? 仲の良い友達に指を絡めるか!? 


 断じて、「否」だ!!


 ルフに来てからずっと……。


 いっつもノリ良く、ヒラリヒラリと躱されてたけど、もうこれは完っ全に俺の事好きだろ!? もし、好きじゃなかったとしても、もう好きってことでいいだろ!? ※はっ?


 ……ど、ど、どうなの? えっ……?

 マジでシルフちゃんが俺のこと好きだったら、俺って、どうすんだろう……?


 ……こ、断れる自信はないんだが!?


 あ、あぁ……。ヤバいよ、ヤバいよ……。

 こりゃあ、マジで……、ヤバいよ、ヤバいよ。

 か、か、顔、見れねぇえ!!


 これから施設を探しにいくんだぞ? 

 いや、もう行かないとダメだ。


 色々と持ちそうにない!!

 一刻も早くアリスの無表情で安心しないと!


 俺はもう片方に持っていた使い捨てのコップに入ったエールを一気に飲み干し、ゴミ箱に捨てる。

 

「……え、えっと、シルフちゃん。……そろそろ行こっか! ね、念のため、俺とシルフちゃんの魔力を《縮小(シュリンク)》して、」


 チラリと顔を覗き込んでしまった。


「……え、あ……」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤に……。

 キラキラの瞳は少し潤んでて……。


「ん。……そうだね」

 

 俺から視線を外しながら、手を……て、手をギュッて……。て、手をギュッって!! 


 手をギュッって!!!!


「……」


「……じゃ、して? 急がなきゃだしね? 」


 シルフィーナは真っ赤な顔のままニコッと首を傾げる。


「……ふぁい」


 普通に「はい」と返事をしようとしたが、それを許さない圧倒的な「胸キュンパレード」。


 ……か、かか、か、可愛すぎかよ、シルフィーナァ!


 やばい。これはヒジョーーにまずい!!


 気を抜くと"持っていかれる"。

 俺の頭の中には、すでに裸のシルフィーナが「して?」と言っている。


 ここは、ちゃんとしないと……。

 はっきりさせないとダメなとこだろ……?


 俺にはアリスがいるんだ!!

 俺にはアリスがいるんだ!!


 でも、シルフィーナも欲しいんだ!!※えっ?


 き、聞け!! 聞いてしまえ、アード・グレイスロッド! 聞けばわかるさ!!


 こ、答えは、10秒後の俺に任せればいい!!


 よ、よし……。いくぜ!!


 真っ赤な顔でキョトンと首を傾げるシルフィーナにゴクリと息を呑み、笑顔を作る。


 めちゃくちゃカッコつけたつもりだが、引き攣った顔にも見えるかもしれない。


「え、えっと……シルフちゃん」


「……ど、どうしたの? アード君……」


「シ、シルフちゃんって……その……」


「……」


「あの、えっと……」


「……ア、アード君?」


「シルフちゃんって、お、お、俺のこと、す、す、好き、なの……?」


 めちゃくちゃ噛んだ!! が、言った!!

 き、聞いてやったぞ!! 俺は!!


「えっ……? えっと……」


 シルフィーナは耳まで真っ赤にしている。

 視線を泳がせて、チラチラと俺の目と合わせる。


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……


 心臓がうるさすぎる。

 そりゃそうだ。すっかりモテ男になったフリをしていても、実際の俺はヘタレで非モテのアル中なんだ。


 拒絶されたら、もう無理だ!!

 ラフィールにも行けなくなる……。この後も夜のルフでヤケクソになるしかない。


 もしかしたら領主邸に乗り込むなんてバカな真似をしてしまうかもしれない!


 や、やっべ! もっとよく考えて……、


「……ウ、ウチは……、ウ、ウチ、アード君のこと……」


 潤んだ瞳、ぷるんとした唇。

 不安気でいて決意を決めたように、真っ直ぐに俺の目を見つめるシルフィーナから視線が離せないでいる。


 俺の事?? 俺の事!?

 嘘でも好きって言ってくれぇええ!!!


 心の中で大絶叫した、その直後……、

 


 スゥウウウウッ……



 辺りを眩い光が包んだ。



「ん? なんだ、なんだ?!」

「なんだ? おい、あそこ!!」

「すごいなぁ~! "光の柱"だ」


 ガヤガヤと騒ぎ始めた周りの声と言葉を止めたシルフィーナ。


 ふ、ふ、ふざけろ!!!!

 今、いいとこなんだよ! ボケェエエ!!


 俺は再度、心の中で絶叫する。


 みんなの視線の先を見つめると、いくつもの巨大な魔法陣が折り重なり、夜空に向かって立ち上る白い光があった。



 パッ……



 無意識に離れた手は、俺とシルフィーナ同時に力を抜いた事を意味していた。


「……ア、アード君、あれ、"ラフィール"、」


「ご、ごめん! シルフちゃん!! また後で!」


「ウ、ウチも行、」


「《空中縮小(スカイ・シュリンク)》!」



 俺は周囲に住人たちがいるのも気にする事なく、最速で夜空に駆け出した。


 3m52cmごとの瞬間移動が、これほどまでに遅いと思ったのは、『あの時』以来だ。



「……アリス!!」



 一切、何が起きたのかは分からない。

 頭の中にはアリスが、リッカが、カレンが、ランドルフが、ガーフィールが……。


 シャ、シャレにならん。

 シャレにならんぞ、これは……。



「ふ、ふざけろ!! こんな事、あってたまるか!」



 俺はただ、「光の柱」へと……。迷うはずがない、通い慣れたラフィールへの道を、人目も気にせず、ただ必死に駆けたのだった。




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