第65話 やっちまったなぁ〜……



   ◇◇◇◇◇



 ――辺境都市「ルフ」



 1人で街を歩くのは久々だ。 

 少し暗くなった街並みには、屋台が並ぶ。屋台と言っても荷車に少し装飾を加えたものばかり。


「いらっしゃい、いらっしゃい!」

「今日のツマミは牛鹿串(ウジカグシ)で決まり!」

「新鮮な野菜! キャベツが安いよ!」


 活気ある声が辺りに響いてる。

 この屋台制度も、ルフの領主のおかげだ。


 店を持つことができない人でも、商売ができるように、わざわざ広場を新設した。早い者勝ちで場所を取り合うのも、毎日のイベントの一つになっている。


 場所代もかからない。

 その代わり、完全撤去が一つのルール。

 

 だからこそ、立派な屋台がない。

 中にはシートを広げただけの店もあるくらいだ。


 その代わりと言ってはなんだが、広場の中央には大きな噴水が作られており、この共通スペースに安っぽさを感じさせない。


「ルフの領主がねぇ……」


 俺は人ごみの中で足を止めて噴水を見上げる。


 しかし、行き交う人々は誰1人として、"1人の俺"に見向きもしない。


 ここのところ、常にアリスやリッカと居たから、注目される事に慣れていたんだが……。


 おい、モテ期どこいった……?

 ふざけろ! イケメンが足を止めたんだぞ?


 フードを被っているから当たり前なのかもしれないが、そんなバカな事をぼんやりと考えることしかできない。


 "久しぶりの感じ"が帰ってきたなと実感する。

 アリスと出会うまでは、コレが当たり前だったんだ。


「……エールが飲みたいな」


 久しぶりだ。久しぶりの自由。

 何も気にせず、好きな事ができる。

 それなのに……、もうすっかり物足りなくなってる。


 アリステラ・シャル・フォルランテ。


 俺の嫁はなかなかに罪な女だ。

 俺の日常はもうアリスのそばなんだろう。


 とどのつまり……、


「はぁあ~……。やっちまったな……」


 この一言に尽きる。


 寄り添おうとしてくれたアリスを拒絶した。


 ーーお前の側にいる。


 俺は"約束"を破ってしまった。

 ついには、本物のクズに成り果てたわけだ。


 ま、まぁ、いや、別に? 1人で散歩くらい別に大丈夫だろ。長くいればちょっと離れるなんて事もある! 大丈夫! 破ったわけじゃない!!



「……はぁ〜……」


 ……ど、どうせ俺は逃げたよ。

 そりゃ逃げるわ! "甘ちゃん勇者"がウザすぎたんだ。あの「信頼してる!」って目が大嫌いなんだ。

 

 ――僕たちならできる。


 アイツは本物だ。マジもんの大バカだ。

 まともな人間は逃げ出すんだよ。


 アリスもランドルフも、結局はネジが飛んでるんだ。

 

「……ったく、あのバカ勇者……真っ直ぐ見てきやがって……。クソ」

 

 「信頼してます」って目が嫌いなんじゃない。

 本当は……、怖いんだ。

 ……人の気も知らないでいい気なもんだ。


 話してないし、話すつもりもないくせに。

 まったく。俺ってヤツはこじれにこじれまくってる。



 俺はふぅ〜と息を吐きながら、グルリと屋台を見渡す。



 さてさて、まずは、この鬱蒼(うっそう)とした気分をどうにかしないとな。


 差し当たり、適当にエールを補給して、「酔っ払った〜」なんて何食わぬ顔で戻れば……あっ、金持ってないか……。


「はぁ~……」


 正直、めちゃくちゃ帰り辛い。


 だが、ミザリーを置いて来たのはダメだよな?

 「俺の血以外飲むな」って言ってるし、禁断症状が出て暴れたりしちゃったら……まぁ大丈夫か。


 魔力は《縮小(シュリンク)》してるし、リッカもランドルフもガーフィールだっているしな。


 あぁ~……めんどくせ。

 あぁ~……、俺、マジでクソだなぁあー!



「はぁ~……」



 もうため息しかでない。

 

 そもそも、あんなにムキになる事なかったんだ。適当に距離置いて、適当にダラダラしとけばよかったんだ。


 タダ酒も飲めるし、高級宿に住めるし、嫁はめちゃくちゃエロ可愛いし……。


 深入りするから、こうなるんだ。

 はぁ……他人との距離感ムズッ!!


 いっその事、アリスだけ誘拐して逃避行でもしてやろうかな。


 ま、まぁ、使い魔にしてやるって約束してるしリッカも……? 


 あ、と……"最高のつまみ"の、シルフィーナと……。飲み仲間はいるよな? ランドルフ、ガーフィール……。


 ……まぁあとは……、「見てやる」って言っちゃったし…カレンか……。


 あ、ダメだ。めんどくさい。めんどくさい。

 エールを飲むのすらめんどくさい。

 もう何もしたくない……!!


 あ、いや……、



「……えっちしたい」


 ん? 俺、いま声に出してたか?


「えっ……?」


 すぐ後ろから声が聞こえて、バッと振り返る。


「……あ、えっと……、アード君、大丈夫かなって追いかけて来ちゃった……」


 そこには少し顔を赤くさせ、息を切らせているシルフィーナが俺の肩に触れようとするところだったようだ。




 ……え、え、「えっちしたい」だと……?




 うん。聞こえてたよな。

 ってか、本当に声出てた?


 ……あぁーこりゃ、あれだ。

 ……俺、ただのヤバいヤツじゃね?


 勇者パーティーが一丸とならない時に酒飲んで、パーティーのリーダーと口論。


 散々、空気を悪くして、なんかガキみたいに逃げ出して……、挙句の果てに、「えっちしたい」?


 そして、心配して追いかけて来てくれた、めちゃんこ可愛いシルフィーナに聞かれて……。


 え、俺……。これ、どーすんの?


「……迷惑……だったかな?」


 シルフィーナは俺から視線を外す。

 そりゃそうだ。心配してたのに、急に「えっちしたい」なんて言ってたら誰だってドン引く。


「え、あ、いや。ぜ、全然、大丈、」


 俺はここで言葉を止め、超速で思考を加速させる。


 さっきの発言はなかった事に……?

 え、あ、いや、なんか元気ないフリをして、優しく慰めて欲しいかもしれない!


 なんかネガティブゾーンに入ったから、全肯定して欲し……いや、……もう全てを投げ捨てて、そのワフンワフンッのお胸にダイブしたいんだが!?


 いや……ここは少しシュンッとして可愛らしさを演出がベストだ!!


「アード君……?」

 

 シルフィーナは俺の顔を覗き込んでくる。

 少し不安気で、心配そうな顔。


「……あ、うん。ありがとう……」


 鏡がないのが残念なくらいだ。

 ちょっと照れたようでいて寂しげだ。

 我ながらいい流し目だ。


「ウ、ウチにできることあるかな……?」


 シルフィーナは本当に心配そうに俺を見つめてくる。


 小さく傾げられた細い首。

 少し潤んだ瞳に艶っぽい唇。


(お、お、おっぱいを触らせて下さい!! いや、おっぱい下さい!! 顔を埋めさせて下さい!!)


 俺は心の中で絶叫しながらゴクリと息を呑むが、寂しげな表情は崩さない。


 そして、ある事に気づき「ん?」と固まる。


 ……なんでこんなに心配そうなの?

 別に……。シルフィーナ的には、俺が勝手にラフィールから出ただけだよな? 


 確かに空気は悪くした。

 カレンとも、少しムキになって色々言ったし、アリスにもちょっと八つ当たりしちゃったけど、なんでこんな深刻な感じになってんの……?


 もしかして、アリスが泣いたとか……?

 いや、あのアリスが? ないない!!


 ない……よな?


 え? いやいや……。ちょっと待って!!

 うぅーん……。


 俺的にはぶっちゃけ、もう全然気にしてないし、やってしまった事はしょーがないって割り切るタチだし。


 単純に戻り辛いだけなんだが……。



「……アード君?」


「えっ、あっ。みんな、ど、どんな感じだった? ま、まま、まさかとは思うけど、あのアリスが泣いたなんてこと……」


 顔面の血の気が引いている。

 “約束を違えるなんて”とか言いながら、シクシク泣いてる? あのアリスが人目も気にせず?



 ーー旦那様。「幸せ」とは何気ない、なんでもない時間に愛する人と一緒に居られる事を言うのでしょうか?



 アリスとの1ヶ月。そう言って穏やかに微笑んだアリスの言葉と光景が蘇る。


 ……なんかありえる気がして来たぞ、おい。

 どうする? どうする? どうする!?


 帰り辛い……。いや、このままじゃ帰れない。

 


 ギュッ……


 

 俺が心の中でアワアワしていたら、唐突に手を握られハッとする。


 なぜか泣き出しそうなシルフィーナは無理矢理に笑顔を浮かべてコクッと頷く。


「大丈夫。大丈夫だよ。アード君……」


 シルフィーナはそう呟き、俺の手を両手で包み込んだ。予想外の行動すぎて俺の思考が止まってしまう。


 少し冷たくて、手のひらにはマメができている感触。


 アリスの手じゃない。

 シルフィーナの手の感触。


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……


 俺はシルフィーナを見つめる事しかできない。



「ア、アード君……」


「……ん?」


「……デート……しちゃおっか?」


 

 シルフィーナにはイタズラな笑顔がよく似合う。


 いつも通りの、元気で可愛らしい笑顔。でも、その顔はいつもより少し赤くなっていて、少し作り物のようでもある。


 俺を元気づけたいんだって実感してしまう。


「……か、かわい……い」


 口にしてハッとする。

 多分、今の俺の顔は赤い。


 いつもの冗談めいた口調ならまだしも、なんかめちゃくちゃガチっぽい感じじゃないかッ!? いや、まぁ、ガチなんだが!?



「えっ、あ……は、はぁい! か、可愛いシルフィーナでぇーす!」



 尋常ではないほど、顔を赤くしたシルフィーナに、もう心臓がキュイキュイキュィーン。



「……ア、アリスさんには内緒だぞ……?」



 真っ赤な顔のまま、人差し指で唇に手を当てる仕草がたまらないんです……。そのあと、いたずらっ子みたいに「シシシッ」と笑うのが……、いいんです……。


 本当に俺に元気がないと思ってるから、元気づけようとしてくれてるんだ。


 まぁ……俺の事だから、アリスには正直に言うだろうけど……、



「ハッ……ハハッ! ありがとう! 本当に元気出てきたよ!」


 

 まあ、元から、元気はあったんだけどな?

 でも、シルフィーナのおかげで、さっきまでのモヤモヤが晴れたのも、なんだか心が軽くなったのも事実だ。


 思考をぶった斬られて、一度ゼロになった頭。

 これから、どうすればいいのかもわかった気がした。



「ふふっ、よかった! じゃあ……少し屋台を回ってから、みんなのとこ帰ろっか!!」


「あぁ……いや。屋台で食料調達したら、夜のルフを散歩デートしよう!」


「……え?」


「“誰も知らない施設が隠されてる”って聞いたんだ。俺1人だと迷子になるかも……しれないし……?」


「……ふふっ。うん!」


「ア、アイツらは目立つし? ちょ、ちょうどいい!! 全ては俺の計算の内なのである!!」


「ふふふっ。誰のマネ?」


「わ、わかんない……」


 なんだか気恥ずかしくて顔が引き攣り、シルフィーナから視線を外す。


 シルフィーナには見透かされてる気がする。

 “手土産”の一つでもないと帰るに帰れない俺の頭と心の中を。


 そんなことを考えていると、両手で包み込まれていた俺の手から、シルフィーナの片方の手が離れ、ハッとする。



「な、情けないヤツだって、思うかもだけど、」



 ポンッ……


 シルフィーナは俺の言葉を遮るように俺の頭に手を乗せた。



「えらい、えらい……。えらいよ、アード君」



 シルフィーナは尋常ではないくらい真っ赤な顔で、尋常ではないくらい穏やかに、愛おしそうに微笑みながら俺の頭を撫でた。



 ドクンッ……



「え、あっ……いや、」


「ふふっ。とぉーーーっても、アード君らしい! それ、100点満点です! もちろん、ウチも付き合うよ!? 『散歩デート』!」


 イタズラな笑顔で首を傾げられると、ブワッと顔が熱くなってしまう。


「シ、シルフちゃん……」


「ふふっ。顔が赤くなってるぞ?」


「…………も、もう、この手は離さないぜっ!?」


 冗談っぽく言ってから、シルフィーナの手を引いて歩き始めた。


 じ、自分だって真っ赤なくせに。

 こ、“困ったちゃん”だな。シルフィーナは!!


 は、は、は、早く『研究施設』を見つけて、アリスに会わないと……。このままじゃヤバい! 


 なんかコレはヤバい!!

 た、堪らんぞ、マジで。

 シルフィーナ、この……!!


 俺はシルフィーナの前を歩いた。

 そうでもしないと、顔から火が出そうな顔を見られると思ったから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る