第62話 〜賢者の見解〜
◇◇◇【SIDE:ランドルフ】
――酒場「ラフィール」
「……ワシが没頭しておるうちに"そんな事"になっておるとはのぉ」
カレンとリッカ殿、双方からの話を聞き、小さく呟きながら顎ひげをさする。
アリステラは無表情で沈黙を貫き、シルフ殿は少女を労わりながら、違うテーブルで心を開かせようとしている。
あの少女が"アードの血"を飲んだ……?
なんじゃそれは……。魔力量が跳ね上がり、異常であったから、魔力を《縮小(シュリンク)》しておる……?
……な、なぜじゃぁあ!!
ワシも"見たい"! この"ミザリー殿"の身体に何が起こっとるんじゃ? アードの血を飲む前と後で、何がどう変化したのじゃ!?
ワシは賢者としての立場ではなく、研究者としての思考を繰り広げていた。
~~~~~
この1ヶ月、アードの『力』の正体を知るために研究に研究を重ねている。
まず目をつけたのは【縮小】の効果の再現だ。
魔法陣を複雑に構築し、魔力を流し込む日々。
《縮小魔法》の構築。
【縮小】を魔法に落とし込む。ワシが取り掛かったのは『物を小さくする』という一点。
攻撃するには至らない重量操作、限界がはっきりとしている収納魔法。質量、分解、圧縮……。
生活魔法程度の"無属性"の魔法をベースに、トライアンドエラーを繰り返し、朝から晩まで、これまで培って来た全ての魔法理論を応用していく。
『物を小さくする』
その一点は果たしたが、待っていたのはアードの【縮小】が異次元のものであるということだけ。空間(スペース)に作用する事も、"概念"に干渉する事もできない。
恩恵(スキル)と魔法は別物?
そもそも『恩恵(スキル)』とはなんじゃ?
誰もが当たり前にスキルを与えられ、当たり前にそれを使用する。
この世界における、"当たり前"。
普遍的で身近にあるもの。
魔法と恩恵(スキル)の違いとは……?
全ての魔法はスキルに対応する。
スキルは全ての魔法に変換できる。
長年の経験と研究から導き出した答えだった。
詠唱の有無でしかない。その大前提が間違っていたとでも言うのだろうか?
これまで再現して来たスキルの中にも、アードの【縮小】のように異次元なものが……?
ゾワァア……
全身の毛が逆立つとともに、アードの"背中"が見えた気がした。
その先の先の先に、アードが待っておる……。
ワシは頭を作り替える事に成功したのじゃが……、
――へぇ~! 《縮小魔法》か! 俺の魔力を注げばいいのか!? 空間(スペース)でいいんだな?
ズズズッ……
――おお!! ランドルフ! お前、さては、ただのヨボヨボじゃないな!? 俺、いつ勇者パーティーを辞めてもいいなぁ~!! ハハハハッ!!
酒に酔っていたアードは、ワシの魔力で描いた魔法陣で、空間(スペース)を容易に《縮小(シュリンク)》したのだった。
四六時中、恩恵(スキル)について考え、【縮小】に焦点を当てた。これまでの経験、知識、全てを注ぎ込み、アードの背中を見た。
それなのに……、『アード』は容易に遠ざかる。
身体の芯が震えた。
もう一度、頭を作り変える。
【縮小】でも『恩恵(スキル)』でもない。
『アード・グレイスロッド』。
……確定じゃ。
この者にしか備わっておらん『なにか』がある。
感動に身震いする。
知識欲が爆発する。
解き明かせない自分が悔しい。
解き明かさせてくれないアードに感謝する。
(次は1からじゃな……!!)
アードとジョッキを合わせながら、そんな事を考えた。【縮小】ではないとわかった。
それが大きな第一歩。
この1ヶ月は一瞬で『振り出し』に戻ったが、スタート地点は別の場所。これでいい……。これから何度も何度も繰り返し、乱立している"スタート"を一つに絞るのじゃ!!
~~~~~
その矢先に現れた1人の吸血鬼(ヴァンパイア)。
『アードの血』で"急成長"した1人の少女。
何が作用した? 血に含まれているどの成分で? アードの血と普通の人間の血との差は? それでどれくらいの成長が? 吸血鬼ならでは? "ミザリー"ならでは? その状態と心情は? アードの状態と心情は?
アードの"異質な魔力"と"膨大なエネルギー"は関係している? なぜ、この少女の『魔力』に作用した……? それすらも片鱗?
通い慣れた酒場の景色の中に、無数に文字と疑問符が浮かぶが、その中で一際、輝いている真紅の瞳と視線が合う。
「ラン爺……、『誰』なの?」
カレンの怒気にハッとする。
ただの探求者である時間は終わったようじゃ。
「まぁ……十中八九、『吸血王"ローディア"』じゃろうな」
ポツリと呟いた名前は魔将王の名前。
グリムゼードの討伐を終え、6人となった魔将王。その中で居所がわかっていなかった4人の魔将王の1人。
その者がこの"ルフ"にいる。
「……妾もそう思うの」
リッカ殿の言葉に緊張が走る。
「……謎が多い敵じゃ。東の大国、2000年の歴史を持つ"アスリャ王朝"を滅亡に追いやり、消息を絶っておったはずじゃが……?」
「「「……」」」
「ワシらが滞在しておったのに、それに一切気がつかんとはの……」
「……仕方ないの。……妾でも気づけなかった。あの『異常者』は厄介なの。狡猾で臆病で用心深い……。勝てる戦しかしない……、"アイツ"なら、何も不思議じゃないの」
「……リッカ殿は会った事があるのかの?」
「……1度だけ。いつもニコニコと笑みを崩さないお面をつけているみたいなヤツなの」
リッカ殿はそう呟くと、唇を噛み締める。
「……簡単な相手ではないようですね」
アリステラの一言に静寂が訪れる。
魔将王……。その一角であったグリムゼード。アードがいなければ、ワシらは敗北していたのだ。
それを忘れたわけではない。
「でも……、許せない……」
カレンの静かな怒気に頬が緩む。
勇者として愚直な努力で成長していることを実感する。
まだ幼い勇者と聖女の"教育係"として、宮廷魔導師から勇者パーティーの賢者として、共に死線をくぐってきた。
じゃが、この2人にもう教育係は要らんようじゃ。
ワシは短く息を吐くと、カウンターでガーフィールと一緒にエールを煽っているアードに視線を向ける。
「おい、ガーフィール! お前は《吸血》された事あるのか?」
「んあ? ねぇな。確か、血を吸われたら眷属になっちまうんだろ?」
「ふっ、そうか……。お前は知らないんだな。あの快感を……」
「何、カッコつけてんだよ? もしかして、牙が生えてんじゃねぇだろうなぁ?」
「……き、キバか……。うん。牙っていいな! かっこよくないか!? "どうら"? "生えてるきゃ"?」
「……カッカッ、全然、生えてねぇよ」
「なんだよ! クソッ! 牙が欲しい!! アリスを甘噛みして、牙の痕を残したい! ハッ!! ……待てよ。俺のこの顔で、白髪になって、赤い目になってみろ……めちゃくちゃかっこいいんじゃないか!?」
「カッカッカッ! お前の"どすけべ顔"が笑えないくらいにキモくなるんじゃねぇかぁ?」
「ふざけろ! いつ俺がそんな顔してるんだよ!」
「カッカッ!! いつもしてるじゃねぇか!」
すっかりできあがっている様子のアードとガーフィールの会話。
「バカめ! よくみろ、この顔をッ!!」
そう叫んで両手を使って変顔を繰り出すアードと、笑いすぎて涙を浮かべているガーフィール。
こちらのテーブルとカウンターとの温度差に見かねたようにシルフ殿が立ち上がり声をあげる。
「ちょっと、パパ! アード君!?」
「シルフちゃんもおいで! 難しい話は"勇者パーティー"とリッカに任せとけばいいよ!」
「……ダ、ダメだよ、アード君! ウチ、このまま知らないフリはできない!」
シルフ殿の言葉にアードは「ハハッ……」と小さく呟き顔を引き攣らせる。
「……カッカッカ! シルフはこうなると頑固だぞお! 久しぶりに貸切にしてんだ! アード! まだまだ飲もうぜ!」
「ちょっと、パパ……? まだ夕方なんだよ? ……そんな事より、この前の領主様……いや、"あの人"が来た時のことを聞きたいんだけど?」
「……ん? 領主……? ああ、"ローデン侯"か。あの野郎がどうかしたのか? 確か……魔力が異常に少ない、胡散臭い野郎だったな! イケメンだし、俺は嫌いだ!」
「……"どうかしたのか"……? じゃないでしょ……? 少しは話を聞いておいてよ!!」
「……な、なに怒ってんだよ? えっ、あっ、いや、お、おい、アード! お前もだぞ! なんで俺だけ怒られてんだ!? アードの方が聞かないとダメだろ!?」
「アード君は聞いてないフリして、しっかり聞いてるに決まってるでしょ!」
「い、いや、めちゃくちゃ普通に飲んでるだけじゃねぇか! おい、アード! シルフになんとか言ってやってくれ!」
「……ハ、ハハハッ!! お、俺は聞いてる! バッチし、ガッツリ聞いてるぞ!! お、おい、ミザリー! 血(エール)は補給した! ほら、飯の時間だぞ?! さぁ来い!」
「ア、アード! テメ、おい!!」
アードはガーフィールの言葉など無視して、エールで赤くなった顔のまま、ミザリー殿の目の前で服をグイッと引っ張り首を晒したが、
「……だ、大丈夫です。ありがとうございます、"アードさん"……」
ミザリー殿は小さく呟き、グッと唇を噛み締めてゴクリと息を呑むだけだ。
「……お、おい、このポーズどうしてくれるんだよ!! 一人で首出してバカみたいだろぅが!」
アードの叫びにワシは口角を緩める。
何を、どこまで、聞いておったのか。
全く……。緊張感など吹き飛ばしてくれる。
グリムゼード戦で"魔力庫"の魔力は全て使っている。アードが近くにいてくれるおかげで、突発的な事件に備える必要もないので、研究で余った魔力を貯め続けておるとはいえ、まだ三分の一程度。
じゃが、お主がおれば怖いものはないわい。
……何があっても大丈夫じゃ。
ワシは、いつもと変わらない日常にそんな事を思っている。
じゃが、まぁ……、
ダンッ!!
テーブルを叩く音が響く。
お主は黙っておれんじゃろうのぉ……。
ワシは立ち上がったカレンに視線を向けた。
「アード様……!! ルフが戦場になるかもしれないんだ……。このままじゃ、罪のない人々がたくさん巻き込まれてしまうんだよ!! 今は一丸となって考えようよ!!」
真紅の瞳にはうっすらと涙が溜まっている。
自分の"無力さ"と"焦燥"をカレンはちゃんと理解している。
『いつも通り』でいられるはずがない。
カレンはこの世界の「勇者」なんじゃから。
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