第54話 吸血少女



 ――ラハルの森


 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……


 俺の腕に食い込んでいる2本の牙。


「……ん、んんっ、んっ、ぁ、はぁ、」


 なんだかエロい声を出しながら身体をよじり、俺の腕にしがみついている。


 ボロボロの薄汚れた白いワンピースに、白とピンクのグラデーションの髪。真っ赤な瞳と藍色の瞳は左右で色が違う。


 真っ赤な顔を紅潮させて、睫毛まで色の違う瞳には溢れんばかりの涙を溜めている。


「んんっ、ぁ、はぁ、んッ……」


 ……わかってる。このガキは俺に敵意があるわけでも、悪意があるわけでも、ましてや暴力を振るっているつもりは一切ないんだろう。


 おそらく、俺が『気配』を察知できなかったのもそのせいだ。


 "そんな事より"大切な案件がある。


(ちょっと気持ち良すぎないか……!?)


 吸血行為の快感だ!!


 いや、俺はガキに興味は……、って、待て待て、き、気持ちいいんだが!? き、き、き、気持ちいいんだが!? 


 アリスとのアレには劣るものの、童貞を卒業したはずの最強の俺が、まぁまあ声を我慢してるんだがッ!?


「んっ、んんっ……、んっ……」

 

 メスガキは涙をボロボロ流しながら、恍惚とした表情で一心不乱に俺の血を求めている。俺は荒くなっていく呼吸を抑えながら、それをジッと見つめている。


 ゾクゾクとするものが身体に流れて来て、痛かったのは最初だけ……。あとから俺に流れ込んで来ているのは、不思議で、経験した事のない快感だ。


 く、癖になっちゃうだろ、このメスガキがッ……! あっ、ちょ……待って! マジ待って!! ……き、気持ちいい~!!


 心の中で吐き捨てながらも、口を開く事を躊躇する。


 口を開けば俺から変な声が出そうだ。


 とにかく、ギュッと目を閉じて、身体の火照りと蒸気する頬、乱れる呼吸を整えるが……、


「んっ、あっ……はぁ、んんっ……んんんっ」


 目を開けてしまえば、ガキにあるまじき色気を放ってるメスがいて、脳に直接、快楽物質が次から次へと……!


「くっ……はぁ、はぁ……」


 俺が唇を噛み締めて快楽に溺れそうになっていると、


「い、いい加減にするの!!」


 何やら顔を赤くしているリッカが叫び、俺からメスガキを引き剥がした。


「ア、アード君……、だだだ、大丈夫? えっと……、あの……、ポ、回復薬(ポーション)!! ウチ、とって来るね」


 シルフィーナはそう言うと、湖から上がり、自分の脱いだ装備へと駆け寄るが、少しえっちな黒の下着姿だと言うことを、すっかり忘れているようだ。


「……あ、うん……、ありがとう」


 ボソッと呟く俺。

 正直、思考が間に合わない。

 まだ頭がポーッとして、ふわふわとしている。


 とりあえず、シルフィーナが装備をまさぐっている姿から目が離せない。


 プリプリのお尻……。決して太っているわけではないが、アリスに比べると少しムチッとしている腰……。


 四つん這いはさすがに……、ダメだろ、シルフちゃん。……これは拷問だろ。


 滴る水。綺麗な白い肌と見てるだけでわかる弾力。吸血による火照りは落ち着いて来たが、もうそんなことはどうでもいい。


「……甘噛みしたい」


 ついには声まで出してしまった俺の鼓膜にはリッカの声が飛び込んでくる。


「あ、主様!! さ、さっきはなんで止めたの!? 妾は迎撃の体制を整えて、主様に近づけないようにしてたの!」


「……え、ああ……。別に敵意はなかっただろ。屠るのは違うくないか?」


「……だ、だからって、なんでわざわざ! 主様なら躱す事だって、撃退する事だって……」


「……え、ああ。後ろにシルフちゃんいたし」


「……むぅー!! シ、シルフの下着姿に見惚れてる場合じゃないの!」


 リッカの叫び声に、シルフィーナは自分が下着姿のままだと思い出したようだ。


「えぇっ!! あっ……。ア、アード君!! 今は"それ"どころじゃないでしょ!!」


「……そ、"それ"以上に大事な事はないんだけど!!」


 俺が叫ぶと、シルフィーナはぷくぅっと頬を膨らませてからキッと睨むと、「めっ!」と言ってから、散らばった服で身体を隠して、また回復薬(ポーション)を探し始めた。


 "めっ"……。「めっ!」って……。


 俺は顔を覆って悶絶する。

 最高です。ありがとうございます。※何が?


「……はぁ~……」


「ため息すらもうるさいぞ、リッカ。お前には『めっ!』の破壊力がわからないだろう……な?」


 せっかくの絶景を奪い去ったリッカに、呆れながら言葉をかけると、そこには2本の尻尾で"謎のメスガキ"の手と足を拘束し、さらには残りの7本に氷を纏わせて、急所に突き立てている姿が目に入る。


 なんかエロッ……じゃなくて……、


「んっ……、うぅ……はぁはぁ、はぁ……んっ……」


 口から血を垂らしたまま尻尾に拘束され、未だに恍惚とした表情を浮かべてポロポロと涙を流しているメスガキの存在を改めて観察する。


「主様、」


「はぁ~……リッカ、離してやれ。コイツは大丈夫だ」


「この娘は、たった今、主様の血で膨大な魔力を、」


「相手に争う気がないのに、こっちから力を誇示するな。めんどくさいし、カッコ悪いぞ?」


「……で、でも、この娘、吸血鬼(ヴァンパイア)、」


「リッカ」


「……はいなの」


 リッカは小さく呟いて拘束を解くと、もう一度、女を確認してからフイッとして口を尖らせ、シルフィーナの元に向かった。


 "吸血女"はパシャんと音を立て、湖に座り込んでシクシクと泣いている。


 ……うぅーん、吸血鬼(ヴァンパイア)か。

 コイツは普通に魔族だよな……?


 みんな美形と聞いていたが、確かにまぁまあだ。あと2、3年成熟したら、とてつもない美女になりそうな感じだ。


 まだ15、14くらいか? ん? 吸血鬼の年齢ってどうなんだ……? まあ別にどうでもいいんだが……。


「うぅ……うっ、うぅ……」


 それにしても、泣くだけで一切動こうとしない。


 汚れてはいるが、陶器のような白い肌。

 細すぎる四肢は何かの病気のようにも見える。


 細い腕には無数の牙の傷痕。


 位置的に自分で自分の血を飲んでいたんだろう。意味があるのかどうかは知らないが、飢餓に耐えられずに俺に飛びかかったはずだ。


 つまりは自分の血を飲んでも意味はなかったって事。それなのに……、こんなに。


 うん……かなりのバカなんだな。


 まぁ、色々と思うところはあるが、正直に言うと、俺はガキに興味がない! それに、関わるとろくなことにならなそうだ。


「ふっ……」


 俺は一つ余裕の笑みを溢して、吸血女の横を素通りすると、


「うぅ……、ごめ、ん……なさ……い……」


 か細い声が俺の鼓膜に届いた。


「……ハハッ、気にするな。俺も腹減ったら、機嫌が悪くなるし、アルコールが切れたら手だって震える。禁断症状ってやつが厄介なのはわかってるつもりだ。だから、もう泣くな!」


「……う、うぅ……、本当に、本当にありがとう、ございました……。本当に……本当に、ごめんなさい」


「はぁ~……、なんか俺が悪いみたいじゃねぇか……」


「ごめん……なさい……」


「……俺の血は美味かったか? 俺も"吸血"されたのは初めてだが、悪くなかったぞ?」


「……うぅ……うっ、うう」


「人間の討伐対象にならないようにゆっくりダラダラ生きていけよ? あっ。相手には気をつけろよ? 俺はとんでもなく優しいから許してやるが、あそこのケモ耳幼女だったら死んでたぞ?」


「……ぅう、ありがとう、ございました……。ごめんな、さい……本当に、本当に」


 ダルダルでボロボロの白いワンピースに張り付いている大きくも小さくもない、形の良い胸に視線を向ける。


 浅瀬とはいえ、座り込んだ吸血女の胸辺りまでの水位。つまりは、下着は付けてないらしい、おっぱいがこんにちは。



 ゴクリッ……



 吸血鬼とはいえ、こんなボロボロの少女を放置して帰るのは『勇者パーティー』の一員としてどうなの?


 アリスの旦那として……! 完璧な聖女の旦那として、種族なんかで差別していいのか? いや、ダメだろう! こんな少女を放置するなんて許されないだろ?


 と、とりあえず、保護すべきじゃないか?

 と、と、とりあえず、俺の血をやって、他の人間を襲うことがないようにすればいいんじゃないか……!?


「……うぅ、うう……うっ……」


 左右で色の違う瞳が俺を捉えると、彼女はグッと唇を噛み締め、タラーッと血を垂らす。


「……ふっ、せっかく血をやったのに何してる」


 スッと口元の血を拭ってやると、彼女は瞳に大粒の涙を溜めて「ごめん、なさい……」と呟き、視線を伏せる。



 ポンッ……



 俺が少女の頭に手を置くとまた視線がまた交わる。俺は「ふっ」と小さく笑い、頭に乗せていた手を彼女の目の前に差し出した。



「俺以外の人間から吸血しないんだったら、連れてってやろうか……?」



 "そして、定期的に俺の血を吸え!"

 流石に、この言葉は続けなかった。


 少女は一瞬にしてボロボロと大粒の涙を流し始めると、


「……うっ……うわぁあん、ぁああ……」


 堰を切ったような泣き声と共に抱きついて来た。



 ポンッポンッ……



 彼女の背中を軽く叩きながら、俺は「ふっ」と口角を吊り上げる。


 ……よ、よし。天国(スローライフ)に新しい楽しみ……、「吸血」という快楽をゲットだぜ!


 俺は「関わるとロクなことにならない」というビンビコビンだった危機センサーの事なんて、すっかり忘れていた。


 いつまで経っても泣き止まない吸血少女の背中を摩りながら、首を伸ばして吸血行為を誘惑することしかしてなかった。



  ※※※※※



 アードはこの選択が新たな災難の序章であるとは、微塵も思っていなかった。

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