第51話 大波
――ラハルの森 vs."変異"ゴブリン
ピキピキッビキ!!
俺が気味の悪いゴブリンを抑えていると、リッカの氷の塔が目の前に顕現する。
目の前に一瞬で創造された氷、ヒンヤリした冷気。ドン引きしていた俺は、少しだけ反応に遅れて、普通にびっくりしたし、普通に鼻水を垂らした。
それにもかかわらず、目の前の"氷塔"の中にゴブリンの姿はない。
俺は見ていた。
リッカの氷が地面から上がってくる瞬間に、発達していた両腕の筋力がグニュんっと両足に移動して、"空中"を蹴ったのを……。
ゾクゾクゾクゾクッ!!!!
俺の背筋には冷たいものが走る。
キモすぎるだろ!!
な、なんだ、アイツ!!
ゆ、夢に出る!
グニュんって! グニュってぇえ!!
「あ、主様!! マジックゴブリン? ……とりあえず、"変異種"なの! それもかなり上位、」
「そんな事知るか! そんなことより、見たか? 今のグニュんって!! 身体がボコボゴォって!!」
「……」
「おい!」
「……け、気配がないの!! 妾でも感知できな、」
リッカの言葉を遮るように、俺は《地面縮小(アースシュリンク)》を発動させ、リッカとシルフィーナの背後に移動し、
ガキンッ!!
また両腕が発達している"変なゴブリン"の鎌のような双刃を受け止める。
「コ、コイツ……なんて高位の《隠密》なの?」
リッカの言葉を背に受けながら、俺は目を瞑った。また"グニュん"を見せられるわけにはいかないからだ。
あ、あんなのが夢に出てきたら、飛び上がって起きる自信がある。疲れ果てて眠っているであろうアリスに、そんな情けない姿を見せるわけにはいかない!!
と、と、とりあえず、早く屠ろう。
それにコイツの"暴力の気配"はシルフちゃんのおっぱいにしか向いて、
「……アード君……」
ポツリとつぶやかれた言葉に、俺はクワッと目を見開いてバッと振り返った。
「主様。少し面倒だから、妾が広範囲を一気に凍らせ、」
「大丈夫だ、リッカ。ここは俺に任せろ!」
またもシルフィーナに向かう"不埒な気配"。
「《重力縮小(グラビィティ・シュリンク)》」
俺は周囲1m前後の重力を縮小(シュリンク)を済ませると、片腕で軽く刀を振る。
ガキンッ!!
俺は難なく変なゴブリンを弾き飛ばした。
あの歪(いびつ)な両腕の筋力が力を発揮する前……、つまり、重力が急に軽くなった場所で勢いよく振り上げた両腕により、ゴブリンの体勢が死んだ瞬間。
そのタイミングに合わせて弾けば、
ガサガサガサッ!!
ゴブリンを吹き飛ばし、木々に突っ込ませるくらいはわけないのだ。急な剣戟の音にシルフィーナはビクッと身体を震わせるのを見つめながら、
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ!!
"なかなかのスピード"の攻撃を弾き返し続ける。
「……主様? 何してるの?」
リッカはジトォーっとした視線で俺を見つめる。
呆れたような、諦めたような、軽蔑したような……。まるで俺がわざと屠らない事に気がついたような態度だが、俺がそんなものを気にするわけがない。
シルフィーナは音が響く度にビクッと身体を震わせる。その都度、一緒に踊っているおっぱいに俺は釘付けなのだ。
シルフィーナを襲うゴブリンの気持ちがわかってしまう自分を愛おしく思う。※なんで?
「……ア、アード君、ウチ、相手の姿が見えないんだけど!!」
「……安心してくれ!! 俺には見えてる! (おっぱいがっ!!)」
ガキンッ、ガキンッ!!
バユンッ、パユんッ!!
「す、すごいスピードッ!! ゴブリンって弱いんじゃなかったの!? こんなゴブリン……まだウチじゃ……」
ガキンッ、ガキンッ!!
バユンッ、バユンッ!!
「……確かに、素早い動きだっ!! くっ、くっそぉ~……おそらく、最上位だな! なかなか手強い……(おっぱいだッ)!!」
ガキンッ、ガキンッ!!
バユンッ、バユンッ!!
「……えっ!! ウ、ウチも戦うよ!!」
シルフィーナは2本のダガーを手に取るが、俺の視線はシルフィーナの"片乳"に夢中だ。
心臓部には簡易鎧を装備しているシルフィーナ。固定された"お山"に、寄せては返す"片乳(おおなみ)"。
流動的で一箇所に留まることがない津波(おっぱい)は俺の欲望を刺激する。
は、は、挟まれたい……。
俺は、この"大波"に溺れたい!!
「……えっ……? アード君!! な、何か指示して!! ウチにできる事はなんだって!!」
「……えっ、マジで……!?」
「アード君!! 早く!」
「……えっ、あ、……ん?」
「ウチ、アード君がいつ攻撃されたのかわからなかったけど、……"受け流す"だけなら、ウチにだって!! 大丈夫、きっと反応できるよ!!」
勇ましくグッとダガーを握りしめたシルフィーナの言葉にハッと我に帰ると、何やら鼻の下に液体が流れているのを感じた。
(鼻水か……? 攻撃なんてされてないが?)
俺は首を傾げながらスッと拭い、緊張しながらも立ち向かう事を選んだシルフィーナに、(不安にさせすぎたな……)なんて少し反省する。
ガキンッ、ガキンッ!!
襲い来るゴブリンを片手で軽くあしらい、シルフィーナの肩にそっと触れる。
「アード君、ウチだって、」
「わかってる! 大丈夫。心配しなくていい!! シルフちゃんは、これから異常なスピードで強くなれるよ! さっきの戦闘でわかってるから……」
「……えっ? でも、アード君、」
「ふっ……、だが、今は俺に任せてくれ。俺は冒険者の先輩だし、勇者パーティーのポーターだからな! それに……、"もう、充分見たから"……」
「……アード君」
「安心していいからな?」
俺はニカッと笑顔を作ってから、めちゃくちゃ真剣な表情を浮かべ、果てしなくカッコつけると、シルフィーナに完璧すぎる横顔を見せつけた。
『いつも酒場に来るグータラの常連客』
そのイメージはそろそろ払拭してもいいだろう?
俺が、"実は無能じゃない"と知っているシルフィーナ……、いや、「守るべき対象」であるシルフィーナには、力を誇示する事で"本当"に只者じゃないと教えておいた方がいいのかもしれない……。
ってか、シンプルにチヤホヤされたい!
当初の目的通り、
――アード君、素敵!! 抱いて!!
なんて言われて、
――悪いな、俺にはアリスがいるから……。
なんて言って、カッコつけたい!!
でも、シルフィーナは抑えられなくて、俺を押し倒して……ハハハッ、最高かよ!
「主様、カッコつけてるけど鼻血が出てるままなの」
「……は、鼻血?」
「乱暴に拭ったから頬にまでベットリなの」
「……」
「…………」
「……」
死にたいんだが……?
「……ア、アード君! だ、大丈、」
慌てた様子のシルフィーナの言葉を片手で諌(いさ)め、あまりの恥ずかしさに赤面しながらも鼻血を拭った。
……めちゃくちゃカッコつけてたのに台無しだ。なんで俺は『ここぞ』という時にバシッと決まらない……?
……全ては煩悩か……?
俺の煩悩は絶対に108つじゃない!!
クソッ!! ふざけろッ!!
いっつも、いっつも俺の邪魔しやがって、俺っ!!
ガキンッガキンッ!!
ってか、なんだよ、コイツ!
いつまで諦めないんだよ!!
気持ち悪い!!
さっさと消えろよ、バカがッ!!
俺は襲ってくる"変なゴブリン"のせいにした。
もう全てはコイツのせいなんだと、情けなすぎる自分を正当化した。
「……ア、アード君?」
「あっ、マジで大丈夫だから!」
ガキンッ、ガキンッ!!
片手でゴブリンをあしらいながら、なんだか、アリスに会いたくなった。
俺が鼻血を流した時、アリスがいてくれない事がちょっと寂しかった。
いつもならアリスが《回復(ヒール)》してくれて……。
シルフィーナは不安気な様子で小さく首を傾げている。リッカは「シルフ、少し離れてるの」なんて、シルフィーナを避難させた。
ごめんな、アリス。
俺、かなり浮ついてた。
もういいよ。もう知らない。
どうせ俺は無能(クズ)だよ、クソッ!
心の中で吐き捨てながら、
ガキンッ!!!!
先程よりも少し力を込めて、ゴブリンを吹き飛ばす。
「《地面縮小(アース・シュリンク)》」
パッ……!!
ゴブリンが吹き飛ばされるよりも速く、俺は背後に回り込むと、
グ、ギギイィイ!?
ゴブリンは目を見開き、驚愕した。
おそらく、リッカでも余裕で始末できる相手だろう。全然、大したことない。リッカはもちろん、獄炎鳥や"グリム…なんたら"の方が全然強かった。
グギィイイイイイイイ!!!!
ゴブリンからの"不埒な気配"が消え失せ、悪魔でも見たかのような焦り散らかした顔は、なかなかに笑わせてくれるが、俺の表情は動かない。
「《空間縮小(スペース・シュリンク)》《常時》」
ズズズッ……
手に持っていた獄炎鳥の刀に、黒いモヤを侵食させる。
俺に恥をかかせたのは、
「全部、お前のせいだ!!」※いや、お前のせいだろ。
グザッ、グザッ、グザンッ!!
高速で刀を振るい、切り刻む。
本当に"変なゴブリン"だ。
『核』が3つもあるなんて……。
まぁ俺の知った事じゃないがな。
ズチャアァ……
少しずつゴブリンの肉片がズレていくと、
ズパァアンッ!!
弾け飛んだ肉片から血が飛び散る。
「空間(スペース)……」
返り血を浴びるのが嫌だった俺は《空間縮小》で血を消し去ろうとしたが、
……この後、水浴び!?
先程、汚れていたシルフィーナとの"水浴びイベント"が頭をよぎり、多少、汚れても返り血を受け入れた方が"おいしい"と判断する。
サァアーー……
森に穏やかな風が吹く。
俺の少し長めの黒髪が靡いている。顔に付着している返り血は、かなりかっこよさを演出しているはずだ。
……ふふっ、シルフィーナ、ゲットだぜ……。
先程の醜態を払拭した気になるが、
「いや、クッサッ!! めちゃくちゃクサイな、このクソゴブリンッ!!」
鼻が曲がりそうなほどの異臭に「うっぷっ」と口を覆い、涙目になった。
「……ア、アード君! ウ、ウ、ウチも、か、返り血が気持ち悪いんだ! ど、どうすればいいかなぁ……?」
顔面蒼白のシルフィーナと、俺の同様、鼻と口を塞ぎ涙目のリッカ。
えっ? そんなクサ、いや、クッサ!!
これ、ゴブリンの血じゃないだろ!! クソがッ!
「ウ、ウチ、早く身体、洗い……たいよ……」
「……へっ?」
か、"身体を洗い……たい……"だとッ!?
いま、『身体を洗い合いたい』って言ったよな!?
「よ、よ、よし!! じゃあ、水浴びに行かないとな! こ、こ、こっちだ! 俺が、いい水辺を知ってる!」
自分の異臭に耐えられず、鼻を摘みながら声をあげたついでに自分の「嗅覚」を《縮小(シュリンク)》して、ほくそ笑む。
ついに、【縮小】の真髄をお見せできそうだ。……俺には、超合法的にシルフィーナを丸裸にするための策がある。
全部脱がせて、服を《縮小(シュリンク)》。
……極小の衣類や装備にすることで、あっという間に洗濯が終わるのだ! そして、服を纏わない美男美女が……身体を"洗いっこ"……。クックックッ……完璧すぎる! 完璧すぎるぞ、俺!
曰く、"だらしない顔"で先頭を歩く俺の後ろから、リッカの声が飛び込んでくる。
「"ありゅじしゃま"……、そっちに"水(みゅじゅ)の気配(けひゃい)"はないの……」
鼻を必死に摘んでいるリッカの声にピタリと足を止める。
「えっ!? どこ? リッカちゃん! 早く!! ウ、ウチ、このままじゃ……!」
真っ青で涙目のシルフィーナ。
「……い、急ぎゅの。妾(わりゃわ)、自分の鼻を捨てたくなってきたの」
トコトコと早足で歩くリッカの言葉に、軽く傷つき、あとで"お仕置き"を決意しながらも、俺の脳内ではシルフィーナにとんでもないことをしていた。
アリスに心の中で謝ったことなど、もちろん一切忘れていた。
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