第50話 森デート ②



   *****



 ――明日、本当に少し付き合ってくれないかな?


 シルフィーナからの"デート"の誘いを受けたのは昨晩の酒場での事だ。


 以前から魔物討伐に連れて行って欲しいと言われていたが、ずっと「危ないよ?」と断り続けていたのだが、(※めんどくさかっただけ)


 ――お願いだよ、アード君!


 シルフィーナと上目遣いにイチコロで了承したのだ。


 まぁ、危なくなったら助けてやるか!!

 ってことは、はぁ~……やれやれ。……シルフちゃんまで俺にメロメロになってモテちゃうなぁ。


 エールに酔っていた俺は、そんな事を考えていた。


 男は誰だってそうだろう? 美女とどうこうなるというより、ただ単純にチヤホヤされたいんだ。いや、どうこうなりたいものだ。


 「完璧でえっちで麗しすぎる嫁がいたとしても」だ! 


 浮気とかではなく、全世界の美女が俺を好きになればいいと思っている。いや、童貞を捨てた俺は、もう向かうところ敵なしで、すっかり世界一のモテ男になった気分だったのだ。


 シルフィーナの窮地を救うイケメンの俺を想像しては、


(……まいったな。俺にはアリスがいるのに……)


 なんてシルフィーナに「抱いて欲しい」とせがまれる光景を想像していたんだが……。



   *****



 だが、蓋を開ければどうだ?

 なんて有能で、なんて可愛くて、なんてエロいんだ。


 気を抜くと、「抱かせて下さい!」と土下座してしまいそうだ。3日に1度、さっきの鋭い眼光で俺を蔑んで欲しいとすら思っている。


 くぅ~……。たまらんぜ、シルフィーナ!

 そんな一面も持ってるのか?! 君って女は、どこまで行っても俺を惑わせるんだな!!


 なんて事はない。メロメロになったのは俺の方だ。


 いや、浮気じゃない……よな? いや、知らんけど。とりあえず、シルフィーナにゴブリンの血の落とし方をレクチャーするのは必須だな!!



「主様、"浮ついてるの"……」


 リッカの声にハッと現実に帰ってくる。

 目の前には小さく首を傾げるシルフィーナ。


「……バ、バカめ。シルフちゃんがバユンバユンッで身体が柔らかくて、鋭い視線で、これから水浴びで……!!」


 ここまで口にして、自分で浮ついている事を自覚しながらも、


 ――旦那様……?


 無表情で首を傾げるアリスが脳内で語りかけて来て、一瞬にして、理性を総動員する。


「……ア、アード君」


 顔を真っ赤にして、うるうるの瞳を伏せたシルフィーナの破壊力に、


「グオッハッ!!」


 俺は血を吐いた。


 シルフィーナの頬に付いているゴブリンの返り血が、先程の真剣な眼差しを思い出させる。それとは対局にある可愛すぎる照れ顔に、俺はなかなかのダメージを受けたのだ。


 ダ、ダメだ、ダメだぞ、アード・グレイスロッド!


 お前にはもうアリスという完璧な嫁が……。

 …………よ、よし。貴族になろう!! 

 サクッと侯爵位を貰って、重婚しよう!!


 ……って、ふざけろ!

 そんな面倒な事やってられるか!!

 俺の『自由』は絶対に奪わせないぞ!!


 シルフィーナとも結婚するために、うっかり貴族を目指してしまいそうになるとは……。


 シルフィーナめ、なんて罪深い女なんだ……。


「主様、だらしない顔なの……」


 俺の思考を遮るようなリッカの言葉。

 俺の"ベッド"のくせに生意気だ。


「……ふざけろ、リッカ! 俺は顔だけが取り柄の男、」


「そ、そんな事ないよ! アード君のいいとこ、もっといっぱいある!! 確かに今はえっちな顔してたけど、顔だけなんて事は絶対ないよ!」


 俺の言葉を遮ったシルフィーナはそういうと、また顔を赤くし、なんの悪気もなく照れたように視線を逸らした。


 うん……。えっちな顔してたんだー。ってことは、だらしない顔だったんだー。


 照れ照れのシルフィーナに苦笑しながらも、俺には乗っかる選択肢しかない。


「……そ、そうだぞ! お、俺には良いところがいっぱいあるんだ!」


 正直、パッと思いつくような俺の良いところはないが、澄まし顔のツンデレ爆乳幼女の使い魔には、わからせる必要がある。


 ここ4週間、いつも9本の尻尾を"ベッド"代わりにして、グータラと惰眠を貪るだけの男じゃないとわからせないといけないのだが……、


「……そ、そんな事、知ってるの」


 予想に反して、リッカは小さく呟いてからフイッとそっぽを向いて顔を真っ赤にさせやがる。


 なんか、心がポワポワする。


 なんだろうか、この優しい世界は……。

 やはり、俺の予想は間違いじゃないようだ……。


 世界中の女は俺に惚れている!!


 長かった。やっと来やがった。

 待ち望んでいた『モテ期』ってヤツが!!



 ポンッ……



 俺はリッカの頭に手を置き、少し屈んでリッカの白銀の瞳と目を合わせる。リッカは更に顔を赤くするが、そんな事は知ったことではない。



「リッカ、そろそろ、モフモフで身体を洗ってくれないか……?」


 

 俺は大真面目だ。

 "いける"事を確信した俺は、冗談なんて疑う余地もないほどのシリアス顔で常々思っていたことを口にした。


「……い、いやなの! あ、主様は……、ア、アリスといつも一緒に入って、その、あの……は、始めてるの知ってるの!!」


「……はっ? 新婚さんだぞ? "それ"は当たり前だろ?」


「わ、妾はそんなの見たくないの!!」


「ふざけろ! いつも俺達を『オカズ』にして自分でやってるんだろ! どうせなら、目の前でしろ!!」


「な、な、な……、し、し、し、してないの!!」


 リッカは顔を真っ赤にしてフイッと視線を外し、短めの着物(キモノ)の裾をギュッと握る。


 ……なんかいい。

 なんかいいぞ、おい。


 パインパインの胸の谷間……。

 見た目が幼女だから、さすがの俺でも"そういう"事は倫理的に考えないようにしているが、コイツは4000歳以上のクソババアのはずだ。


 よくよく考えれば、俺はコイツのおっぱいを触った事がない。


「ほぉ~……、『主様(あるじさま)』に嘘を吐くんだな? これはキツイ、キツイお仕置き、」


 ゴクリと息を呑みながら、おっぱいを見つめていた俺だが、視界の端にモワァアっとした気配が横切る。


「……ん?」


 改めて視線を向けると、その『暴力の気配』は、俺とリッカを苦笑しながら見ているシルフィーナに向かい、濃く、近くなって……?


「《地面縮小(アース・シュリンク)》……」


 パッ……


 俺は瞬間移動すると同時にシルフィーナの腕を掴み、リッカがいる方向に避難させると同時に剣を抜く。



 ガキンッ!!



 2本の歪曲している鎌のような剣と、俺の獄炎鳥の素材で作られた刀がぶつかると、ソイツは姿を現した。




 グギィイ……!!



 通常のゴブリンよりも一回り小さいが、両腕だけが異常に発達している見たこともないゴブリン。


 なかなか重たい一撃……ってのはどうでもよくて、


「……うえっ!! 気持ち悪ッ!!」


 あまりに歪(いびつ)で変異的なゴブリン。

 そのあまりの気持ち悪さにドン引きした。





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