第46話 『おまけ』〜宴の裏で〜




―――酒場「ラフィール」




(なんて……、私はなんて、失態を……)



 アリステラはエールを浴びるように飲んでいるアードの様子を伺いながら、無表情で絶望していた。


 頭にあるのは1つの約束。



――お前の側にいる。



 無理矢理、勇者パーティーに引き込んでしまった罪悪感を払拭してくれたアードの言葉を思い返しては、「"その後"の"失態"に愛想を尽かされたのでは?」と頭を抱えたくなっていたのだ。


 『きっと、もうこれ以上の幸福はない』


 アリステラは今回の初クエストで、勇ましく、可愛らしく、文句をいいながらも優しいアードへの愛慕を募らせて来たが、その"上"があった事に涙が止まらなかった。


(……あまりの幸福と、甘くトロける口づけで意識を失ってしまうなんて……。全てを捧げる覚悟は出来ていたのに……本当に私はなんて事を……)


 アリステラは、初めての濃厚キスに疼く腹部を抑える。あまりに甘美な"幸福の味"を反芻する。



(……シルフさんとも"済ましている"のでしょうか?)


 シルフィーナの屈託のない笑顔と唇を見つめて疑問を抱く。


 あの幸福と甘さ。

 何も考えられなくなるような濃密な口づけ。


 『きっと私以外の女性にも注ぎ、かなりの経験をこなしているから、あのように上手になられたのだろう』


 アリステラの頭には嫉妬と、"全て"を受け入れる事が出来なかった焦燥だけがグルグルと身体の中に渦巻いている。



 楽しそうに談笑するアード。


「リッカ! 俺の横で"尻尾ソファ"を作ってくれないか?」


「主様は、妾の尻尾にしか興味がないの」


「い、いや……、そんな事ないぞ?」


「……尻尾と胸にしか興味がないの」


 口を尖らせるリッカが羨ましい。

 自分も常に横に求められる存在でいたい。


 アリステラの頭には、やはり先程の1つの約束。


(大丈夫です。旦那様は"約束を違える事はない"と仰ってくださいました……)


 渦巻く嫉妬心を閉じ込め、心からの信頼と愛情を引っ張り出す。アリステラは無表情だが最大限の愛慕を込めた視線でアードを見つめる。



「それにしても……」


 アリステラは誰にも聞こえないように小さく呟き、


("1つ"になったら、どれほどの幸福を感じられるのでしょう……?)


 心の中で続け、アードの裸を思い返しては顔の熱を冷ますように慣れないエールを口に流し込んだ。





※※※※※




(あぁああ!! なんで躱しちゃうかなぁ!!)



 シルフィーナはせっかく父に許しを貰い、アードへと真っ直ぐに恋心を伝えようとしていたのに、少し困ったようなアードの表情に耐えられなくて、"いつも通り"を取り繕ってしまった自分に悪態を吐く。



 本当は傷一つなく無事で帰ってきてくれた事が飛び跳ねるように嬉しかったのに、ただの"馴染みの店員"としてしか対応できない自分が嫌になる。



「ふぁああ!! 最高だ! ガーフィール、今日、ピッツァないのか? 焼いてくれよ!」


「カッカッカッ! なんだよ、それ! そこの、バカ強そうな"狐人"の使い方間違ってるだろ、アード!」


「妾には"リッカ"っていう名前があるの」


「カッカッ! 悪かったな、"リッカ嬢"! それにしても渋いな、"ヤマト酒"なんて、この爺さんしか飲まねぇかと思ってたよ!」


「フォッフォッ! リッカ殿は"半端ではない"ぞい? そりゃ、選ぶ酒もセンスが良いわい!!」


「ハハハハッ! 確かに美味いが、俺はヤマト酒飲むと一瞬で記憶が飛んじまうんだよ!」


「……主様、"お子ちゃま"なの」


「……ハハッ! リッカ! 今ここで耳を撫で回してやろうか?」


「……!! ご、ごめんなさいなの! そ、それは絶対ダメなの!」




 仲良しな3人と可愛らしい9本の尻尾を持つ"狐人"。


(パパばっかり、ずるいよ! ウチだって、アード君と話したいこといっぱいなのにぃ!!)


 シルフィーナは口を尖らせて、テキパキと空いたグラスやお皿を片付け、料理が無くなってしまいそうなので、適当なつまみを作り続ける。



 アリステラのトロンとした空色の瞳に、


(もう、"しちゃってる"よね……)


 などと勘ぐり、カレンの"何か"を待っているかのような真紅の瞳に、


(あんなに綺麗な"カレンさん"まで……)


 などと劣等感に襲われる。


 リッカのチラチラとアードの様子を伺う白銀の瞳にも、言いようのない不安を抱く。



(……やっぱり、ウチなんかじゃ)



 チラリとよぎった考えを打ち消してくれたのは、両手に巻かれた血が滲んでいる包帯だ。



(よし……、ウチだって、頑張るって決めたの! ウジウジしてる暇なんてウチにはない!!)



 リッカの尻尾に頬擦りをしながら「もふもふぅ〜……」とすっかり出来上がっているアード。



ツンツン……



 アードの背中を控えめにつついたシルフィーナ。


「……ん?」



ドクンッ……



(な、なんか更にカッコよくなってないかなぁ!?)


 振り向いたアードに狼狽えるシルフィーナは、ゴクリと息を飲み口を開いた。



「……ねぇ、アード君。ウチの初めての"魔物討伐"に同行してくれないかな?」


「……ふぁっ?」


 アードの困惑の表情。

 

(え? やだ。可愛い!! け、けど……、もう我慢しないよ?)


 シルフィーナは屈託のない笑顔を浮かべた。



※※※※※





(ハァ、ハァ、ハァ……)



 カレンは作戦決行の機会を伺っている。


 題して、『夜の酒場〜酔っ払ってる隙に愛の誓い〜』の一大イベントを前に、昂った心を鎮める事は出来なかった。


――"ヤマト酒"を飲むと、一瞬で記憶が……。


 アードの言葉にカレンは作戦の成功を確信する。



(ふふふッ……、いい事聞いちゃったぁ!! もうアリスとは『した』んだろうし、僕も我慢しなくていいよね!!)


 つい先程、知らぬ間に消えていた2人。


 部屋の前には、「……イヤらしいの」と顔を真っ赤にしていたリッカの姿。"合流"しようかとも考えたが、



――邪魔したら……、わかってるな?



 アードの鋭い視線を思い出し、(ま、まだ死ぬわけにはいかないんだ!)などと、ギリギリのところで踏みとどまった。



 エールを飲んでご満悦なアードを見つめる。



(よ、よし。行くぞ!! 大丈夫! 僕は可愛い! 僕は美しい! 無理矢理にでも"一線"を超えたら、アード様だって僕を見てくれるはず!!)※犯罪です。



「シ、シルフちゃん! 僕も"ヤマト酒"を飲んでみようかな!」


「……? "カレンさん"はお酒が苦手じゃなかったですか? 少しアルコール度数が高いので、あまりオススメはしませんよ?」


「……へ、へぇ〜……、そ、そうなんだ!」


 カレンは(か、完璧なんじゃない!?)と頬を吊り上げる。


「……? 慣れてないなら、果実酒がいいと思いますけど?」


「いや!! 絶対、ヤマト酒! ヤマト酒以外は要らない!!」



 カレンの圧と美貌にシルフィーナはパチパチと瞬きをして、


「気をつけて下さいね?」


 と手渡した。

 カレンは礼を述べてアードの元へと向かう。



「ア、アード様……。今回のクエスト、本当にありがとう!! よ、よかったら、お酒をついでもいいかな?」



 カレンは感謝の気持ちを伝えながら、アードにヤマト酒を促すが……、



「……カレン、お前、なに企(たくら)んでる? 」



 カレンは自分の赤い瞳がバッキバキである事を知らなかった。



「え? いや、僕はアード様に、」


「ハハッ! いいぞ? 俺が注いでやるよ、"勇者様"。このパーティーのリーダーに感謝しないとな?」


「い、いやいや、僕は『1番弟子』として、"先生"に……」


「……ハハッ! 何が"先生"だ! バカめ! ガキ勇者は大人しく果汁を搾ったの貰えよ。酒は苦手なんだろ?」


「フォッフォッ! カレン、無理をするでないぞい? アードの酒に付き合えるのはワシだけじゃからのぉ!!」


「なっ!! ぼ、僕だって、お酒くらい飲めるさ!」


「ハハッ!! 無理すんなよ! ヤマト酒は美味いが、"なかなか"だぞ?」


「も、貰うよ! アード様も一緒に飲んでよね? 乾杯してくれるよね?」


「……まぁ、久しぶりに悪くないな!」



トプトプトプッ……



 小さな"オチョコ"に酒を注ぎ合う。



(大丈夫! 一杯くらいなら、僕だって!! 何て事はないさ! それでアード様が手に入るなら、安い物!!)



 2つのオチョコを合わせ……、



ゴクリッ……



「おぉ! 美味い! もっとくれ、ガーフィール!!」


 ケロッとした様子でおかわりを頼むアード。



ドサッ……



 目をチカチカさせながら倒れたカレン。


 カレンの『夜の酒場〜酔っ払ってる隙に愛の誓い〜』は、勝者アードで幕引きとなった。




 

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