第45話 『おかえりなさい』
―――酒場「ラフィール」
ガバッ!!
店に入るなり、俺はシルフィーナに抱きつき、その甘い香りとタユタユの胸を堪能する。
「シルフちゃん! 会いたかったよぉ!! ひどいんだぞ、"勇者パーティー"! "1番弱い"、俺をこき使って、何度死にかけた事か!!」
2日? いや、3日会わないだけで、シルフィーナの美しさを再確認し、その甘く懐かしい香りに"帰ってきた"事を実感するが……、
ギュッ……
腕を回す事はないにしろ、俺の服の裾を掴んで沈黙するシルフィーナに俺は首を傾げた。
いつもなら、「はいはい、とりあえずエールでしょ?」などとイタズラな笑みを浮かべるのに……?
ガーフィールも「何やってんだ! アード!」などとすっ飛んで来るのに……?
「えっ? あ……、ん? シルフちゃん?」
なんだか不安に駆られた俺はシルフィーナから離れて顔色を伺うが、そこには顔を真っ赤にして瞳を潤ませる姿。
えっ……? なに? めちゃんこ可愛いんだが……?
上目遣いで俺を見つめる潤んだ瞳と堪らなく柔らかい胸。
「……ウチも会いたかったよ、アード君……」
「……!! え、あ、うん……ん?」
控えめに言って、アリスにも負けず劣らずの破壊力だが、俺はいつもとは様子の違う"ラフィール"に顔を引き攣らせる。
「……ハ、ハハッ、そんなに俺が来なくて寂しかったのか? シルフちゃん」
いつもの軽い調子で口を開いた俺。シルフィーナは少し息を飲むと、真っ直ぐに俺を見て……、
「……そうだよ?」
小さく首を傾げた。
……はっ? いやいや……。
い、いや、死ぬほど可愛いし、心臓が"ハウッ!"ってなったが……、えっ……? これ、どういう状況?
パチパチと瞬きをしても目の前の状況は変わらない。
「……えっ……? シ、シルフちゃん……『はいはい、注文はどうする?』は? ガ、ガーフィール! シルフちゃんが、」
キュッ……
シルフィーナが掴んだままの服の裾を遠慮がちに引き寄せる。
「こらぁ! まだウチの時間だよ? アード君」
尖らした唇に赤い頬。
……モ、モ、モ、モテ期、来たぁああ!!!!
"これ"、そうだろ? 俺が居なくて、自分の気持ちに気づいちゃった系のヤツだろ!?
……え? マジか! え? マジか!!
ど、ど、ど、どうする!? どうするんだよ!!
狼狽える俺はチラリとアリスの様子を伺うが……、
――本当に申し訳ありませんでした。……あまりの"気持ちよさ"に頭がボーっとしてしまい、な、何がなんだかわからなくなりまして……気がついたらあのような"粗相"を……。い、今からでも……、よろしければ……?
つい先程の記憶が頭を巡る。
俺が眠っている間にちゃっかりと風呂に入り、裸に浴衣を纏ったアリスの姿。
――んー? 気にするな。約束は果たせたし、気楽に、ゆっくり進んでいけばいいと言っただろ……?
たまらぬ眠気とアルコール不足の俺がそう言ってから、アリスはズゥーンッと落ち込んだままなのだ。
俺が断った感じになってる……?
そんな気もしないでもないが、「まずはエールだ!」とラフィールにやってきたのに……。
い、"いつも"と様子が違うんだが!?
か、帰ってきたんだ! いつもみたいに楽しくエール!
もう手が震えて仕方がないんだ!
シルフちゃん! とっても、とっても嬉しいが、今は頭がまともに働かないんだ。エールが足りない。今の俺には圧倒的に絶対的に、エールが足りない!!
チラリと見えたランドルフは既に顔を真っ赤にして出来上がっており、殺意が湧いてしまう。
お、俺はもう"末期症状"だ。
あんなヨボヨボの爺さんが羨ましいだなんて……。
フワッ……
両頬を包まれると、くちびるを尖らして少し拗ねたようなシルフィーナの可愛い顔が待っている。
「シ、シルフちゃん! そりゃ、嬉しいが、」
「ぷっ、ふふふふッ! どうしたの? アード君!」
「えっ? 何がだ?」
「先に、『キンッキンに冷えたエールを貰おうか?』でしょ? 『今晩どう?』はそのあとだよ? 忘れちゃってるからイジワルしちゃった!」
「……こ、この"小悪魔"め! さっきのトキメキを返して貰うぞ! シルフちゃん!!」
「ふふふっ。はいはい。お返ししまぁーす!」
「……ハハッ……。シルフちゃん、今晩どう?」
「……いいよ? アリスさんがいいって言えばね?」
ニヤリとイタズラっ娘のように笑ったシルフィーナに、「ふっ」と笑みを溢す。
「ガーーフィーールゥウ!! キンッキンに冷えたエールを貰おうか!?」
「……カッカッカ! うるせぇぞ、アード。待ってろ、すぐ出してやるからよ」
ツンツンッ……
背中をつつかれて視線を向けると、そこには屈託のない笑顔を浮かべるシルフィーナ。
「忘れてた……。アード君! おかえりなさい……。それから、いらっしゃい!」
まだエールも飲んでないのに顔が熱くなってしまった。
「ふふっ……アード君がいなくて、売り上げが落ちてるんだ! よく帰ってきてくれました!! 本当に会いたかったぞ? アード君!!」
「……こ、今晩どう?」
「あっ……アリスさん! ここに"浮気者"がいますよぉ!」
シルフィーナはアリスやカレンの方へと歩いていってしまった。
「……ハハッ! 相変わらず、いいお尻、」
ガンッ!
カウンターにジョッキを置く音。
俺が世界で1番好きな音が鼓膜に届く。
「"お客さん"、ウチの娘の尻をつまみにしやがったら、出禁ってルールを作ったんだ。気をつけな」
「ハハハハッ! バカめ! シルフちゃんの"全て"をつまみにしているに決まってるだろ?」
「……やっぱり、こんなヤツに……」
「ん? なんだ? そうか、ガーフィール!! お前も俺に会いたくて仕方なかったか!? どうせ、毎晩のように泣いてたんだろう?」
「カッカッカッ!! ふざけんじゃねぇよ! "常習犯"がいなくて、とっても平和な3日だったぞ?」
「ハハッ、おっさんが照れ隠ししても可愛くないんだよ、ガーフィール!」
「ふっ……。アード……、お前に言いたい事は山ほどあるが、どうせ当分は意地でも働かねぇんだろ?」
「当たり前だろ! ダンジョンには2度と行かないと、ここに誓うぞ!!」
「まぁ、今日は奢り……、いや、爺さんからたんまり金をむしり取るから、好きなだけ飲め! こんなに早いと思ってなかったから、食事はいつものしかねえけどな!」
「ふっ、お前のつまみなら、なんでもいい。そんな事より……は、早く"ソイツ"を……、俺に」
プルプルと震える手を伸ばし、グッとジョッキを手に取る。
ゴクリッ……
あぁ。最高だ。
感覚的には1年間、禁酒してた感覚だ……。
「会いたかったぞ……本当に……」
「エールに声をかけるのはお前だけだ」
「フォッフォッ! わかるぞい! アード!」
2人の言葉を無視して口をつける。
(……う、うまッ……い……!!)
正直、今までで1番のエールだった。
「旦那様。私も今日は飲みます」
相変わらずの無表情の俺の妻。
「僕も今日はいっぱい飲んじゃおうかなぁ!?」
何やらソワソワした様子のポンコツ勇者。
「フォッフォッフォッ! ワシもう死んでもよい!!」
明日の事なんて全く考えてないバカ賢者。
「妾は"リッカ"というの。"ヤマト酒"はあるの?」
極東の酒をガーフィールに注文している俺の"ベッド"。
ゴクッゴクッゴクッ……
「くぅううッ!! 最高だ!! ガーフィール! おかわり!」
「カッカッカ! はいよ!」
これだ……。これで……、いや、コレがいい!!
コレさえあれば何も要らない!!
しばらくの談笑に、帰ってきた日常を堪能する。
「はぁ〜……最高だ」
リッカの尻尾でソファを作らせ、すりすりと頬擦りをしていると、
ツンツンッ……
控えめに背中をつつかれる。
「……ん?」
振り返ると、そこにはシルフィーナ。
「……ねぇ、アード君。ウチの初めての"魔物討伐"に同行してくれないかな?」
「……ふぁっ?」
俺はとてつもなく間抜けな声をあげたのだった。
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