第44話 濃厚で、濃密で、濃い!




―――辺境都市"ルフ" 高級宿「風見鶏」




【side:アリステラ】






「そ、そりゃ、ないだろ……」



 旦那様は、私たちの"新居"に帰るや否や小さくつぶやいた。


 時刻は朝の5時。おそらくは酒場"ラフィール"がまだ開店していない事に対する嘆きなのだろうけど……、



ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 私は帰って来た事に……、いや、旦那様に「お慕いしている」とお伝えした瞬間から心拍数が収まる事はない。


「アード様! 早速、稽古、」


「うるさい! するはずないだろ!」


「あ、朝でも夜でも、僕はいつでも……。ベ、ベッドの上での稽古だって、」


「旦那様、ひとまずは汗を流しましょう……」


 カレンの言葉を遮り、旦那様に声をかけるとカレンは口を尖らせ「ぼ、僕も一緒に……」などと呟いた。



 い、いけません!

 カレンの引き締まった裸体を、旦那様に見せるわけには……! キュッと引き締まったお尻、綺麗なくびれ、控えめですが綺麗な形のお胸を見せるわけには!!



「……え、あ……そ、そうだな!! カ、カレン。夫婦の時間だ!! 邪魔したら、わかってるな……?」


「……な、何さ! アード様まで顔を真っ赤にして! "する"んでしょ? きっと、この後"する"んだ! アリス! 僕達は親友だよ!? "一緒に"でもいいよね?」


「……はしたないですよ、カレン」


 必死に平静を保って口にするけど……、


 や、やはり、"そう"なのでしょうか!?

 だ、旦那様が「覚悟しろ」とおっしゃったのは、やはり"致す"という事なのでしょうか!?


 うぅう! も、もちろん、私も旦那様と一つになりたいですが……。


 顔は動かないのに込み上がる熱はとどまる事を知らない。



「と、とにかく! お前も疲れてるだろ? ゆっくり寝て疲れを癒すんだな!」


「そ、そうです。……今回、旦那様の助言を得て、急成長した姿は、とても感動致しました。頭の中であの感覚を反芻するべきだと私は思います」


「えっ? ハハッ……そうかなぁ? 僕、成長できてた?」


「ええ、とても素晴らしい物でしたよ、カレン。これまでとは雲泥の差でした。あのランドルフとの連携があれば、獄炎鳥に遅れを取るような事はなかったでしょう……」


「ハハッ! そうだよね!! アード様に見せれなかったのは残念だったけど、やっぱ僕強くなったよね? あの時は、ラン爺との連携もすごくて、なんだか"よく見えて"、」


 カレンはグリムゼードとの死闘を振り返りながら嬉しそうに語り始めると、



ギュッ……



「今のうちに行くぞ、アリス……」



 旦那様はカレンが自分語りを始めたタイミングで、私の手を取って下さった。


「……はぃ」



 小さく返事をするけど……、


 

ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……



 さらに早くなっていく鼓動。


 前を歩く旦那様は、初めて露天風呂に連れ出して下さった時のように耳まで赤く染まっている。



 必然的に、旦那様の"旦那様"が脳裏によぎる。



 か、覚悟を決めるのです、アリステラ。

 『初めて』であっても粗相は許されません。

 きっと旦那様がリードして下さります。


 あ、あんなに"大きく"とも……。

 うっ、うううう!! し、死んだりしませんよね?!


 私は心の中で絶叫した。




※※※※※




 まずはラフィールに行って、ランドルフとガーフィールに相談してからと思ったが、よくよく考えれば、童貞である事を伝えるのは少し恥ずかしい。



 幸か不幸か、まだ開店していない時間。


 "約束"を果たすのは、今がいいだろう!!

 いや、今しかないだろう!!


 カレンのバカも、アリスに警戒させるような事を言いやがったから、後できっちりとお灸を据えてやる!


 とりあえず、『約束』であるキッスだ!

 深い深い、大人の、濃密な……。


 くっ……。待ってろ、アリス!

 俺の"濃厚キッス"で、無理矢理にでも『無理矢理』じゃなくしてやるからな!!



 たかぶる気持ちを抑えきれない俺の前に、



ひょこッ……



「主様、妾も"温泉(オンセン)"に入りたいの。3000年ぶりなの」



 リッカが立ち塞がる。


 9本の尻尾を1本に見せる《幻術》を展開し、見た目は本当にただの"狐人"。白銀の髪と瞳、白い浴衣に身を包んだ爆乳ケモ耳幼女だ。


「好きにしろ。ランドルフ! リッカにも部屋をとってやってくれ! じゃあ! 俺、急いでるから」


「"使い魔"は主様から離れないの。べ、別に一緒に入りたいわけじゃないの……」


 ツゥーンッとしながらも、チラチラと俺の様子を窺うリッカは白い頬を染める。


 必然的に、"それ"を妄想してしまうのは男なら当然……。


 モ、モフモフに身体を洗われる……?

 この可愛くて胸がデカい幼女と露天……風呂だと……? なんだ? その背徳感はッ!?


 一瞬だけ思考が持っていかれるが……、


「……旦那様?」


 後ろからのアリスの声にハッとする。


 俺がいま1番すべき事に変更はない!!


 リッカと風呂に入ったところで、「初めてを奪った!」、「変態だ!」、「やめて!」、「主様はどこかおかしい!」などと言われるに決まっている。


 そんな事は断じてしない!


 否!!


 機会があればする!

 俺はそういうヤツだ!! リッカが嫌がろうがなんだろうが、モフモフに身体を洗って貰う!


 だが、それは『今』じゃない!!


「リッカ。離れられないなら、部屋の前で……、いや、カレンを見張っててくれ。任せたぞ? 暇なら、ランドルフと"魔法談義"でもしてろ」


「え、あっ、あ、主様!」



 視界の端には、宿屋の店員からワインを受け取っているランドルフ。アイツは俺と同等の中毒者だとはっきりと認識しながら、アリスの手を引いて宿を駆ける。




バタンッ……、ガチャッ……



「「はぁ、はぁ、はぁ……」」


 部屋に入り鍵を閉めれば、俺達の荒い呼吸だけが残る。



「……だ、旦那様。先に身を清めたく思います」



 アリスの言葉に、心拍数は最高潮だが……、



ドクッドクッドクッドクッ……



 "この発言"に臆する俺ではない!!



「……アリス。"いい"んだな?」


「……い、意地悪を言わないで、下さい……旦那様」



ズキュンッ!!



「わ、私の"心の内"はお伝えした通りにございます」



ガシッ!!



 俺はアリスの細い腕を引き寄せ抱き締める。



「だ、旦那様」


「アリス。俺は『約束』だけは"絶対"に守る男だ……。1度しか言わないからな……?」


「……」


「俺は『自由』に生きる! 誰かに縛られるのも、働いたりするのも大嫌いだ! ……でも……、アリス……。俺は、『お前の側にいる』って"約束"する……」



フワッ……



 アリスの顔を両手で包むと、そこには真っ赤に染めた頬に涙を走らせ、グッと唇を噛み締めているアリスの顔がある。


(ふっ……、なんて顔をしてる)


 初めて会った時には作り物のように感じ、両頬をぷにっと摘んで無理矢理に笑顔を作ったが……、あの時より、随分と"人間らしく"なったアリスの顔に思わず笑みを溢してしまう。



「……《聖約》があるからじゃない。……そう、"俺"が決めたんだ」




ちゅッ……



 俺は軽くキスをした。


 自分からキスをしたのなんて初めてだ。

 まぁアリスに奪われるまでした事すらなかったんだから当然なんだが……、


 や、柔らかい……。

 人間の唇ってこんなに柔らかいのか!?


 いざ、自分の意思でしてみると感動に包まれる。


 

「……」



 目の前には更に涙を加速させたアリス。



「……私は幸せ者にごさいます」


 

 心から幸せそうに微笑んだアリスの表情にゴクリと息を飲み、ゾクゾクッと身体の内側が熱くなる。



クイッ……



 俺はアリスの顎に手を添え、もう一度キスをした。


「んっ……は、はぁ……」


 ピシッと固まるアリスは少し苦しそうだが……、酸素を求めて口を開いたところに舌を入れる。



「……んっ……あっ……はぁ……」



 甘い声を漏らしながら、俺の舌を追いかけてくるアリス。


 唇を離してベッドに押し倒そうとすると、



「……旦那……様……」



 尋常ではない色気を放つアリスが目の前にいる。


 トロンとした潤んだ瞳に紅潮した頬、卑猥に濡れた唇。



(……こ、これ以上、煽るな……。バカめ……)



フサッ……



 優しくベッドに押し倒し、もう一度唇を合わせる。



クチュッ……クチュ……クチュッ……



「んっ……あっ、はぁ……、あっ……んんっ……」



 卑猥な音とアリスの甘い声……。

 絡み合う舌の感触に柔らかい唇……。



バサッ……



 服を脱ぎ捨て、ベッドに横たわるアリスを見下ろす。



「はぁ、はぁ、はぁ……」



 苦しそうに呼吸を荒くする姿に我慢も限界だ。



「……だんな……さま……」


「アリス。本当にいいんだな?」


 "無理矢理はしない"。そう約束した。


 ここで止まる気なんてさらさらないが、わずかに残っている理性を総動員すると、アリスはトロけた瞳のまま、



コクンッ……



 小さく頷くと共に……、



スヤァー……



 意識を失うように眠りについた。



「……えっ……? ア、アリス……?」


「スゥー、スゥー、スゥー……」


「……」


「スゥー、スゥー、スゥー……」



 真っ赤な顔のまま気持ち良さそうに眠るアリス。


 整いすぎている顔には、濡れた唇と濡れた睫毛(まつげ)、そして赤く染まった頬……。


 先程の余韻は確かにそこにある。



「ふ、ふざけろ……。も、もう限界だぞ」



モニュッ……



 とりあえず胸を揉んでみた俺……。



「んっ……」



 少しピクッと反応するがアリスは起きる気配はないし、


 は、『初めて』がこんな寝込みを襲う感じは嫌だ!! ずっと俺の名前を呼んで、「下さいッ……」って言われるんだ! もう2人とも訳もわからなくなって、ただただお互いを貪り合うんだ!!



 "これ"は違う!!



 俺は"いつの間に"か両手で胸を揉んでいた手を離して天を仰いだ。




「……う、嘘だと言ってくれ……、神……」



 ぬぉおおおお!!

 これは、ない! こりゃ、ないだろ! アリス!!

 

 "これ"どうするんだよ! 

 "準備"は満タンだぞ!


 心の中で絶叫しながらも、幸せそうに眠るアリスを前に、それ以上、何もする事が出来ないヘタレな俺。



「……あ、"あとちょっと"だったのにな……」



 "息子"に声をかけ、ボフッとアリスの横に寝転がる。



「旦那様……」



 可愛らしい寝言を呟くアリスの頭をひと撫でし、


「まぁ、約束は果たせたからよしとするか……。これから機会は無数にあるしな」


 赤く染まった頬にキスを落として綺麗な寝顔に小さく笑みを溢す。




(『お前の側にいる』か……)




 心の中で"約束"を小さく呟き、再度、「ふっ」と小さく笑うと俺も知らぬ間に意識を手放していた。


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