第43話 〜カレンの幸せ〜
【side:カレン】
―――88階層
え? 僕って意識を失ってたっけ?
こ、この9本の尻尾の妖狐……。
この無茶苦茶な魔力の持ち主、いつから居た?
僕は1人呆然と立ち尽くし、アード様に『リッカ』と呼ばれ、アード様を『主様(あるじさま)』と呼ぶ、綺麗でモフモフの毛並みを持つ妖狐に言葉を失っている。
ラン爺はなんだか、とっても自然に受け入れてるし、アリスもとっても綺麗な寝顔で尻尾に包まれて気持ち良さそうだけど……、
僕、全ッ然知らないんだけど!?
だ、誰なの? あ、あ、"主様"って……?
僕がやっとの思いで"1番弟子"になったのに(※なってない)、なんでこんなに簡単に……?
僕はもう何がなんだかパニックになって、頭の中がごちゃごちゃだ。
とりあえず、アード様に手取り足取り『夜の指導』を……。
断られたら、当初の予定通り、
『夜の酒場〜酔っ払ってる隙に愛の誓い〜』
作戦を発動させるでいいんだよね? ※犯罪です!
なんて考えていた僕の前に現れた1匹の妖狐に、上手く言葉が出てこない。
――あぁ……。俺の"ベッド"にする事にした『リッカ』だ。
アード様の言葉に目の前が暗くなる。
"ベッド"……? アード様の……?
『ベッド』?
な、何それ!? う、羨ましいぃい!!
アード様が『上に乗る』って事だよね……?
引き攣っていく顔は気のせいなんかじゃない。
「べ、"ベッド"……? え、えっと……、"ペット"って事なのかな?」
「ん? ペットじゃなくて、『ベッド』だ。ふわふわモフモフで最高だぞ?」
「……妾はベッドじゃなくて、"使い魔"なの……」
「わかってる、わかってる。たまに耳を触ってやるから安心しろ」
「ち、ちがっ! 主様は意地悪なの!」
「ま、待ってよ! こ、こんな大きな妖狐が街に現れたら大混乱に、」
「大丈夫、大丈夫! "人型"になれるから! リッカ、これが勇者の"カレン"、賢者の"ランドルフ"、で、俺の妻で聖女の"アリステラ"。はい! 自己紹介、終わり! リッカ! 早く魔力回復させてやってくれ!」
「……ア、アード様、"人型"って、」
更に困惑する僕にアード様はピクピクと震え出す。
「あぁ、もう、うるさい! カレン!! 俺の手が震えてるのが見えないか……? もう限界なんだ! 見ろ! ランドルフだってピクピク白目剥いてるだろ? これがアルコールの恐ろしさ、」
「"ランドルフ"は主様が揺さぶりすぎたの」
「……ハ、ハハッ……、リ、リッカちゃん? は、は、早くしようねぇ……。俺はもう太陽が見たくて……、エールが飲みたくて……、アリスとお風呂に入りたくて……」
「……わ、わかったの! そ、その怖い顔はやめて欲しいの! 《魔力(マナ)分配》……」
ポワァア……
"リッカちゃん"が呟くと、アリスとラン爺に白い雪が降り注ぎ、ゆっくりと染み渡っていく。
(き、綺麗……)
って……、ちっがぁあうッ!!
な、何さ! なんだか、イチャイチャしちゃってさ!
アリスはわかるよ? だってお嫁さんだもん!
この子、何者なの!? "使い魔"!? 何それ……。"弟子"よりなんか近くないかなッ!?
「んっ……、旦那様……?」
「ハウッ! ワシはまだ"そっち"には行けないんじゃ! "ルミエール"!」
アリスとラン爺が目を覚ますと、アード様はアリスを支えるように駆け寄る。
「よし! 帰ろう! アリス! まったく……、無茶するなよ? 心配するだろ?」
「……申し訳ありません、旦那様」
アリスは寝顔を見られたのが恥ずかしいのか、アード様の優しさが嬉しかったのか、はたまた、この後「なにか」あるのか、無表情のまま顔を真っ赤にし、
「一瞬、あの世が見えたわい……。懐かしい顔にも会えたしのぉ……」
「まだ安静にしなきゃなの」
「……大丈夫じゃ! それにしても回復系も出来るのか? なかなか研究意欲をそそられるのぉ」
「回復じゃなくて分配なの」
「ほぉ〜……、なかなか面白い魔法じゃ。感謝するぞい、"リッカ殿"」
「……妾は主様に言われただけなの」
ラン爺はリッカちゃんと楽しげに話す。
な、なんだろう……。この疎外感。
アード様に褒めてもらいたい一心で頑張ってる僕は、馬鹿みたいだ……。
アード様に好かれたいのに、好かれなくて。
僕だってアード様の役に立ちたいのに、頭が良くないから上手く出来なくて……。
僕はやっぱり、1度女を捨ててるから……、きっとダメなんだ。恋ってなんだか辛い……。ヤバい……、泣いちゃいそう。
ポンッ……
「ほら、カレン。コレが"いい事"だ! 本当は『グリムゼード討伐の栄誉』をやろうと思ってたんだが、アリスが屠っちゃったからな」
頭に置かれたアード様の手の温もりが堪らない。
こんな小さな事が幸せで仕方がない。
「……た、足りないよ。僕だって頑張ってるんだ! それなのに、アード様は、」
「ふざけろ! 結局、合図を出しても動かなかったくせに!」
「そ、それは……」
(アード様が心配で思わず……)
言葉は続けられない。僕がアード様を心配するなんておこがましい。でも、考えるより先に動いちゃったんだ。
好きで、好きで……、好きすぎて、何も考えられなくなっちゃうんだ。
「はぁ〜……。でも、まぁ、足りないなら……、これからはもう少し"助言"をしてやる。俺も剣は使えるし、【聖剣神技】はなかなか面白いしな」
「……アード様……」
「……ふっ、なんだよその顔。……カレン、お前はもっと強くなれるよ」
ポンッ、ポンッ……
アード様は2度、僕の頭を優しく叩くと、アリスの方へと歩いていく。
込み上がる涙が止まらない。
「恋なんてしなければ……」そんな事を考えても、こんな些細な事で胸がぽかぽかと熱くなって、悲しみの涙が幸福の涙に姿をかえる。
「ア、アード様ぁあ……うぅうっ! 僕、頑張るよぉ! アード様にもっともっと褒めて貰えるよーに! 『1番弟子』として恥じないようにぃ! う、うぅ、うわぁあん!!」
「……はっ? いやいや、弟子ではないからな! たまに助言してやるって言っただけだ!」
「"ポンッポンッ"は、もう弟子だよ? 反則だよ?」
「知るか! 離れろ! バカ!」
「じゃ、じゃあ、何で助言してくれるなんて言ってくれたの?」
「し、仕方ないだろ!? 一応、"約束"しちゃったんだから! ほら! さっさと帰るぞ! 何、急に大泣きしてんだ、バカめ」
「う、うぅ……アード様ぁあ……」
「ひっつくなって言ってるだろ! 鼻水やめろ! 汚いな! おい、ランドルフ! さっさとルフに帰ろう! 転移魔法を準備してくれ!」
「フォッフォッ! 流石に、グリムゼードの素材を、」
「それならもう《縮小(シュリンク)》して持ってる! 急げ! シルフちゃんとガーフィールが泣いてるぞ!」
「アード。お主、最高!」
ラン爺は転移魔法を準備し始めた。
僕はアード様の腰にしがみついたまま、アード様が頭を撫でてくれた時の感触だけを反芻し、また1からアード様のお嫁さんになれるように頑張ろうと心に決めた。
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