第42話 どうでもいいから、さっさと帰ろう!



―――88階層



 グリムゼードをアリスが屠り、とりあえず「"俺が"魔将王にトドメを刺した」という最悪の展開にならずに済んだ。



フニュッ……



 抱きかかえている手が、アリスの胸に沈み込んでいるが、コレは不可抗力。流石の俺でも、このタイミングで揉みしだくような事はしない。


モニュ……モニュッ……


 勿論、その柔らかさはじっくりと堪能させて貰うが……、


(ふ、ふぅ〜……。む、無茶をするなよ……)


 ただでさえ、魔力切れを起こしていたらしいアリスは、わずかに回復していた魔力と、"無理矢理"作り出した魔力で、グリムゼードにトドメを刺すと同時に意識を失ったようだ。


 俺はグリムゼードの言葉なんか一切気にしていないんだ。


 俺が『最強』なのは随分と前に知っているし、絶対的な強者が忌み嫌われる事も知っている。


 まぁ、"邪神"は言い過ぎだと思うけど……。


 そんな事より、俺のために怒ってくれるヤツらがいる状況がむず痒くて仕方ない。意識を失っていても柔らかい胸から力強い鼓動が手から伝わる。



「ふっ……」



 俺の事も、魔将王だとか、グリムゼードも、どうでもいいんだ。


 "そんな事"はどうでもいいと思えるほどに、アリスは麗しい。


 まぁなんにせよ、おっぱいは正義だ……。



フワッ……


 リッカに"尻尾ベッド"を作って貰い、アリスを寝かせ、コートをかけながら、みんなにはバレないよう、最後にモニュんッと一揉みする。


 コ、コートかけようとしただけだからな?


 誰に言うでもなく言い訳をする俺に待っていたのは……、



「アードォオオオオ! わからん! もう、あの、超(ちょう)、分からん! 全部、見たはずじゃのに、全くわからんのじゃ!!」



 バカうるさいクソ賢者だ。



「……うるさいな、バカ賢者」


「この興奮がわかるか!? アードよ! 教えてくれんか!? あ、いや! ダメじゃ! ワシが自分で……い、いや、ひ、1つだけ教えてくれんか!?」



 まだ身動きが取れず、寝転がったままのランドルフのテンションがウザすぎる。終わったのに、コイツの魔力が戻るまで帰れない。


 こんな事なら、俺も"転移魔法"を覚えておけばよかった。ランドルフに教えて貰ってできる物なのか、やはり魔導書がないと覚えられない物なのかはわからないが……、


 俺はさっさとキスとエールを……!!



「アードォオオオオ! 聞くぞい? 聞いてよいかの?」


「……なんだよ!? 答えてやるから、さっさと魔力回復させて、さっさと帰らしてくれ! 俺には帰って『すべき事』が山ほどあるんだよ!」


「あのグリムゼードの魔法? アレはなんじゃった? なぜ、なにも処理せず、なんともなかったのじゃ?」


「……"1つ"じゃないな?」


「……お、教えて欲しいのじゃ」


「可愛くないんだよ! はぁ〜……。"アレ"は『暴力の気配』が無かったから、ダメージを負った"フリ"をすればグリムゼードに隙が生まれるってわかってたんだよ」


「……『暴力の気配』? ……なるほどのぉ。アードに眠る大きなエネルギーの一端か? いや、感知魔法、いや、もっと大きな力の働きが……? ……ともあれ、あのタイミング……焦燥と絶望に包まれたグリムゼードが、何の害もない攻撃を?」


「そんなの知らな、」


「グリムゼードの"あのスキル"は即死系の必殺なの。そこの勇者に仕掛けた《支配の魔眼》も……。でも、主様(あるじさま)には関係ないの」


「ほぉ、なるほどのぉ……。……"畏怖"か? 精神や感情がありきのスキルじゃったんじゃな?」


 ランドルフは寝転がったままのくせに、カッコつけやがる。なんかイラッとしたから、このまま蹴飛ばしてしまいそうだ。



「そうなの。まぁ……主様の場合、"それだけ"ってわけでもないんだけど、主様にはグリムゼードに対する"畏怖"も"絶望"なんて、微塵もないの。即死系のスキルには制約が多くて、大前提に対象者がどちらかの感情、」


「リッカ! ランドルフ! "そんな事"はどぉーでもいいんだよ!! もうクエスト完了だろ?」


「……か、完了じゃが、先程の戦闘は"そんな事"ではないぞい? ワシの夢の、」


「本来はどれくらいの期間を必要とするクエストだったんだ?」


「……20日前後じゃな」


「……じゃ、じゃあ、頼むからクエスト完了の報告は1ヶ月、いや、3ヶ月後にしてくれ。た、頼む! もう疲れた! 3ヶ月分、いや、半年分は働いた! 俺には1年間の休息がいるんだ!!」


「ア、アード……お主、天才じゃな……! めちゃくちゃゆっくりできるではないか!!」


「……主様と賢者は怠惰なの」


「うるさい! 俺の"ベッド"にしてやっただろ? 俺は当分クエストには行かない! ダンジョンには2度と潜らない! わかったら、さっさと魔力を回復しろ! ランドルフ!」


 俺はランドルフの胸ぐらを掴んでユサユサと揺らす。


「ちょ、ま、アード! ワシ、"老いぼれ"! 魔力切れたら、めちゃくちゃただの"老いぼれ"!! そんな激しく、」



ガクッ……



「主様、魔力だけでいいなら、妾、あげられるの」


 ポツリと呟かれたリッカの言葉に、ピクピクとしているランドルフから手を離し、振り返る。


「おお! リッカ! すぐやってくれ! アリスにも頼む!」


「……わ、わかったの」


 なんだか照れたようにそっぽを向く"白銀の妖狐"に、「ん?」と首を傾げると、



「……ね、ねぇ、アード様……。えっと、あの、"この子"は?」



 ずっと沈黙していたカレンが顔を引き攣らせていた。


「……? あぁ……。俺の"ベッド"にする事にした『リッカ』だけど?」


「ハ、ハハッ……」


 カレンは更に顔を引き攣らせたが、俺はアルコール不足すぎて煩わしさしかなかった。




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