第40話 〜"絶望"と"混沌"〜 ①




―――88階層



【side:グリムゼード】



 何も見えない……。

 何も感知出来ない……。



ゾクゾクッ……



 我が……、この我が……死ぬのか……?


 あり得ない事態が引き起こっている事はわかっている。


 クソッ……クソッ!

 クラマめ! 裏切りおって……!

 なんなのだ! なんなのだ……、この『異形』は!!



 いざ、対峙してわかる"様々な生物"の気配。


 我が喰らった邪竜"アジダハ"。

 神獣として崇められるウルフ"フェンリル"。

 四天怪鳥と恐れられる獄炎鳥"ロックス"。


 様々な下等魔物の"集合体"。


 さらには"異界の者"と思われる、名も知らぬ7種の"上位悪魔"。我と同じ魔将王の1人である悪魔王"ラース"と同等の悪魔達の存在。


 "纏わせている化け物"の数々は、"この者"が本気を出せば、世界を飲み込む事すら容易であると感じた。


 意図せぬ焦燥と堪らぬ畏怖に駆られた。


 この『異形』といざ対峙して初めて理解の範疇を超えた存在だと認識したのだ。


 だが……、我は勝利したはずだった。

 確実に《魂喰(ソウルバイト)》はヤツを喰らったはずなのだ。


 一切、理解出来ないのは……、


 『なぜ"コヤツ"は生きていた……?』


 この一点に集約される。


 確実に《魂喰(ソウルバイト)》は、"異形"の腹を喰い、物言わぬ屍になるはずだった。


 いくら"纏って"いようが、関係ない。


 喰らった。喰らったのだ。

 なぜ作用しなかった……。



 なぜ……? 一体何がどうなって……?




ゾクゾクッ……



 いくら考えても"解"はない。


 頭の中にあるのは、薄く弧を描く漆黒の瞳。我を冷笑する呆れたような笑み。


 "勇者"に向けた《支配の魔眼》も反発(レジスト)された。


 そして、次の瞬間には"何も"残らなかった。


 強者の証明であるはずの『魔力』も、生まれながらに特異であった『強度』も『筋力』も、圧倒的な『自己修復力』も……。



ズキンッ、ズキンッ……


ドボッ……ドボッ……



 脈打つ度に激痛が走り、流血が止まる気配はない。

 


 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ!?



 痛み、恐怖、焦燥、困惑……。


 我は忘れていた。


 この世界が"弱肉強食"である事を……。



 だが……、



 『ふざけるな……。我こそが強者なのだ……。"自我を失う"可能性があるが、このままでは終われない! 終わらせられない!』


 

 残されている一本の鉤爪を動かし、体内に埋め込んだ"邪竜アジダハ"の魔石の"破片"を握り潰すことで、魔素を暴発させて再起を計るが……、



グシュンッ!!



 満足に動かない鉤爪に、無慈悲な"暴力"が襲う。



グァアアアアアッ!!!



 お、おかしいのだ! く、狂っている!!

 "コヤツ"は"ネジ"が飛んでいる!!


 殺気も、憤怒も、焦燥も、畏怖も……、生物が本来持っているはずの感情……、我が1番感じとる事ができるはずの『獣の危機察知能力』を一切、感じ取る事も出来ず、"最後"の鉤爪も失った。



 こ、この者には"畏れ"が……"殺気"すら……。ば、化け物め……! "このような生物"が存在していいはずがない!



「カレン! さっさと斬れ! もう楽にしてやれよ……。もう早く帰ろう、アリス」


「……はぃ、旦那様」


「待って! ふ、2人の世界はやめてよ! ア、アード様、本当に大丈夫なの!?」


「はぁ〜……、"お前は"目が見えてるだろ? どう見える?」


「な、なんとも……、いつも通りカッコいいです……」


「……べ、別に嬉しくないからな!! ど、どうでもいいから、さっさと、」


「ふざけるなぁあ!!」


 我は目の前で繰り広げられる会話を遮るように声を張り上げる。


 視覚は消え、感知も出来ない真っ暗な世界の中、"不釣り合いな会話"と"絶望の香り"、止まらない寒気を誤魔化すように声を荒げたのだ。



「ほら、早く屠ってやれよ、カレン」


「え、うん。そうだ、」


「貴様! 何者なのだ!! なんなのだ貴様は!? どこでどのように過ごせば"そう"なる!? 気味の悪い"化け物"め! 魂を喰らわれてなお、存在している悪魔め!! 貴様こそが、世界を破滅に導く者だ!!」



 沈黙の中、獣に備わる第6感が"死"を知らせる。

 だが、もう我は止まれない。

 今更、助けを求めた所で我はもう……。



「"邪神"めッ!! 貴様はこの世界に生まれてはならない、最低最悪の"生き物"だ!! この世界の理(ことわり)とは別の所に存在する正真正銘の、」



「……《聖獄浄化》」



グジュッ……グジュウッ……



 身を焼くような激痛がこの身を襲う。



「アガッ、ァアッ……、バケモ、ノ……!」



 肉が溶け、徐々に、徐々に、感覚が消滅していく。


 痛い……熱い……寒い……?

 もう、何がなんだかわからない。



「ア、アリス!! 僕が屠りたかったのに!! アード様もなんで僕を止めたのさ!」


「……こんなにも憤怒を抱いた事は、あ、ありませ、」



ガシッ……



「ハハッ……。俺のために怒ってくれるのはありがたいけど、倒れられても……こ、困るんだがな……」


「……アード様、なにおっぱい触ってるの?」


「いや、不可抗力だろ! 倒れて頭打ったら大変だろ?」


「……むぅ〜……僕、この肉片、もう一度切り刻んでいいかな!?」


「ふっ……、もう無理だろ、コイツは」



 まだ微かに聞こえている会話。


 死ぬ前に……、消滅する前に……、


「き、さま……、バケモノが……なっ……何者……?」


 "解"が欲しい。

 我を屠った"元凶"を理解したい。



「ハハハハッ! 俺はスキル【縮小】のDランク冒険者……、ただの『無能』だよ」


「……なっ……アガッ……グガッ……」



 そ、そんなはずがあるか……。


 魔将王……、猛獣王"グリムゼード"が……、聖獣"グリフォン"が……、クソッ……、『化け物』め!!



 感覚が消えて無くなる。


 あぁ……"コレ"が『死』……。

 案外……悪くない物だ……。








「クフフフッ。なかなか面白い物が見えましたね」

「ああ? アード様にとっちゃ、あんなもんただの"遊び"やろ?」

「やかましい!! 妾が1番に屠られたのだ!!」

「"フェンちゃん"、それしか言えねえの?」

「オイラはもう一度、屠って欲しいな! アード様に」

「わたくしは2度とごめんです。"また"あんな怒り狂ったアード様を見たら失禁してしまいますよ」



 "肉片"から再生したグリムゼードに待っていたのは、『化け物』の巣窟。


 雷が走り、氷が舞い、焔の雲が風に流れ、時空の裂け目が所々に乱立した世界。


 水の空に、ところ構わず咲いている草木。

 清らかな川に毒らしき物の滝。


 パッと見ただけで様々な環境が広がっている。



「……じ、『地獄』……なのか……?」



 昼も夜もない世界。

 ただ光と影、様々な物が入り混じった世界の中、"化け物達"は笑い合い、いがみ合い、ふざけあっている。



「……よぉ、"新入り"。"我"の『つめの垢』は美味しかったか?」


「違う! あれは"わっち"の『鼻くそ』」


「ぷぷぷぅ〜! アレは"僕チン"の『目ヤニ』だよ」



 グリムゼードの前に現れたのは人型の3人。


 美男2人に美女が1人。

 竜種独特の角と対峙するだけで喉が焼けるような絶対的な『圧』、そして全てを見透かしたような3色の瞳。


「……ア、"アジダハ"なのか……?」


 グリムゼードは3人の姿に大きく目を見開いた。


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